第91話〔5/4拍子の恐怖〕
高安女子高生物語・91
〔5/4拍子の恐怖〕
4分の5拍子のリズムはむつかしい。
♪♩♪♩♩♩
分かります? このリズム。タ・タン・タ・タン・タン・タンてな具合で、メッチャ難しい。うちらは、これを『テイクファイブ』いう有名な曲でやらされた。あたりまえやけど、学校とちゃいます。MNB47のレッスン。こんなリズムは、MNBなんかのアイドルグループの曲の中では絶対出てけえへん。それをなんでノッケからやらせるか?
自信を崩すため……一昨日のレッスンで夏木先生が、全員アウトになったあとに言うた。
「あんたたちはね、2800人の中から選ばれたから、どこかで自分は特別だと思ってんのよ。確かに、既成のアイドルグループのコピーは上手いわよ。でも、それって、やっぱ、ただのコピー。英語の曲が歌るから英語が喋れると誤解してるようなもの。どんなリズムでも刻めるようにならなきゃ、オリジナリティーのあるプロにはなれないのよ」と手厳しい。
「これで、自分は素人だという自信が湧いてくるでしょ」
研究生の中から笑いが起こる。さすがにプロのインストラクター。自信を崩すのもノセルのも上手かった。
これで、わだかまりなく素人の意識から謙虚にレッスンを受けられるようになった。
でも、あたしとカヨさんは、ここから恐怖が蘇ってきた。そう、あの難波の事故。
事故直後は、わりに平気やった。目の前に軽自動車が突っ込んできて、10人の死傷者が出た。一番近くに転がってたオッチャンなんか、壊れた人形みたいに不自然な格好で倒れてた。だいたい道路で人が転がってること自体が、ものごっついこわいことや。
それが、五拍子のリズムができるようになった途端に「怖いこと」として、頭の中でフラッシュバックするようになってしもた。
もともと勉強が嫌いなとこにもってきて、このフラッシュバック。試験が全然手につかへん。
そんなうちの様子に気ぃついてくれたんは麻友やった。
「あんな事故目の前にして、気持ちが入らないんでしょ?」
見透かした上で寄り添うてくれた。美枝とゆかりも気ぃついたみたいやったけど、こういう時は大人数でゴチャゴチャ言うよりは、訳の分かったもんが一人で相手にするほうがええと、二人きりにしてくれた。
ありがたかった。
試験中やから、レッスンまでには4時間ほどある。一人で勉強なんかできる状態やなかったんで、うちは助かった。
麻友いうのは、ブラジルからの帰国子女。見た目はうりざね顔のベッピンさん。それが中身はコテコテのラテン系。この子のお蔭で、文化祭ではリオのカーニバルをやることになってる。プールで着替える時も、クルリとスッポンポンになって、鏡で自分の体を点検してから、チャッチャっと着替える。最初のプールで、真っ先にプールに飛び込んでガンダムに怒られもした。せやけど、事故で顔に怪我した宇賀先生には、真っ先に労りの声をかけてた。
もう、転校してきてから一か月になるけど、うまいこと馴染んでる。
「だから、ここは、この公式をそのまま使って。そのあとは、ただの応用。試しに、この三番目の問題やってごらんよ」
麻友は、数学オンチのあたしに噛んで含めるように教えてくれる。
「なるほどね、こういうアプローチの仕方があったんやな……」
「うん、よしよし。ま、これで70点は固いよ。あとは……」
「あ、あかんレッスンの時間や!」
何気にみた教室の時計がタイムリミットを指していた。うちは良くも悪くも反応が早い。脳みそが働く前に体が反射する。
「どうも長い時間おおきに!」
机の上のあれこれを鞄に突っ込んで、立ち上がった拍子に麻友の鞄を蹴飛ばしてしもた。勢いで鞄の中身が床に散らばった。
「あ、カンニン!」
急いで、飛び散った中身を拾い集める。二つ折りの定期入れが開いてた。
その開かれたとこに、麻友によく似た、日焼けした男の子が白い歯で笑ってる写真が入ってるのが見えた。
「あ、いいよ。自分でやるから。アスカ時間でしょ。急いで!」
麻友が珍しく動揺して言った。で、うちの興味津々な助べえ根性を急いでなだめるように言った。
「これ、一つ年上の兄き……ただ、それだけ」
ただ、それだけやないのは、逆に、よう分かったけど。触れられたないのも、それ以上に分かった。
で、それ以上にレッスンに遅刻しそうなんで「ほんまごめんね!」を背中で言いながら、うちは駅に急いだ……。
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