第13話〔小野田少尉〕
高安女子高生物語・13
〔小野田少尉〕
お父さんが元気がないことに気ぃついたんは昨日やった。
「お父さん、どないかしたん?」
久々の休日で、あたしはスゥエットの上下にフリ-スいう定番のお家スタイルで朝ご飯食べてた。
「小野田さんが亡くならはった……」
「オノダさん……どこの人?」
あたしは、お気楽にホットミルクを飲みながら、お父さんのいつになくマジな視線を感じた。うちは佐藤で、お母さんの旧姓は北野。オノダいう親類はおらへん。淡路恵子やら中村勘三郎が亡くなったときもショボクレてたから、古い芸能人かと思た。
「明日香には分からん人や……」
お父さんは、そう言うて、一階の仕事部屋に降りていった。
「誰やのん、オノダさんて?」
同じ質問をお母さんにした。
「戦争終わったんも知らんと、ルバング島いうとこでずっと一人で戦争やってたけったいな人。それより明日香、家におるんやったら、洗濯もんの取り込み頼むわ。お母さん、友だちと会うてくるから、ちょっと遅なるよって」
「うん、ええよ。551の豚まん買うてきてくれる?」
「店が、近くにあったらな。それより、家におんねんやったら、もうちょっとましな格好しいよ。ちょっとハズイで」
「へいへい」
三階の自分の部屋に戻って、ストレッチジーンズとセーターに着替えてパソコンのスイッチを入れる。
なんの気なしに、お父さんが言うてた「オノダ」を検索した。候補のトップに小野田寛郎というのが出てたんでクリックした。
で、ビックリした。
穏やかそうな笑顔やのに目元と口元に強い意志を感じさせるオジイチャンの写真と、みすぼらしい戦闘服ながら、バシっときまって敬礼してる中年の兵隊さん。同一人物と分かるのにちょっと時間がかかった。でも、一瞬で芸能人やないことは分かった。
十六日に肺炎で東京の病院で亡くならはった。思わずネットの記事やらウィキペディアを読んだ。
1974年まで、三十年間も、ルバング島いうとこで戦争やってはった。盗んだラジオで、かなりのことを知ってはったみたいやけど、今の日本はアメリカの傀儡政権で、満州……これも調べた。中国の東北地方、そこに亡命日本政府があると思てはったみたい。日本に帰ってからは、ブラジルに大きな牧場とか持ってはったみたい。細かいことは分かれへんけど、画像で見る小野田さんは衝撃的やった……1974年の日本人は、今のあたしらと変わらへんかった。せやけど小野田さんはタイムスリップしてきたみたいやった。
あたしの好奇心は続かへん。昼過ぎになってお腹が空いてくると、もう小野田さんのことは忘れてしもた。
で、コンビニにお弁当を買いにいった。お父さんは粗食というか、適当にパンやらインスタントラーメン食べて済ましてるけど、あたしはちゃんとしたもんが食べたい。
「アスカやんけ」
お弁当を選んでたら、関根先輩に声をかけられた。
心臓バックン!
「美保先輩はいっしょやないんですか?」
と、ストレートに聞いてしもた。
「美保はインフルエンザや」
で、二人で高安銀座の喫茶店に行ってランチを食べた。
「アスカと飯食うなんて、中学以来やなあ」
「そ、そうですね(;'∀')」
そこから会話が始まった。喋ってるうちに小野田さんの顔が浮かんできた。無意識に先輩のイケメンと重ねてしまう。
――覚悟をしないで生きられる時代は、いい時代である。だが死を意識しないことで日本人は、生きることをおろそかにしてしまっているのではないだろうか――
ネットで見た小野田さんの言葉がよみがえる。憧れの先輩の顔が薄っぺらく見えた。
その時、店に入ってくるお客さんがドアを開け、その角度で一瞬自分の顔が映った。しょぼくれてはいてるけど、先輩と同じ種類の顔をしてた。
「なんや元気ないけど、身内に不幸でもあったんか?」
「みたいなもんです。遠い遠い親類」
「そうか、そらご愁傷さまやな」
「ええんです、ええんです。さ、食べましょ食べましょ!」
それから、互いに近況報告。二月の一日に芝居する言うたら「見に行く」て言うてもろた。
ラッキー!
家に帰ってパソコンを開いたら、蓋してただけやから、小野田さんのページが、そのまま出てきた。
――ありがとう――
小野田さんに、そう言われたような気がした。
小野田さんは、ルバング島に三十年いてた。偶然やけど、お父さんが先生やってたのも三十年。お父さんは昭和二十八年生まれ。小野田さんが帰ってきはったときは大学の二年生やった。想いはあたしよりも大きかったんやろなあ。
一階の仕事部屋に籠もってるお父さんと、ちょっとだけ通じたような気ぃがした。
しかし、お父さんの元気がない顔に三日も気ぃつかへんかったんは、やっぱり今時の女子高生なんかな。
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