第28話〔そんなんちゃいます〕

高安女子高生物語・28

〔そんなんちゃいます〕        



「そんなんちゃいます」


 思わず言うてしもた。

 国語の時間、中山先生が思わんことを言うた。


「佐藤さん、あんた黒木華に似てるね!」


 クラスのみんなが、うちのことを振り返った。中には「黒木華て、だれ?」言う子もおったけど、たいがいの子ぉは知ってる。

 銀熊賞を取って大河ドラマとか出てる大阪出身の女優さんや。『小さいおうち』で主演して、ほんで賞を取った。先生は、さっそく、その映画を観てきたらしい。授業の話が途中から映画の話に脱線して……脱線しても、この先生の話はショ-モナイ。だいたい日本の先生は、教職課程の中にディベートやらプレゼンテーションの単位がない。つまり、人に話や思いを伝えるテクニック無しで教師になってる。なんも中山先生だけが下手くそなわけやない。

 うちは、授業中は板書の要点だけ書いたら、虚空を見つめてる。それが時に控えめいう黒木さんと同じ属性で見られてしまう。中山先生は、その一点だけに共通点を見いだして、映画観た感動のまんま、うちのことを、そない言うただけや。


 目立たんことをモットーにしてるうちには、ちょっと迷惑なフリや。


「そない言うたら、明日香ちゃんて、演劇部やな」

 加奈子がいらんことを言う。

「ほんま!? うちの演劇部言うたら、毎年本選に出てる実力クラブやんか!」

「去年は落ちました……」

 こないだの地区総会のことが頭をよぎる。あれがうちの本性や。

「せやけど、評判は評判。佐藤さんもがんばってね」


 で、終わりかと思たら……。


「せや、いっちょう、その演劇部の実力で読んでもらおか。167ページ、読んでみて」

「は、はい……隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃たのむところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔よしとしなかった……」

 

 よりにもよって『山月記』や。自意識過剰な主人公が、その才能と境遇のギャップから、虎になってしまうという、青年期のプライドの高さと、脆さを書いた中島敦の短編。

 うちは、読め言われたらヘタクソには読まれへん。まして、クラスで教科書読まされるのんは初めて。で、黒木華の話題のついで。


「お~」と、静かな歓声。


「やっぱり上手いもんやないの。OGH高校の黒木華やな!」

 クラスのアホが調子に乗って拍手しよる。ガチショーモナイ!


「明日香、やっぱりあんたは演劇部の子ぉやで」

 授業が終わって廊下に出ると、南風先生に会うなり言われてしもた。

 しもた、先生は隣のクラスで授業してたんや。

「一昨日の地区総会のことも聞いたで。大演説やってんてな。アハハ、先楽しみにしてるよって」


 トイレに行って鏡を見る。なんや、うちの知らん自分が映ってた。


 うちは、女の子の割には鏡見いひん。家出るときに髪の毛の具合を見るときぐらい。こんな顔した明日香を見るのは初めてや……ちゅうことは、自分でもちゃう自分しか見せてなかったいうこと……。


 そんなんちゃいます!


 そない言うて、トイレを出た。個室に入ってた子ぉがびっくりして、小さな悲鳴をあげた……。


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