第92話〔久々の志忠屋〕

高安女子高生物語・92

〔久々の志忠屋〕         



 今日のテスト勉強も麻友の世話になる。


 学校では落ち着かへんのと、麻友へのお礼を兼ねて南森町の「志忠屋」へいく。1月の27日に行ったきりやから忘れてる人も多いかも知れへん。うちのお父さんの40年前からのお友だちで、映画評論の傍らイタ飯屋さんをやってる。おもろいオッサンで、うちも子供のころから何かにつけて世話になってる。春からのリニューアルで、夜の営業だけになってしもたけど、この7月から、やっとランチ再開。

 でもって、麻友を誘って志忠屋に来たわけ。2時でランチタイムは終わるけど、あとのアイドルタイム(準備中)は、テーブル席を使わせてくれる。麻友へのお礼と勉強と人生相談を兼ねた要領のええ企画。


      


「おいしいね、ここのパスタ!」



 海の幸パスタに、麻友は大感激。見かけによらん明るさと大きな声にタキさんが興味持った。

「明日香もおもろそうな友達持ったなあ」

「うちのテスト勉強の師匠。で、うちの新しい親友。麻友はね……」

 麻友のあれこれを話すとタキさんもKチーフも、俄然麻友に興味を持ってくれたみたい。気が付くと店のBGMが、いつのまにかサンバに変わってた。麻友の体が小刻みにリズムを取り始めた。

「ちょっとハジケテもいいですか?」

「ああ、アイドルタイムやさかいかめへんよ」



「イヤッホー!」



 頭のテッペンから声出して、麻友はハジケた。オッサン二人とうちが、鍋の蓋やらグラスでリズムをとると、麻友は一人で店の中をリオのカーニバルにしてしもた。

「さすが、ブラジルの子やなあ!」

「ワールドカップで夜も寝られへんやろ!?」

「ネイマールの怪我、わしらでも、アって思うたもんな!」

「え、あ……ネイマールは、4週間たったら治りますし」


 麻友の冷めた言い回しに、盛り上がった店の空気がいっぺんに冷めてしもた。


「麻友ちゃんは、なんか胸にありそうやな……」

 優しく言いながら、タキさんはサービスでオレンジジュースを出してくれた。麻友は例の定期入れの写真を出した。

「お兄さん……やねんな」

「十八になります……生きていたら」


 麻友の目から涙が溢れた……。


 涙ながらの麻友の話をまとめると、こんな感じやった。



 麻友の兄の友一(ゆういち)は、ハイスクールでサッカーのエースやった。それが去年の試合で凡ミスをやり、決勝戦を落としてしもた。

 ほんで、試合の帰り道、みんなからハミゴにされて帰る途中、道路を渡ろうとして車に跳ねられた。直接の原因はいっしょに道路を渡ろうとした子供やった。車は子供を避けようとして、ハンドルを切った。

 この時、ハンドルの切り方には二つの選択肢があったんやそうや。右に切れば、通行人の誰にも接触しないが、スピンして、向かいの店に突っ込みそう。左に切れば友一を引っかけそうやったけど、友一の運動神経なら、避けてくれると運転手は判断し、ハンドルを左に切った。

 そして、兄の友一は車に跳ねられて亡くなってしまった。そして、運転手は、同じサッカーチームのメンバーやった。


 麻友と両親は、運転していたチームメイトに殺意があると思た。少なくとも未必の故意があると思た。しかし、警察も世論も、チームメイトの味方ををした。父親は裁判まで持ち込んだけど負けた……だけと違うて、町中から非難のまなざしで見られた。で、勤めていた日系企業の日本本社への転勤を希望して、親子三人で大阪に越してきたんや。


 うちは、初めて麻友の秘密を知ってしもた。もう明日のテストは欠点でもええと思た。


 せやけど、麻友は切り替えが早い。


 おしぼりで顔を拭くと、きっちり一時間かけて、明日のテストの山を教えてくれた。天満の駅まで歩いてるときは、もう普通の麻友やった。


 その日のMNB47のレッスンは快調やった。夏木先生もべた誉めやった。

「歌もダンスも、元気でハリがあってグッド! それでいて少女の憂いってか、存在の悲しさが出てて、とても良かった。選抜の子でも、こういう風にやれる子は、めったにいないわよ!」

 うちは、それが麻友の影響やいうのが分かった。ほんで、その誉め言葉に喜んでる自分も発見。


 自分がメッチャ嫌な子に思えてきた。

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