01-02.色欲とラノベ主人公

この世界での生活二日目。前の世界では野宿続きだったので、久々のベッドでぐっすりと眠れた。ヨーロッパの気候はさっぱりだが、過ごしやすい気温と心地よい風が日本の五月を思い出させる。


時間を見計らって院長にしばらく滞在させてもらえないか、と伝えるために幾つかの単語とジェスチャーで頼んでみたところ日本語の「ぜひとも」という意味で認識された言葉を受け取ることができた。

が、院長が「魔法」という意味で通じる単語を頻繁に使用していたので、自分が魔法を全く使えないことを片言で伝えると露骨ろこつに嫌な顔をされた。それでも滞在の撤回を匂わせるようなことは言わなかったので(少なくとも自分には分からなかった)ホッと胸を撫で下ろす。

だが、はからずしてここに長居する可能性もあるため、早めに何か対価になるようなものを用意する必要も考慮しておくべきだ。最悪毎日の労働による奉仕で済ませてくれるといいが...


そんなことをあれこれと考えながら今日一日を情報収集のために充てることにした。


まず、この世界には魔法というものが存在する。そのこと自体は院長との会話で予測できていたが、案の定魔法が使える人間、魔術師というものがその需要に反して少なく、低レベルの魔法でも使えればまず間違えなく中流階級の生活が営めるそうだ。

魔法と聞いて真っ先に産業の発展促進と考えてしまう俺はまだまだらしく、隣国との戦争に駆り出されることを筆頭ひっとうに、悪魔やドラゴンといった魔族、獣人、エルフといった人外の討伐、果ては自身の魔力を利用した錬金術も行われているそうだ。

しかし、戦争では魔術師は敵から狙われやすく、人外の方が魔力適正があるためむしろ人間の生存がおびやかされ、他の仕事と相対して金の錬成は割に合わないそうだ。


さぁ、ここまでくれば我らが英雄のご登場である。

それは十年ほど前の出来事らしい。この国とは別のある都市にこれまで見たことのない人種の男が現れた。外見から30歳前後と見受けられる、黄色い肌をしたその男は信じられないほどの魔術、それこそ「神」とでもたとえられようその力で、あまねく戦争を終結させ、多くの人外の種族を殲滅せんめつしたそうだ。

名をモチヅキと言う。

この男の出現によって人の社会には戦争への絶対的な抑止力が生まれ、人々は人外からの被害に悩まされることはなく、一部の種族を隷属れいぞくさせるまでに至った。また、真実は定かでないが、その膨大ぼうだいな魔力を源として大量の金を錬成し財として蓄えているというささやかれている。

各国は競うようにしてこの男にへつらい、最高位の勲章、地位を捧げた。王の地位までもゆずろうとした小国が現れたほどの激しさである。そうまでしてこの男の機嫌をうかがうことで各国は自国の安寧あんねいを保とうと努めた。この国においてもそれは例外ではなく、宮廷主席魔術師と元帥の称号を王が直々じきじき下賜かしされたほどだ。


民衆はこの手の英雄譚を語りたがるものなのだろうか、人々は言葉がろくに通じない俺に辛抱しんぼう強く話し続け、しまいには偶々たまたま通りかかった高位の魔術師に、一時的に異言語のおおよその意味が解るという何とも便利な意思伝達系魔法とやらをかけてもらったことで把握はあくできた。上記の伝聞でんぶんはこの魔法によって得た情報の概略がいりゃくである。


だが、一方で民衆はこの男の醜聞しゅうぶんも盛んに話し聞かせてくれた。

なんでもモチヅキは大層好色な男なそうで、自らの力を背景に各国の王家や貴族の子女を始めとして美女と思われるものを軒並み手籠てごめにしてきたそうだ。その上で気に入った女を”ハーレム”と称してとどめさせ、お手つきが済んだものや興味を失った”ハーレム”の女をないがしろに追いやった。貞操観念が強いこの一帯ではそれらの女は「疵物きずもの」と裏で陰口かげぐちを叩かれ、その辛さのあまり自ら命を落としたものも一人二人どころの話ではないらしい。

人間が隷属させているエルフや獣人といった種族もはべらせているそうで、そういうことはそいつらで満たせばいいのに、とこの世界の人間の倫理観の一端を垣間見せる場面もあったが、まぁ皆さんモチヅキの好色には随分ずいぶんとお怒りのようだ。けれども、人妻や婚礼前の娘にも手を出したなどと聞き、いよいよ生物学的な性淘汰せいとうたとか一夫多妻制などの屁理屈では済まさらない案件かな、と考えていたところで、やっと人々の視線の意味が分かった。

旅人、それも黄色い肌。ああ、どうも俺を対抗馬たいこうばにさせたがってるのね。いやぁ....んん..まぁ、この世界二人目の黄色人種みたいだから、仕方ないか。

こちらとしては踊らされているみたいで何ともしゃくさわるのだけれども、”彼を殺すための大義名分”を得たからよしとしよう。なにせ殺人なものだから、大抵これもそう易々やすやすと手に入れられるものではなく、苦労させられることの方が多い。


まだかけられている魔法が有効であることを確かめた後俺はこう切り出した。

自分はこの国より遥か彼方かなたにある、黄色い肌をした人間の国からやってきた者であり、その地では人々がみな魔術を用いて豊かな文明を築いている。その国において私は非常に魔法の才能に恵まれていたが、魔法の源がこの地と祖国とでは違うせいかここでは全く魔法が使えず、魔術師だと僅かでも名乗れないほど身をやつしている。この地一帯では魔法が使えないものと失念していたが、こうして黄色い肌をした男の話を聞いた後では俄然がぜん希望が湧いて来た。それ故これから魔術の修行をしたいが、どこか適当な施設や場所はないか、と。

自分の言語がどの程度通じているのか不安だったが、人々の何とも言えない笑顔が広がっているのを見て杞憂であると悟った。

なかば先の弁は俺に魔法をかけてくれた魔術師に向けたものであったが、我が意を得たとばかりに住居と魔術の教授の援助を申し出てくれた。

ぐに俺はこう切り返す。

それはとてもありがたいご提言だ。もしこの地での魔術が大成した暁にはあなたの御恩に十二分にお返しをし、またこの地の人々にも感謝せずにはいられないだろう、と。

魔術師はほくほく顔でうなずき、人々の顔はますます黒い笑みへと変わった。嫉妬、羨望、報復...そういった感情が入り混ざったようなそれであり、凡庸ぼんような策略家とはこういう表情をするのかな、とそれを見て俺はそう取り留めもないことを考えた。


この魔術師は名をヤコポと言い、傍目はためには初老の理知的な男性に見えるが歳はもっと若いそうだ。苦労した方なのだろう。人々が時折チラチラと彼を見ながら話すのでかなりの名士なのだろうか。

俺の名は中野といいますと自己紹介をすると、力強い響きがある、と笑いながらお世辞を言われた。本当はどういう風に聞こえたんだろう...


この都市から少し離れた郊外に弟子と一緒に住んでおり、今日は細々こまごまとしたことを片づけに来たのだそうだ。

雑事は既に済んだようだがこちらに気を遣っているようなので、修道院へのあいさつに同行してもらうことにした。この魔術師はやはり非常に名が知られているようで、院長はヤコポを見るなり得心が行った顔をしてほがらかに我々を見送ってもらった。腹で何を考えているかは判断材料を得ているので分かるが、それを差っ引いても寛大なもてなしを受けたことに変わりはない。俺は厚く礼を言って、修道院を後にすることにした。


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