第54話『ワケあり転校生の7ヵ月』
高安女子高生物語・54
『ワケあり転校生の7ヵ月』
その晩は、お仲間呼んでさくらちゃんを囲んだ。
トンシャブと、出前寿司で宴会。費用はお父さんがもってくれた。
同じ高安在住の作家として、大橋むつおは名前が出てきたけど、うちのお父さんはまだまだ。当然対抗意識はあるんやろけど、平静な気持ちを見せたいためのパフォーマンス。分かってるけど「太もも……ちゃう。太っ腹ぁ!」と、ヨイショのサービスはしとく。さくらちゃんは、この父娘の駆け引きにも、つまらんギャグにも敏感に理解してくれたみたい。さすがに、半年足らずでスターになった子ぉはちゃうと思た。
ゲストには、関根先輩と恋敵の田辺美保。ほんでから、有馬温泉に連れてってくれた明菜の三人。
「関根先輩を、美保先輩と取り合いしてんのんよ」
「ええ、恋敵をいっしょに呼んじゃうの!?」
さくらちゃんは、びっくりしてたけど、うちは、こない言うといた。
「どっちが勝っても負けても、人間関係は壊したないねん。美保先輩は恋敵いう他に、保育所以来の先輩でもあるしね。長い人生、たった一つのファクターで人間関係切るのんは損やし」
「だよね、あたしが演る鈴木由香も、吉川先輩をはるかから取ってしまうんだけど、はるかとは、友達関係壊れないもんね。勉強になる」
いつのまにか、お父さんが、高安やら黒門市場、それから『ワケテン』に出てくる場所のスライドをパワーポイントで作ってくれて、半分はいらんことまで入れて解説してくれた。
「これが、はるかが吉川裕也と歩く天王寺七坂。で、口縄坂上ったあたりにあるホテルが、この三つ。システムは入ると個室の写真が全部付いた自販機みたいなんがあって、写真が明るく点いてるとこが空室。で、ボタンを押したらトンコロリンとキーが、最近は、カードのスマートキーに……」
「あの、それって、はるかさんのエピソードで、チラっと出てくるだけなんですけど。それも外見だけ……」
「いや、由香は、はるかの彼の吉川裕也のことが気ぃになってしゃあない……でしょ?」
「え、はい、そうですけど」
「ほんなら、はるかと裕也が、こんなとこ行ったんちゃうやろかと妄想するわけ。妄想は具体的な方がよろしい。関根くんらには、もっと現実的な学習になる思て……そもそもティーンの恋愛のあり方は……」
これをまじめくさってお父さんがやるもんやさかい、さくらちゃんは真っ赤になるし、河内のガキであるうちらは腹抱えて笑う。せやけど、これで恋敵同士、東京と大阪の垣根がとれてしもて、夜中の十一時ごろまで、楽しく騒げた。
「少し分かったような気がする。大阪って、相手の心の中に土足で入っていくような感じがしてたけど、ちがうんだよね。肌感覚で接して、相手の反応に合わせて上手く距離とってんだよね」
「別に意識してやってるわけやないけど、せやろね。お父さんなんかは言うねん。大阪の人間の心には縁側があるて」
「縁側?」
「昔の家は、玄関の横とか、裏に縁側があった。サッシなんか無かって、誰でも気軽にきて『ごきげんさん』とか言うて、勝手に座り込める壁無しの廊下みたいなもんが」
「そうなんだ……あ、こういう場合は『ほんま!?』だったよね」
「フフ、『ほんま』。なんや、どかっと相手の心の縁側に腰おろす感覚でしょ」
「うん。明日からロケで流行らしてみよっと」
「ハハ、本間さくらて、芸名変えたら?」
「ほんまやね!」
さくらちゃんが、大阪人の感覚で返してきた。うちは知ってる。大阪人の中からも心の縁側が無くなってきてるのん。佐渡君なんかね……せやけど、さくらちゃんには、ほとんどノスタルジーになった縁側を強調しといた。
『ワケテン』に出てくる人物は、みんな心の縁側を持ってる。それが、あの本のええとこでもあるし、甘いとこでもある。東野 圭吾みたいなクールでディープなんもええけど、読んでほっこりするような本もええと思う。
「ほんなら、明日も早いやろから、もう寝よか」
「うん、お休み」
うちは、さくらちゃんの希望で、一階のお父さんの部屋で、さくらちゃんと枕並べて休んでた。
「お休み」
そない言うて、寝返りうったら、オナラが出てしもた。ひとしきり二人で笑うてしもた。
明くる日は、遠回りして、隣の山本の街を通って山本駅に行った。
途中旧集落のとこに縁側付きの家があって、お婆ちゃん二人が仲良う喋ってる。
「大発見だよね……!」
さくらちゃんは感動してくれた。うちも実物見るのは、久しぶり。早起きして、ええ勉強になった。
その日は、五時間目の総合学習の時間を利用して『ワケテン』のロケの見学に行った。テレビやら映画で見る俳優さんらがおって、みんな大興奮。その俳優やらスタッフらと対等に喋ってるさくらちゃん。やっぱし、ちゃうなあ!
うちらも、エキストラで出してもろた。中味の濃い二日間やった。
『ワケテン』=『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』読んだら、よう分かります。五月発売。よかったら読んでください。お父さんの本ではないけど。内緒で推薦しときます。
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