第11話 誘い

 後ろから足音がした。土の床を擦りながら歩いてくる。私たちがあまりにもうるさくし過ぎたせいか奥のレジから藤崎さんが出てきたのだろう。

 本棚の角から顔をぬっと出し、まずは私を司会に収めた。それから、本棚から体を出した予想通り藤崎さんであった。まぁ、それしか考えられないのだが。藤崎さんはぐるっと一同を見回した。裕翔君の辺りで目が留まった。見知らぬ人を見たのか顔を少し崩し、「君は?」と裕翔君に声を掛けた。

 「伊藤裕翔です。」

 裕翔君は頭を下げた。

 「あ、希望ちゃんの友人ね。似たような印象の制服だし。なるほど、ボーイフレンドってやつか?希望ちゃん?」いつもの顔に戻ってから、彼の言葉を解釈した。

 だが途中、奇妙な間合いがあったと思ったが、とんだしょうもないことであった。藤崎さんは笑みで口を歪めていた。いつも思うのだがこの人は何故こんな風に思春期である私たちの心の中をスパイクを履いて入ってくるのだろうか。お調子者もいいところだ。いい年したおじさんなのに。

 続けて、「それとも、遠距離恋愛?」と言いながら、理々果の方を見た。

 こちら側からでは見えないのだがきっと黄ばんだ歯が口の中から覗いているのだろう。理々果の表情から読み取ることができた。

 理々果は顔をそのままに「おじさん。私が受け入れられると思う?」彼女のとげとげしい問いかけに「無理だな。」と、藤崎さんはバッサリと言った。問答無用であった。「それに、学生が付き合うのって遊びでしょ?それって意味あるの?」彼女はいつもの口調で世の中に詰め寄った。その様子は明らかに呆れを全身で表している。「まぁ、それもそうだな、、、」面を喰らったように後頭部を掻いた。くせ毛の髪がより乱雑に流れる。どうしようもなくやりきれない大人の顔は滑稽に思えた。口が歪んでしまうのを必死にこらえた。理々果もまた、呆れているものの我慢していた。

 理々果は手をひらひらさせており、理論の姿勢を変えようとはしなかった。馬鹿にした心情はに滲み出ているが。

 確かに、理々果が言っていることには一理ある。大衆映画やドラマ、歌、そしてメディアなどに「青春」や「恋」という文字が浮かんでいるたびに、大人どころか子供もその風潮を変な形で真に受けており、その言葉に浮足立っている気がする。それに、学校行事などによる相乗効果により、よりmustの雰囲気が頭に擦り込まれている気がしてならない。そうだ、学校教育ならぬメディア教育の洗脳だ。その中で付き合いや恋、その先のsexというものも遊びという視点でしか見られなくなってしまう。もし、両方が真剣だったら良いが、片方が真剣で片方が遊びであったらどうするのか。そういsことを考えざるおえない。つくづく、時間を無駄と感じる。 私は一人心の中で演説をしていた。客席から一気に歓声が沸く。拍手喝采。そんな感じだった。

 「勘違いもいいところだわ。時代の風潮に流され過ぎ」

 理々果は藤崎さんにとどめの一撃を加え、藤崎さんは完全にノックアウトされた。藤崎は完全に黙り込んだ。大人がおれた。ポキっと。

 裕翔君は傍観者のポジションに徹しており、ずっと理々果と藤崎さんの話に聞き入っていた。そこには奇妙な構図が生まれており、親しい二人が話をし、他二人はそれを見ており、話をしている二人は向かい合っており、私と裕翔君も向かい合っている状態で二人と二人が交差しており、大変カオスな状態であった。まるで、互いが磁力でくっつきもせず反発もしないような感覚だった。

 介入しようにもできない。いや、しようとも思わないのではないか。このカオスな空間に。

 さっさと終わらないかと視線を本棚に移したとき「そういや、和口が個展するそうだな。」黙り込んでいた藤崎さんがいつのまにか私の方に顔を向けていた。

 「ええ。」

 「え!?和口さんの個展!?」その言葉は本屋中にこだました。

 理々果は驚いたように口を開き、上半身を少し私たちの方へ乗り出した。裕翔君はそれにびっくりしたような顔をしていた。カオスな関係が崩れた。案外、脆く儚いガラスの様だった。

 「え?知らないのか?」

 「お父さん、何も言ってなかったよ!」

 「どんまいだな。まぁ、まだ先さし言わないとか言っていたな。」

 「そうなんですか!?」

 怒りを露わにし、顔を紅潮させた。小学生を見ているような気分だ。全く、本当に感情の起伏が激しいので疲れてしまう。彼女自身は疲れないのだろうか。本人だから疲れないか。もう、何十年も同じだろうから。

 「まぁ、いいじゃないか。今知れたんだし。」

 軽い口調で藤崎さんがフォローした。その前で未だ理々果は怒っていた。そういうことじゃない!っと。まぁまぁ、と理々果を慰めるように手をひらひらさせる。向こうで「でも!」と、理々果は怒った。その横で不思議そうな、そして冷たい目で理々果を見ていた。藤崎さんに関しては、理々果の扱いに困っており、苦渋の色にも似た笑みを浮かべていた。

 「じゃ、裕翔君と一緒に行こうと思うから、理々果も一緒に行こう!」

 私は呆れ、藤崎さんに助け舟を出した。「本当?やった!」さっきの怒りはどこか遠くに置いてきたように、理々果は歓喜に満ちた。

 やれやれ、全くカオスだな。この空間。そして、ここにいる人間たち。

 裕翔君の方を見れば、未だそのままの顔で皆を見ていた。

 

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