第69話『バラが咲いた』

高安女子高生物語・69

『バラが咲いた』       



――明日香とこにも届いた?――


 朝起きたら、こんなメールがゆかりから届いてた。それだけで分かった。

 一つ前のメールを見る。夕べ来た美枝からのメール。



――バラが咲いたよ!――



 その一言に、真っ赤なバラがベランダの手すりと青い空を背景に咲いてるシャメ。

 美枝のマンションは南向きのベランダ。何を植えても育ちがええ。

 せやけど、このアッケラカンと赤くて大きなバラは、丹念に手入れした様子が窺える。

 バラは、ほっとくと一杯芽を付けて、小さな花を、時期的にも大きさ的にも、バラバラに咲かせる(期せずしてシャレになった)。せやけど、美枝のバラは、プランターに一茎のバラ。そこに大きく真っ赤なバラが三人姉妹みたいに揃て写ってる。きちんと手入れして剪定(間引き)してきた証拠。


「アカラサマやなあ……」


 思わず独り言。


「いやあ、ほんまにアカアカときれいに咲かさはったんやね」


 意味分かってへんお母さんが覗き込む。


 うちは三階建ての戸建てやけど、北向きやさかい、何を育てても満足には育てへん。うちは小さい頃は別やったけど、あんまり花には興味ない。お父さんもそうで、三年前に亡くなったお祖父ちゃんから引き継いだ仏壇のお花も、今は造花。お母さんはため息やったけど、うちは、それでええと思てる。


 そんな花無精なうちでも、美枝のバラの意味は分かる。

 赤いバラは愛情、情熱、それから……あなたを愛します。

 スクロールすると、シャメの下に、もう一言。


―― LET IT GO ――


 同じ言葉をゆかりに送った……うちのは美枝とちゃう意味やけど。

 スクランブルエッグを生の食パンに乗せて、コーヒー牛乳(うちは牛乳飲まれへんさかい)500CCを一気飲み。

「そんな早よ飲んだら、お腹こわすよ」

「分かってる」

 この言葉には切実な事情がある。

 テスト期間中は、学校9時からやったから、ゆっくり起きていく。あかんのん分かってて、この癖はなおらへん。なおらんとどないなるか。

 こんな、ささいな20分ほどのズレが、生活のリズムを崩す。


 正直言うて、テスト終わってから便秘気味。


 顔洗うて、歯ぁ磨いてるうちに体が反応してくる。

 生みの苦しみってこんなんやろなあ……一分ほど親の苦労に共感したあとはスッキリ爽やか。

 うちの薬に頼らん便秘解消法。

「いってきまーす!」に続いて「お早うございます!」


 玄関の階段降りたら、向かいのオバチャンと目が合うた。


「やあ、あんたとこもバラ咲いたやんか!」

 かろうじ午前中だけ日の当たる階段の下の方。ベージュの植木鉢に貧相なバラが咲いていた。

「おかげさんで!」

 オバチャンは喜んでいるので、その喜びのお返しに明るく返事する。

 そやけど、貧相は貧相や。お母さんも剪定はやってるから、大きさはそこそこ。せやけど色が悪い。赤黒くくすんだ感じ。美枝の真っ赤にはほど遠い。

 向かいのオバチャンは、ほんの半年前に旦那さん亡くなったばっかり。

「明日香ちゃんの家に電気点いただけでホッとすんねん、おばちゃん」

 気のしっかりしたオバチャンやったけど、やっぱり一人暮らしは堪えんねんやろな……せやから、うちの貧相なバラでも、あないに喜んでくれはる。うちは、それに相応しいだけの反応ができたやろか……美枝のことには無力やったさかい、ちょっとナーバスになってる。


 高安駅までの八分ほどは、ぴかぴかの上天気、五月晴れというよりは、もうかすかに夏の気配。高安山の目玉親父も、なんか日向ぼっこしてるみたい。

 マンションと畑の間のショートカットを通る。うちの植木鉢とは比較にならんぐらいの青い匂いが畑からしてくる。植物は確実に季節の移ろいと、手間掛けた人の心を写してる。この畑の持ち主は、きっと地に足の着いた河内のオッサンやねんやろなあ、と思う。


 運良く高安仕立ての準急に座れたんで、スマホ出して検索。


 赤黒いバラの花言葉は……永遠の愛やった!


 うっとこも、向かいのオバチャンにも、ええことが起きたらええのになあ。

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