第26話〔あ、忘れてた〕
高安女子高生物語・26
〔あ、忘れてた〕
バレンタインデーを忘れてた!
バレンタインデーは、佐渡君が火葬場で焼かれた日やよって、完全に頭から飛んでた。
もっとも覚えてても、うちは、誰にもチョコはあげへんかったやろ。
うちは、お母さんがお父さんにウィスキーボンボンをやるのが恒例になってる。せやけど、ホワイトデーにお父さんがお母さんにお返ししたのは見たことない。
うちに隠れて? それはありえへん。
お父さんは、嬉しいことは隠し立てがでけへん。年賀葉書の切手が当たっても大騒ぎする。まして、自分が人になんかしたら言わんではすまへんタチや。結婚した最初のお母さんの誕生日にコート買うたったんを、今でも言うてるくらい。
実は、ウィスキーボンボンの半分以上はお母さんが食べてしまうから、そう感謝することでもなかったりする。
佐渡君には、チョコあげたらよかった思たけど、後の祭り。それに、うちが見た佐渡君は、おそらく……幻。
幻にチョコは渡しようがない。
あ、一人おった!
昨日、学校の帰りに思い出した。絵描いてもろた馬場さんにはしとかならあかん。
で、帰り道駅前のコンビニに寄った。
さすがに、バレンタインチョコは置いてへんかったんで、ガーナチョコを買うた。
包装紙はパソコンで、それらしいのんを選んでカラー印刷。A4でも、ガーナチョコやったら余裕で包める。
「こういうときて、手紙つけるんやろなあ……」
けど、したことないよって、ええ言葉が浮かんでけえへん。べつに愛の告白やない、純粋のお礼の気持ちや……感謝……感激……雨あられ。アホやな、うちなに考えてんねやろ。
「マンマでええねん」
「わ、ビックリした!」
お父さんが、後ろに立ってた。
「珍しいな、明日香が週遅れとは言え、バレンタインか……」
「もう、あっち行っといて!」
ありがとうございました。人に絵描いてもらうなんて、初めてです。
チョコは、ほんのおしるしです。
これからも、絵の道、がんばってください。
佐藤 明日香
なんで手紙やったら、標準語になるんやろ……そう思いながら封をした。
「あ、アホやな! 便せんに書いたら、チョコより大きい。別の封筒に入れるのは大げさやし……」
「これに、書いとき」
お父さんが、名刺大のカードをくれた。薄いピンクで、右の下にほんのりと花柄……。
「お父さん、なんで、こんなん持ってんのん!?」
「オレ、これでも作家のハシクレやで、こういうもんの一つや二つ持ってるわ」
「ふ~ん……て、おかしない?」
「おかしない。オレの書く小説て、女の子が、よう出てくるからな。ハハハ」
そない言うて、下に降りていった。とりあえず、そのカードに、さっきの言葉を書き写す。
「あ……これ感熱紙や」
パソコンでグリーティングカードで検索したら、同じのが出てた。
「まあ、とっさに、こんなことができるのも……才能? 娘への愛情? いいや、ただのイチビリや」
で、今日は三年生の登校日。
メール打つのんも苦労した。何回も考え直して「伝えたいことがあります」と書いて、待ち合わせは美術室にした。
「え、こんなのもらっていいの? オレの道楽に付き合わせて、それも、元々は人違いだったのに」
嬉しそうに馬場さん。せやけど、最後の一言は余計……やと、思う。
「明日香……なにかあったな、人相に深みが出てきた」
「え、そんな、べつに……」
「これは、ちょっと手を加えなきゃ。そこ座って!」
「は、はい!」
馬場先輩は、クロッキー帳になにやら描き始めた。
「ほら、これ!」
あたしの目ぇと、口元が描かれてた。それだけで明日香と分かる。やっぱり腕やなあ。
「これは、なにか胸に思いのある顔だよ。好きな人がいるとか……」
とっさに、関根先輩の顔が浮かぶ。
「違うなあ、いま表情が変わった。好きな人はいるようだけど、いま思い出したんだ」
なんで、分かるのん!?
「なんだか、分からないけど、寂しさと充足感がいっしょになったような顔だ」
ああ、佐渡君のことか……ぼんやりと、そう思た。
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