第37話〈有馬離婚旅行随伴記・2〉

高安女子高生物語・37

〈有馬離婚旅行随伴記・2〉        




 明菜のお母さんて、稲垣明子やってんなあ!


 そう言いながら露天風呂に飛び込んだ。

 一つは寒いので、早うお湯に浸かりたかった。

 もう一つは、人気(ひとけ)のない露天風呂で、明菜からいろいろ聞きたかったさかい。


「キャ! もー明日香は!」


 悠長に掛かり湯をしていた明菜に盛大にしぶきがかかって、明菜は悲鳴と非難の声をあげた。

「明菜、プロポーション、ようなったなあ!」

 もう他のことに興味がいってしもてる。我ながらアホ。

「そんなことないよ。明日香かて……」

 そう言いながら、明菜の視線は一瞬で、うちの裸を値踏みしよった。

「……捨てたもん、ちゃうよ」

「あ、いま自分の裸と比べたやろ!?」

「あ……うん」



 なんとも憎めない正直さやった。



「まあ、浸かり。温もったら鏡で比べあいっこしよや!」

「アハハ、中学の修学旅行以来やね」

 このへんのクッタクの無さも、明菜のええとこ。

「せや、お母さん、女優やってんなあ!」

「知らんかった?」

「うん。さっきのお父さんのドッキリのリアクションで分かった」

「まあ、オンとオフの使い分けのうまい人やから」

「ひょっとして、そのへんのことが離婚の理由やったりする?」

「ちょっと、そんな近寄ってきたら熱いて」


 あたしは、興味津々やったんで、思わず肌が触れあうとこまで接近した。


「あ、ごめん(うちは熱い風呂は平気)。なんちゅうのん、仮面夫婦いうんかなあ……お互い、相手の前では、ええ夫や妻を演じてしまう。それに疲れてしもた……みたいな?」

「うん……飽きてきたんやと思う」

「飽きてきた?」

「十八年も夫婦やってたら、もうパターン使い尽くして刺激が無くなってきたんちゃうかと思う」

 字面では平気そうやけど、声には娘としての寂しさと不安が現れてる。よう見たら、お湯の中でも明菜は膝をくっつけ、手をトスを上げるときのようにその上で組んでる。

「明菜、辛いんやろなあ……」

「うん……気持ち分かってくれるのは嬉しいけど、その姿勢はないんちゃう」

「え……」

 あたしは、明菜に寄り添いながら、大股開きでお湯に浸かっている自分に気が付いた。どうも、物事に熱中すると、行儀もヘッタクレものうなってしまう。

「明日香みたいな自然体になれたら、お父さんもお母さんも問題ないねんやろけどなあ」

 そう言われると、開いた足を閉じかねる。

「さっきみたいな刺激的なドッキリを、お互いにやっても冷めてるしなあ……」


 しばしの沈黙になった。


「あたしは、娘役ちごて、ほんまもんの娘や……ここでエンドマーク出されたらかなわんわ」

「よーし、温もってきたし、一回あがって比べあいっこしよか!」

「うん!」


 中学生に戻ったように、二人は脱衣場の鏡の前に立った。


「あんた、ムダに発育してるなあ」

 うちは、遠慮無しに言うた。どう見ても明菜の体は、もう立派な大人の女や。

「明日香て、遠慮無いなあ……うちは、持て余してんねん。呑気に体だけが先いってるようで……明日香のスリーサイズ言うたろか」

「見て分かんのん?」

「バスト 80cm ウエスト 62cm ヒップ 85cm 。どないや?」

「胸は、もうちょっとある……」

「ハハ、あかん息吸うたら」

「明菜、下の毛え濃いなあ……」

「そ、そんなことないよ。明日香の変態!」


 明日香は、そそくさと前を隠して露天風呂に戻った。今の今まで素っ裸で鏡に映しっこしてスリーサイズまで言っておきながら、あの恥ずかしがりよう。ちょっと置いてけぼり的な気いになった。中学の時も同じようなことを言ってじゃれあってたんで、戸惑うてしもた。


 うちは、ゆっくりと湯船に戻った。今度は明菜のほうから寄り添うてきた。


「ごめん明日香。あたし、心も体も持て余してんねん……あたしの親は、見かけだけであたしが大人になった思てんねん。うまいこと言われへんけど、寂しいて、もどかしい……」

「なあ、明菜……」


 そこまで言いかけて、芝垣の向こうの木の上から覗き見している男に気づいた。


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