01-05.虚像と実像

ヤコポが発った後ほどなくして俺の修行が始まった。予め命じられていたのだろう、カルロという弟子から教えを受けることになった。


「じゃあ、まず浮遊魔法をやってみようか。これができれば飛行魔法へと応用することもできる」

愛嬌がある容姿をしていて親しみやすさを覚える男だった。

ヴォリダーレ。カルロは浮遊魔法の呪文を唱える。対象にした本が浮いて上昇していき、20cmほど上昇したところでカルロがまた何かを唱えると本はストンと落ちた。


さあやってみて、とカルロに言われ取り掛かるが...全く何も起こらない。というよりそもそも呪文さえ満足に唱えることもできない。ヴォリダーレ。実のところ彼らの言語は発音が難しく、この呪文をカタカナ表記で表すことすら満足にできない。日本人の俺は「ヴォリダーレ」にさえ似てない何かを唱えていた。これにはカルロも大爆笑。始める前はヤコポから偉大な魔術師とだとかいわれていたんだろうから、余計ツボにハマったんだと推察する。

恥ずかしくて穴があったら入りたいくらいだが、この世界の俺は「高位の魔術師」...初心者みたいに動転したり自信なさげな様子を見せてはならない。

あれ、おかしいなぁ、今日はスマホがサクサク動かないなぁ、みたいなイメージなんですよー俺にとって魔法なんてねー、という雰囲気をかもす。


「まずは...、発音から磨いてみようか!」

まぶしくなるカルロの笑顔。その後小一時間、講師カルロの元まるで英会話レッスンみたいに「ヴォリダーレ」を磨く。一音一音なんども繰り返しやっと「ヴォリダーレ」っぽいそれになった。だがまだまだネイティブのそれには及ばない。


「多分それなら術を具現化するための媒体条件はクリアしてると思うよ」


そこでもう一度練習用の本を対象に呪文を唱える。だが、やっぱり呪文は発動されない。苦笑いするカルロ。


「まずは魔力を引き出す練習をしようか」

そういってカルロは講義を始める。この世界の魔力は人間の体から絞り出すものであり、そして全ての中心として魂に繋がる。神が創造したもうた我々の意識にはそれだけで魔を払い奇跡を起こす力がある。そして精神とは魂の大きさであり、肉体は魂の入れ物、徳とは魂の輝きである。だから結局は精神を鍛え、肉体を追い込み、徳を積むことが魔力の増大へと繋がるのだそうだ。


「イメージしてみて。体中を流れる血液に魔力が含まれていて、それを心臓で絞るような感覚。だから焦点は心臓や...腹に力を入れろって人もいるよ」

なるほど、そういうものなのか。目を閉じ、心臓の拍動に集中する。

絞るイメージ。脈打つ血管が過剰に意識され、自分が生物なんだっていう自覚みたいな気持ち悪い感覚が付きまとってくる。落ち着け...そして集中しろ、と自分に喝を入れ、さらに瞑想すること数十分。キーンと耳鳴りのようなものを感じ始めたので、さっきよりも集中できているみたいだ。


「いいね。魔力を感じる」

目を開ければカルロがかざすように俺に手を向けていた。

そのポーズ、なんかカッコイイな。俺の世界でそういうことをやると中二病って言われるんだけどね。


カルロに言われて瞑想を解き、再び浮遊呪文を唱えてみる。

...何も起きないか...諦めかけたその時本が、あたかも抵抗するかのようにグラグラと動き...止まった。これは...


「うん、やったじゃん。魔法はちゃんと発動されたよ。まだまだ不完全な状態だけれど、取りえずは第一歩。その調子!」

カルロに褒められて素直に喜ん...ではいけない。

俺は鷹揚おうように頷きしばらく呪文を唱え試してみたが、それ以上は向上しない。まだまだ基本的な部分が足りていないんだなと感じ再び瞑想に戻る。

カルロは途中まで瞑想する俺を見守ってくれたようだが、気が付くとどこかに行ってしまった。

その日は日が暮れるまで瞑想に費やし、結果として1mm...浮いた浮かないの狭間はざまのような状態で幕を閉じた。


俺の精神も絞られたかのように疲れたので、食事を取りに使用人や弟子が利用するホールへと向かおうとしたが、外でカルロが他の弟子と話をしているのが見えたので今日のお礼を言おうと外へ出る。確かあの弟子はマルコという名前だったか。


「そう言えばさ、聞いてくれよ。ったくさ、なんで先生はあんな奴を迎え入れたんだろうな」

いきなりの不穏な会話。直ぐさま方針を情報収集へと切り替える。


「ああ、ナカノ...だっけ?...え、期待外れ?」


「そうなんだよ、なんか本来は先生より優れた魔法が使えるんだって、アイツ。ただ...なんでも彼の国とこことでは魔法に対する考え方や発動方法に違いがあるとかで使えなくなったんだと。そう先生が仰っていた。だから丁重に応対し魔法の修練のお力添えをするようにと命じられたんだ」


「それで?」


「先生には申し訳ないとは思うけど、嘘臭いと思ってね。まぁ小手調べにと浮遊魔法をやらせてみたんだけどさ、案の定もう全然ダメ。というかそもそも呪文を唱えることさえできなかった」


「えっ嘘だろ....マジで?」


「マジも大マジ。初め”ヴォリダーレ”もまともにしゃべれなかったんだぜ。なにが”高位の魔術師”様だよ。オークの方がまだマシな発音をするってもんだ」


「えーそれは見たかったなー」


「ああ、思わず爆笑しちゃったよ。えーとそれで、魔力生成の過程が違う?というものだからわざわざ魔術理論から話し聞かせて魔力を作らせてみたんだよ。小一時間瞑想をさせて。結局捻ひねり出した魔力が、まぁ蠅みたいなもんさ」


ここでまたげらげらと笑う二人。

...懸念はしていたけれど、やっぱあっさりとバレたかー。

そしてカルロ、なかなか素が黒いなぁ。


「とにかくアイツに魔法の才能なんてないね。ただ、問題なのは奴が黄色い肌をしているということだ。あの”偉大なるクズ”と同じ、ね」


「昨日俺が言った、ああなるように変異魔法が掛けられているって説は?」


「どうだかな。知っての通り変身系術式はかなり研究されていて、長時間化けることはできないし見破ることが可能だ。だが彼はもう二日はあのままだし、俺はもちろんのこと先生でさえ術を破ったようには思われない。仮にもしそうだったなら...彼が八つ裂きになっていても不思議じゃないよ」


「確かに。ヴィオレッタ様のことを考えれば...ね」


「そうだ。だからこそ奴は警戒すべき...」

ここでカルロは何かに気づき、祈るように呪文を唱える。ほどなくしてカルロの顔が一気に険しくなる。


「出てきてくれ。そこにいるんだろ?」



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