01-03.ジパング

俺達はヤコポが行使した飛行系魔法で彼の邸宅まで移動した。

こういう時は本当に魔法というものは便利だ。昨日や別の世界で馬鹿みたいに歩いて移動していた自分がかわいそうに思えてくる。

けれども風圧で耳が聞こえずしゃべるどころか、ともすれば呼吸にさえも注意を払わなければならないほどには飛んで移動するというのも楽ではない。体感としてはオープンカーで高速道路をぶっ放した時の倍ほどのそれだと思う。風圧を相殺させる魔法を知らないのか、それこそ「風を感じる」というものをヤコポは好んでいるのか。おそらくは後者なのだろう、だとすれば意外に彼はロックな人だ。

前で飛んでいる彼の背中を見つつ俺は折角の景色を楽しんでいた。月並みにきれいな草原の風景だとしか表すことができないのが残念だが、途中に50mはあろうかという立派な広葉樹がポツンと一本立っているのが目を引いた。


そうこうしている内に彼の邸宅へと到着した。初め何もない木々の上で止まったので幸先を思いやったが、ぐにその風景が魔法で作られた、周囲に溶け込ます魔法であることを、一時的に解除され薄くなっていく木々の迷彩を見て分かった。改めてこの世界の魔法と彼の技巧に尊敬の念を覚える。

2階建ての石造りの屋敷に農場と畜舎、これらがこの国高位の魔術師の居住地だった。数十人の弟子と使用人によって生活しているそうで、ある種の牧歌的なものを感じるが、ここで日々魔法の研鑽や開発に励んでいるらしい。

この屋敷の一室を与えられ、当面の生活の心配がなくなり安堵する。


ここでヤコポに大切なことを伝えたい素振りを見せ、例の魔法をかけてもらったあとにこう切り出す。


「魔術習得のためにできるだけ早くモチヅキに会う必要があります。明日にでも彼に会う手段はないものでしょうか?」


瞬間ヤコポから不穏なものを感じたような気がしたが、ぐに気のせいであるかのように質問に答えた。


生憎あいにくと私は転移魔法を使うことができません。それは弟子もまた同じです。それから転移できる距離にも限度というものがありまして、最大でこの国の端から端まで飛ぶだけで魔力を尽き果たしてしまうものなのです。...本来であれば」


悔しそうに顔を歪めるヤコポ。ちらっと俺の肌を見てから話を続ける。


「ある男の出現によってその常識は打ち砕かれました。そうです、この国...いえ私が所有するどんな書物にもモチヅキほどの力を持つ魔術師の話はありません。彼の場合あらゆる国を無制限に転移魔法で移動することができます。それも自分だけでなく、従者や膨大な荷物も含めて。城一つでさえそのまま移動させることができたなどという話も聞きました」


出たよモチヅキ。モチヅキの話をする時のヤコポはとても苦しそうで、あまり彼を直視できない。さながら「こんなんチートや…チーターや……」っていうやつだろう。


ここでふと疑問が湧いたヤコポが俺にこう質問する。


「そういえばナカノさんは遥か彼方...おそらくはこの大陸をも超えた未知なる世界より旅をされてこられた方だとおっしゃっておりましたが...一体どうやってこの地に辿り着いたのでしょうか?一見したところ、ほとんど物を持たずに旅を続けられたようですが...」


...ヤバい。毎度のことではあるが、これだから経歴設定というものはややこしい。動揺していることを悟られないよう努めながらも必死になってそれっぽいことを考える。

パニくっている方は気づかれているかもしれないが、モチヅキと同じ人種の俺は彼にとっては規格外の存在のはず。いや、そこは俺も規格外の存在という認識でなければこれからも協力をあおぐことができるとは限らない。

...ここは誇張された話でありつつ、つ整合性の取れたものであるべきだ。


「...実のところ祖国に居りました際には大規模な転移魔法を行使することができました。高位の魔術師であれば大抵の知られている国への移動が可能です...大変恐縮なことではありますが。それが...二日前のことです、あるいにしえの魔法術を探究のため試したところ、魔法が暴走し周囲の魔法具や私を巻き込み...気が付くとどうやらこの地に転移させられたようでして...」


「おそらくはモチヅキでさえもこの大陸を超えて転移することはできないでしょう。ここ10年祖国でそういった人間の存在が知れ渡ったことはないので」

この大陸がオーストラリア大陸のようなものでこの世界に他に大陸はない、と仮定した作り話だが。


「ほぉ...そうですか...やはりこの大陸の文明は魔法において他と比べて劣っているのかもしれませんな...」


「単純に比較できるものではないかもしれません。私の国とでは魔法の源や魔法に対する考え方が違うから故の可能性もあります。現に今の私は一切の魔法を行使することができなくなりました。ひょっとするとモチヅキの力は異なる経緯の魔法を組み合わせた独自のものかもしれませんよ」


ギロリと鋭い目が俺の方を向く。どの程度か分からないが嘘がバレた、もしくは何らかの情報をつかんだのだろう。

積み上げてきた経験によるものなのだろうか、思考している表情にすら貫禄があって読めない。


「それは何とも有益な説を聞かせてもらえました。年々衰える自身の向学心にも身が入るというものです。...ぜひとも今後私の師として導いて戴ければこれ以上に勝る喜びはありません」


突然ヤコポが行動に移す。

その場でひざまずこうとする彼を慌てて押しとどめる。


ひざまずくべきなのはむしろ私の方です。こうしてもてなして頂けるだけでなく、この地の魔法さえもご教授頂けるのですから。こちらの方こそ、ぜひ先生と呼ばさせて下さい」


少々オーバーにジャパニーズ土下座をしようとする俺を今度はヤコポが押し止めた。


くして我々には奇妙な信頼関係が生まれた。

年の功という言葉にならいヤコポが上ということで収めてもらったが、常に異国語の概意が通じるという非常に貴重な指輪を頂くことになった。これでその都度あの魔法を頼む必要がなくなるので大変ありがたい。


家主直々に各部屋を案内され、その日は豪勢な食事のもてなしも受けた。知識がないというのが最大の理由だが、とりわけパンとワインが美味しく感じる。

ヤコポの歓待に感謝しつつ、今後どう物事が動くのか俺は一抹の不安を抱いた。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る