第53話『さくらがうっとこにやって来た!』

高安女子高生物語・53

『さくらがうっとこにやって来た!』       



 さくらがうっとこにやって来た!


 さくらが、わたしのところにやって来た……標準語に訳したらこないなる。

 遅咲きの桜が咲いたわけでも、寅さんの妹の「さくら」が来たわけでもない。



 売り出し中の高校生女優の佐倉さくらが、三時間目の終わりにガンダムに連れられて、うちらの二年三組にやってきたんや!


 なんでも、『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』の映画版を撮るんで大阪にロケに来てるらしい。ほんで鈴木由香いう大阪の女子高生やるねんけど、なかなか大阪の感覚が出てけえへんさかい、急遽わがOGH高校に来て勉強するらしい。



 で、うちが、その世話係に任命された。


 うちらは普通にやってるつもりやけど、さくらちゃんにはカルチャーショックやったみたい。


 大阪の高校は、たいていそうやと思うねんけど、当たり前には授業は始まらへん。


 さくらちゃんは休み時間の間、みんなにベタベタされて、写真撮りまくられて、またまたビックリ。うちは世話係やさかい、必要以上にみんなが近づかんようにガード。しかし大阪を肌で感じてもらわならあかんよって、過保護になってもあかん。どさくさ紛れに、さくらちゃんの体触りに来た男子三人ほどに、分からんようにケリを入れたぐらい。


 四時間目は、うちと反りの合わへん南風先生。


 知ってると思うけど、演劇部の顧問。うちは先輩の鈴木美咲がいややさかい、実質は退部してる。で、先生もうちのことをニクソイやつやと思てる。けど授業は別や。そこの区別が付かんほど、お互いアホやない。

 四時間目も、最初はお祭り騒ぎ。南風先生もアホやないさかい、調子合わせて、みんなで撮り足らん写真の続き。様子を見てたガンダムに頼んで、集合写真まで撮った。

 授業に入ると、いつも通り。兼好法師の『徒然草』やってんねんけど、そこの「仁和寺の法師」をみんなの前で読まされた。まあ、これが南風先生の「これ読めるくらいやったら、演劇部に戻っといで」いうナゾやいうことぐらいは分かる。なんちゅうても本業の女優さんの前で読ませるやから、対抗意識……その手にはのりません。


 昼休みは食堂に行った。


 案の定ワヤクチャやったけど、短時間で大阪を実感してもらうのにはええと思た。


「わあ、たぬきそばって、ほんとにテンカスが入ってないんだ!」



 さくらちゃんは妙なとこで感心。あ、そうか、このエピソードは『はるか』の原作の『真田山学院高校演劇部物語』にも出てくる。大阪の「たぬきそば」は、そばにアゲが載った「きつねうどん」のそばバージョン。東京は「すうどん」の上にテンカスが載ってる。他にもアイスコーヒーを関西では「レーコ」という。こういうささいな文化の違いは、同じ日本やから、外国よりもショックになる。


「はるかさんとは、こないだ真田山の同窓会いかはるとこで会うたんですよ」

「ええ、そうなんだ」

 この「そうなんだ」も大阪では、やや冷たく感じる。大阪は、まんま「え、ほんま!?」 で、東京では、この疑問形の感嘆詞は、逆に疑うようで、冷たく感じられる。

「もう、大女優の貫禄やったね。はるかさんは……あ、ここつっこむとこ」

「え?」

「あたしは、普通の大阪の女の子の勉強にきてるの……てな具合に。せやないと、女優としての品定めみたいになるよって。距離の取り方と、話題の切り替え。これ、勝負所やね」


 うちの口から出任せを、さくらちゃんは、真面目にメモしてた。


 放課後は、南風先生は演劇部に呼びたそうにしてたけど、さっさと家に帰る。鶴橋の駅では、焼き肉の匂いに感心してた。これも『はるか』には出てくる。整列乗車の微妙なエエカゲンさ、電車の中では、スマホ以外にピーチクパーチク喋ってる高校生やらオバチャンを観察してた。


「ほら、あれが高安山の目玉オヤジ。気象観測用のレーダーやけどね、『はるか』では重要なファクターになってるでしょ?」

「明日香ちゃん『はるか』に詳しいのね」

「うん、うちの愛読書。高安を舞台にした本なんか、他にあらへんさかいにね。ハハ、隣の車両に原作者と、その横、さくらちゃんのマネージャーとちゃう?」

「あ、ほんとだ」

「知らんふりしてよ。向こうも、そのつもりらしいから」


 それから電車は、布施、八尾、山本を通って高安へ。車窓から覗くだけやったけど、周りの景色には興味津々いう感じ。

「なんか、微妙に、人の距離感が違う」


 帰りは、ちょっと遠回りして高安銀座を通って家へ帰った。

 今夜は、さくらちゃんをダシにして、普段呼ばれへん子ぉらを呼んで、宴会。正成のオッサンの手ぇ借りんと、関根先輩にアプローチ。


 物事は、ギブアンドテイク。よう覚えときや、さくらちゃん。

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