第60話〔楠木正成との対話〕
高安女子高生物語・60
〔楠木正成との対話〕
今日は、うちの17歳の誕生パーティー。
ほんまの誕生日は二日前やったけど、平日やったんで、今日やることになった。
奈良の伯母ちゃんとおっちゃんも来てくれる毎年恒例の行事。なんせうちは佐藤家にとっても、お母さんの実家である北山家にとっても、たった一人の孫。それも、お父さん43、お母さん41のときの子。両家のジジババの喜びもひとしおやったとか。
なんせ、一歳のころからの行事やから、当たり前に思てるけど、これには大きなうちへの期待がある。それも無意識やから、心に重い。
分かる?
うちは、四人。場合によっては五人の年寄りの面倒、又は後始末をせんとあかん。
お祖母ちゃん、お父さん、お母さん、伯母ちゃん、おっちゃんの五人。
お父さんの方のお祖父ちゃんお祖母ちゃんは三年前と去年に片づいて……逝ってしもた。うちが四十前になったら、両親伯父伯母ともに、平均寿命の危ない年頃。今里のお祖母ちゃんもヘタしたら……幸いにしてギネスもんの長生きしたら生きてる可能性がある。
介護認定してもろて、ヘルパーさんの世話になって、場合によってはデイサービスの送り迎えは当たり前。施設に入れたとしても、ホッタラカシにはでけへん。着替え持っていったり、入院したら付き添い。ほんで、最後は四人の(場合によっては五人の)葬式、財産の(そんなに無いけど)処分。年忌法要……なんや気が重い。
うちの誕生祝いは、それに向かっての人生の一里塚。
「明日香、おまえ、えらいなあ」
気ぃついたら正成のオッサンが、うちから抜け出して横歩いてた。うちは考え事してるうちに恩地川沿いの道を歩いてる。
「やあ、姿見るのん久しぶりやね」
「明日香にひっついて、この時代の子どもが大変なんも、ちょっとずつ分かってきた。年寄り多いもんなあ」
「それでも、ホッタラカシにされるお年寄り多いよ」
「ホッタラカシにしててもな、心の中から平気いうやつはめったにおらへん。この時代に来てよう分かった。ほんで、明日香は、ホッタラカシにはようせん性格やしなあ」
「正成のオッチャンこそどやのん。千早赤阪の戦いのあとの一年の潜伏期間中やねんやろけど、うちでいろいろ本読んで分かったやろ」
「わいが、湊川で死ぬことか?」
「うん。負けて死ぬこと分かってて、平気でおられるのん?」
「ああ、安心したわ」
「え、なんで?」
「結果はええねん。明日香も、せやろ」
「うちが?」
「いずれ、人の嫁さんになって、佐藤の家は終わりになる。ほんなら、遅かれ早かれ、お祖母ちゃんやらその他のことなんか、忘れられてしまう。ほんでも、明日香はどないかしょうと、その標準より小さい胸痛めててんねやろ」
「オッチャンかて、あんなにがんばっても山川の詳説の本文にほんの一回名前出てくるだけやで」
「明日香には、難しいかもわからへんけどな……」
正成のオッチャンは、側にあった石を川に投げ込んだ。鯉やら鮒やらがびっくりしてる。
「魚にも、時々石投げたって、流れに流されてること気ぃつかさなあかん」
「おっちゃんのは、なんか魚いじめてるだけに見える」
おっちゃんが二発目に投げた石は、もろに大きな魚の頭にあたって、魚は気絶してひっくりかえってしもた。
「あれは草魚やなあ。もともとは中国の魚で、日本にはおらんやっちゃ」
「ほんまあ」
「ちょっとだけやったら、いずれ日本の水に合うて大きさも小さなって、馴染むんやろけどな。あんまりぎょうさん来たら、日本古来の魚がおらんようになる」
「なんや、意味深な言葉やね……」
「わいも、明日香も、それぞれのやりかたで、こういう石になったらええんや」
もう一匹、草魚がひっくり返った。
おっと、もう十一時。
伯母ちゃんらがくる。家にもどろ。そう思たとたんに正成のオッチャンの姿が消えた。体が微妙にハツラツとする。オッチャンがうちの体の中に入ってきた証拠。このごろは約束薮ってお風呂の中までついてくる。
「あすか、右のケツにホクロがあるで」
「なんで、そんなん知ってんのん!? うちでも知らんのに」
「鏡の前で後ろ向きになって、股開いてみ。右の内側にある。あのホクロは男泣かせやで」
「どういう意味よ?」
「こういう女は、まぐわいのときに、具合が、ごっついええ。早う、学と寝てまえ。それでなにもかも解決や」
と、こんな会話はしょっちゅう。正成のオッチャンはカラッとしてて、いつのまにか気にならんようになった。
「ええこと、おしえたろか」
「なんやのん?」
「明日香、おまんはアゲマンやで」
「アゲマン?」
純真なうちは揚げたマンジュウを想像してた……。
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