第79話〔紫陽花の女〕

高安女子高生物語・79

〔紫陽花の女〕        



 紫陽花の花はかわいそう。


 そやかて花言葉は……移り気。



 うちは移り気やないと思う。紫陽花も、その成長に合わせて色が変わってるだけやもん。人は、それを移り気という。


「あ、しもた!」


 忘れ物に気ぃついたんは、改札の前やった。駅の時計を見て間に合うのんを確認して家に取りに帰る。



――あ、全然違う――



 その女の人の顔を見て、そう思た。ちょっとしたショック。


 その女の人は、この一月にできたばっかりのアパートに春になって入ってきはった。うちの通学時間と合うんで、ほぼ毎日姿を見る。



 アパートの前は、市の条例で建て替える時に減築して、それまでは通りに面してたアパートの前に、ちょっとした植え込みになってる。

 女の人は、越してきてから頼まれもせんのに、草花に水をやったり手入れをしてる。腕がええのんか、その人が手入れするようになってから、植え込みの花が元気になってきた。

 越してきはったころに、植え込みの桜の剪定をやってたんで、ちょっとオーナーさんともめてるとこを見た。オーナーさんは越してきた女の人が、桜の枝を勝手に切って、自分の家の生け花にしよと思たらしい。せやけど、女の人の手入れがええんで、桜は最初の春から立派に花をつけた。するとオーナーさんは、女の人に植え込みを任せるようになった。

 植木屋さん頼まんでもええし、自分で手入れせんでもすむようになって、それからはニコニコ顔。


 桜が、花水木になり、バラになったころ、うちは女の人と挨拶するようになった。


 ほんの目礼程度やねんけど、花が満開になったような笑顔で挨拶を返してくれる。その明るさに、うちはかえって、この女の人は心に闇を持ってるんとちゃうかと思た……。

 バラの花を一輪もろたことがある。剪定のために切り落とした蕾。水気が抜けへんようにティッシュに水を含ませ薔薇の切り口に絡めて、アルミホイルでくるんでくれた。学校で半日置いた後、家に持って帰って一輪挿しに活けといた。それが、こないだまで小さな花を咲かせてた。


 うちは、ある日から女の人に挨拶をせんようになった。


 朝、男の人を見送るのを見てから……女子高生らしい気おくれ……うちにも、こんなとこがあるんです!



 今朝も、男の人を幸せそうに見送ってた。ただし、最初の男の人とは違う……。

 そんで、忘れ物とりに戻る途中でも、女の人を見かけた。女の人は紫陽花の花をみつめながら、悲しそうな顔してた。

 唇が動いた。


「移り気」と言うたような気がした。


 忘れ物を持って大急ぎで駅に向かう途中、女の人は、もう自分の部屋に入ったんか姿が無かった。学校でいろいろあったうちに女の人のことは忘れてしもた。



 学校から帰ると、お母さんからショックなことを聞いた。



「あのアパートの女の人、自殺未遂やて。なんや男出入りの多い人やったて、オーナーさんが言うてた……」

「そんな不潔な言い方せんとって!」



 お母さんは食べかけのマンジュウ喉に詰まらせてむせ返った。


 紫陽花の花は移り気やない。成長に合わせて色がかわるだけ……それから、人に見てもらうために、ひっそりと色合いを変えて見せてるだけや。

 せわしない今の人間は、アナウンサーやら天気予報士が予報の枕詞に使うぐらいで、紫陽花の色の変わったのにも気ぃつかへん。


 それ以来、その女の人は見かけんようになってしもた。もうアパートにはいてはれへん。植え込みが荒れてきたもん……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る