第109話〔フレキシブル〕
高安女子高生物語・109
〔フレキシブル〕
「美紀はいけるかもしれんなあ……」
仲間美紀ちゃんを見舞った帰り、車の中で笠松プロディユーサーが呟き、クララさんが頷いた。
事務所に帰ると、見舞いに行ったメンバーに市川ディレクターと夏木先生も加わって小会議になった。
「美紀は、どこか吹っ切れた顔をしていた。リストカットに失敗はしたけど、自分の中の何かが吹っ切れた顔になってた。どう思う?」
「安心はしたんやと思います。自分は死なれへんいう見切りがついたんか、また続けよかいう気持ちかは分かりませんけど……」
「わたしは、美紀ちゃん自身分かってないと思いました」
クララさんは断定的に言うた。うちは、そこまで言い切る自信は無い。そやから語尾が濁る。
「これは、持っていきようだと思うんだ。こちらの押方次第で、美紀はどちらにでも変わる」
「もう一つ勝負に出ますか」
「アイドルグループで、リスカやったのは美紀が最初です。だから、それを乗り越えて続投するのも初めてになります。賭けてみる値打ちはあるかもしれませんね」
「あたしも、それがいいと思います。ここまできた六期生です。他の子たちには、まだまだ伸びしろがあります。美紀を引退させたらイメージダウンだし、みんなのモチベーションにもかなりの影響が出ます」
「そうだよな、ここまで製作費つぎ込んだんだしな……」
笠松さんは、なにやら考えながら顎をなでた。うちは、美紀ちゃんのことより、制作面やマネジメントの方に重心のある話に、ちょっと違和感があった。で、思い切って発言した。
「大事なんは、美紀ちゃんの心やと思うんです。まだ15歳です。美紀ちゃんの心に傷が残らへんように考えるんが第一やと思います」
「その通りだよ。だけど、持っていきようによっては、美紀の心も救って、MNB47をジャンプさせることもできると思うんだ」
「手記を出しましょう!」
「手記……そんなん書けるほど、美紀ちゃんは回復してません」
「大丈夫アシスタントを付けるよ。桃井ってGRが使えると思います。東京の奴ですが、明日にでも呼びます」
「よし、その線でいってみよう。明日、夏木さん、美紀のところに行ってくれないかな。全員じゃ多いから選抜から何人か引き連れて」
「了解しました」
あっという間に話はまとまってしもた。市川ディレクターは、さっそく桃井さんに電話。夏木先生はメンバーに話しにいった。
「桃井君、これがチームリーダーの明日香、こっちが座長の嬉野クララ。美紀が君に慣れるまで、どちらかをつかせるから、よろしく頼むよ」
「おまかせください。一人の少女の心を癒して、さらに同世代の子たちの心を掴めるような手記をものにします。お二人とも、どうぞよろしく」
桃井さんは、新大阪から直行して、うちらと話してる。手許には美紀に関する資料がノート一冊分ぐらいあった。びっくりしたことには、美紀が今まで住んでた三軒の家の外観、間取り、近所の地図と写真まで入ってた。
「さすがは、一流のゴーストライターだな」
市川ディレクターが方頬で笑うた。
「ゴーストライターって言わないでくださいよ、シンパシーライターです。相手の心に同化して、本人が言葉にならない思いを文字に起こす仕事です。今度の仲間美紀さんの場合はカウンセラーでもあるつもりです」
「ハハ、そうやってギャラ上げようって腹だな」
「よしてくださいよ、このお二人が変に思うじゃないですか。確かにぼくは世間でいうゴーストライターです。今のところ、そういうカテゴライズしかないからね。それから、ぼくは、これによって収入も得ている。だけど考えてね、世の中100%の善意もないけど、100%のビジネスもない。ぼくは、そのバランスはちゃんと取っているつもりだ」
この桃井さんは竹中直人みたいな怪しげな圧があったけど、話しているうちに引き込まれる。美紀やみんなとの二か月半を、いろいろと話した。桃井さんは、ものすごく真剣に聞いてくれて、うちといっしょに驚いたり笑たり、美紀のリスカに気づいたとき、助けた時は、自分のことみたいに涙を浮かべて、話終わったら仲間いうか、昔からの知り合いのオッチャンみたいになってしもてた。
――明日香の世界も、たいがいやのう――
家に帰ったら、正成のオッサンが、苦笑いしながら言いよった。どうやら、うちは「乗せられてる」状況かもしれへん。
せやけど、これで美紀が立ち直り、メンバーもうまいこといったら、それが一番ええ。
うちも、この業界のフレキシブルに慣らされてきたみたいや……。
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