第27話〔思い出した!〕
高安女子高生物語・27
〔思い出した!〕
なあ、頼むわ!
もう朝から三回目や。
南風先生に、顔会わすたんびに言われる。
「地区の総会、行けるもんがおらへんねん」
「美咲先輩に言うたらよろしいでしょ!」
三回目やさかい、つい言葉もきつなる。
「美咲は休みやから、言うてんねん。三年にも頼んだけど、もう卒業したのも同然やさかい、みんな断られた」
「美咲先輩、見越してたんとちゃいます。今日のこと?」
そう、今日は連盟の第六地区の地区総会がある。四時半から平岡高校で。
だれが好きこのんで、夕方の四時半に平高まで行かなあかんねん。春の総会にも行ったけど、偉い先生のつまらん話聞いておしまいやった。演劇部の顧問が、なんで、こんな話ヘタやねんやろと思ただけ。二度と御免や。
「明日香、あんたクラブに籍はあんねんで……」
とうとう先生は、奥の手を出した。二年先の調査書が頭をよぎる。
「しゃあないなあ……」
「ごめん、ほな頼むわ。ほれ、交通費。余ったらタコ焼きでも食べ!」
先生は、うちに千円札を握らせると、前期入試準備室の張り紙のある部屋へ入っていった。先生は入試の担当や、しゃあない言うたらしゃあないことではある。なんせ、試験は明日や。
平岡高校。
去年、浦島太郎の変な審査で、うちらを抜かして本選に行った学校や。忘れかけてたケタクソ悪さが蘇る。
まあ、終わったこっちゃ。
大人しぃ一時間も座ってたら済む話。交通費をさっ引いた三百円でタコ焼き食べることだけを楽しみに席に着く。
案の定、地区代表の先生のつまらん総括の話。いつもの集会と同じように、前だけ向いて虚空を見つめる。二百円自腹切ってタコ焼きの大盛りを食べよと考える。
「……というわけで、今年度のコンクールは実り多き成果を残して終えることができました」
地区の先生の締めくくりの言葉あたりから、タコ焼きの影が薄なって、消えかかってた炎が大きなってきた。
「ほんなら、各学校さんから、去年を総括して、お話してもらいます。最初は……」
このへんから、タコ焼きの姿は完全に消えてしもた。みんな模擬面接みたいな模範解答しか言わへん。
「え、次はOGH高校さん……」
で、まず一本切れた。
「あんなショボイコンクールが、なんで成功やったのか、あたしには、よう分かりません。観客は少ないし、審査はええかげんやし……」
会場の空気が一変したのが自分でも分かった。驚き、戸惑い、怒りへと空気が変わっていくのが、自分でも分かった。せやけど止まらへん。
「いまさら審査結果変えろとは言いません。せやけど、来年度は、なんとかしてください。ちゃんと審査基準持って、数値化した審査ができるように願います。あんな審査が続くようやったら、地区のモチベーションは下がる一方です」
「そら、無理な話やなあ。全国の高校演劇で審査基準持ってるトコなんかあらへんよ」
連盟の役員を兼ねてる智開高校の先生がシャッターを閉めるみたいに言うた。
うちは、ものには言いようがある思てる。一刀両断みたいな言い方したら、大人しい言葉を思てても、神経逆撫でされる。頭の中でタコ焼きが焦げだした。
「なんでですか。軽音にも吹部にも、ダンス部の大会でも審査基準があります。無いのんは演劇だけです。怠慢ちゃいますか!?」
言葉いうのはおもしろいもんで、怠慢の音が自分のなかで「タイマン」に響いた。うちは、ますますエキサイトした。
「そんな言われ方したら、ボクらの芝居が認められてへんように聞こえるなあ……」
平岡の根性無しが、目線を逃がしたまま言いよった。
「だれも、認めんなんか言うてへん! それなりの出来やったとは思う。ただ審査結果が正確に反映されてない言うてますねん!」
「そ、それは、ボクらの最優秀がおかしい言うことか!?」
「そうや、あれは絶対おかしい。終演後の観客の反応からして違うたでしょうが!」
「なんやて!」
「思い出してみいや! 審査結果が発表されたときの会場の空気、あんたらかって『ほんまかいな』いう顔してたでしょうが!」
「せやけど、ボクらは選ばれたんや!」
「あれのどこが最優秀や! 台詞は行動と状況の説明に終わって、生きた台詞になってへん。ドラマっちゅうのは生活や! 生きた人間の生活の言葉や! 悲しいときに『悲しい』て書いてしまうのは、情緒の説明や、落としたノート拾うときの一瞬のためらい。そういうとこにドラマがあるねん。あんたらのは、まだドラマのプロットに過ぎひん。自己解放も役の肉体化もできてへん学芸会や」
うちは、お父さんが作家やさかい、語り出したら、専門用語が出てくるし、相手をボコボコにするまでおさまれへん。
「そんなに、人を誹謗するもんとちゃう!」
司会の先生が、声を荒げた。
「なにを、シャーシャーと言うてはりますねん! もともとは、こんな審査をさせた連盟の責任でしょうが!?」
「き、きみなあ……!」
「さっさと、審査基準作って、公正な審査せんと、毎年こないなるのん目に見えてるやないですか!」
「あ、あんまりや、あんたの言い方は!」
○○高校の子が赤い顔して叫んだ。こいつは本気で怒ってない。ほんまに怒ったら、涙なんか出えへん。顔は蒼白になる。うちの頭のタコ焼きは爆発した。
「あんたなあ、この三月に、ここに居てる何校かと組んで合同公演やんねんてなあ。ネットに載ってた。嬉しそうに劇団名乗って、学校の施設使うて何が劇団や! 合同公演や! なんで自分のクラブを充実しよとせえへんねん! 演劇部員として技量を高めようとせえへんのんじゃ!」
あとは修羅場やった。
これだけもめて、公式の記録には――第六地区地区総会無事終了――
よう考えたら、うちも偉そうに言えた義理やないねんけど。タコ焼きは、しっかり食べて帰った。
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