第34話〔ナポレオンの結婚記念日〕

高安女子高生物語・34

〔ナポレオンの結婚記念日〕        



 今日は、ナポレオンの結婚記念日。


 なんで、そんなこと知ってるか……明菜が電話してきたから。

 なんで、明菜が電話してきたら、ナポレオンの結婚記念日と分かるか。


「ナポレオンの結婚記念日やさかいに、会わへん?」


 と、明菜が言うたから。

 なんで、明菜が、こんなケッタイナ誘いかたしてきたか言うと、明菜とは、しばらく疎遠やったさかい。


 明菜は中学の同級生。


高校はうちと同じOGHやった。で、ほどほどの友達やった……けど、明菜は一学期で、学校辞めてしもた。


 ウワサでは、先生(誰とは分からへんけど)と適わへんかったから。高校では、クラスも違うたし、話す機会も無かったんで、それっきり。絵に描いたような『去る者は日々に疎し』やった。

 その明菜が電話してきて「会うて話がしたいねんけど……」うちは、なんの気なしに「なんで?」と聞いた。ほんなら、その答が「ナポレオンの結婚記念日やさかい」やった。

 ネットで調べたら、ホンマにナポレオンの結婚記念日やったからビックリした。もともと勉強できる子ぉやったけど、とっさに、そんなんが出てくるのは、さすが明菜やと思た。


「なあ、なんで明菜会いたがってんねやろ?」


 馬場さんの「明日香」に聞いても、お雛さんに聞いても、本のアンネに聞いても答えてくれへん。やっぱり、この三人が、喋ったり動いたりするのんは、特別の日いだけみたいや。


 明菜の家は、近鉄挟んだ反対の西側にある。


 近鉄の西側は、むかし近鉄が百坪分譲やってたときのお屋敷が多い。明菜の家も、その一つ。一回だけ遊びに行ったことがあるけど、敷地だけでうちの四倍以上。お家も、それに見合うた豪勢さ。庭だけでもうちの家の敷地ぐらいあった。


 明菜との疎遠は、この豪勢さにある。


 うちとこは、もうそのころは両親共々仕事辞めて、定期収入が無くなってた。お父さんは「明日香は作家の娘やねんぞ」なんて言うけど。収入が無かったら、経済的には無職と同じ。

 そんなんで気後れして、うちの方から連絡することは無かった。


 せやさかい、明菜が学校をOGHに決めたときは、ビックリした。あの子の内申と偏差値やったら、もっとええ高校行けたはずや……。


「ボチボチの天気やなあ」

「せやなあ」



 ほぼ一年ぶりに会うた友達の会話としては、なんともたよんない。

 しばらくは、黙って玉串川のほとりを歩いた。



「もう、半月もしたら、桜も咲いてええのになあ」


 うちの何気ない一言が明菜を傷つけた。           

 明菜は、唇を噛みしめたかと思うとポロポロと涙を流した。


「ごめん。うち、なんか悪いこと言うたかな……」

「ううん、明日香は、なんにも悪ない。うちが、よう切り出せへんよって……」

「……ちょっと、座ろか」



 山本球場あたりの川辺の四阿(あずまや)に入った。


「うちの親、離婚するねん」

「え……」

「事情は、うちにもよう分かれへん。ケンカしたわけでもないし、浮気でもあれへん。なんや、発展的な離婚やいうて、お父さんも、お母さんも涼しい顔してる。そんで、気楽に『明菜はどっちに付いていく?』ごっついケッタイで、あたしのこと置き去りにして……バカにしてるわ!」


 最後の一言が大きい声やったんで、川の鯉がビックリしてポチャンと跳ねた。


「どっちに付いていっても、あの家は出ていかならあけへんねん……うち、せっかく天王寺高校とおったのに」



 うちは、複雑に驚いた。明菜は、天王寺行けるほど頭良かったんや。ほんで、羨ましいことに関根先輩と同じ学校。なんで、去年は格下のOGHなんか受けたんやろ。ほんで、なんで、学校辞めたんやろ。なんで、うちなんかに相談するんやろ……。


「うち、一番気い合うたんは明日香やねん。うち友達少ないよって、相談できるんは明日香しかおらへんねん」



 うちは、もっかいビックリした。こんなに恵まれて、ベッピンで、勉強もでけて、ほんで友達がうち?


 うちは、自分のことが、よう分からへん。馬場さんが、うちをモデルに絵ぇ描いたんよりもびっくりや。


「明日から、うちの家族……もう家族て言えるようなもんやないけど。離婚旅行に行くねん」

「り、離婚旅行!?」


 頭のテッペンから声が出てしもた……。


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