第10話 回想

 裕翔君が声に出して笑ったとき、後ろにいる理々果もつられて笑っていた。

 私は状況が分からなくなり少し焦った。二人は決して顔を合わせていないはず。なのに、類似色のように共鳴した。わからない。二人は本当にお互いを知らないのか。というか、お互いを知らない方がおかしい雰囲気だった。

 「なんだよ、河野かよ。びっくりしたわ。あれ?お前、遠くねぇか?」

 ゲラゲラと笑いながら裕翔君は理々果に声を掛けた。どうやら二人は口調から察するに顔見知りの様だ。

 「しょうがないじゃん。この辺、古本屋ここぐらいしかないんだもん。」

 理々果の口調に少し違和感を感じた。

 理々果は、男の子としゃべるとき口調が少しかしこまる部分があった。小学校だったときは少し変わった口調でしゃべる子だな、という認識だったが、学年が上がるにつれより顕著になり、本人曰く、多分、癖。と言われたことがあった。癖でそこまでなるのかと私は疑問に思ったくらいだ。だが、仲良くなっていく内に普通の人にとっての貧乏ゆすりか、という位の認識になった。

 彼女は友達はそこそこいるが、素直に心が開ける友達はほとんどいないそうだ。

 私と話すときもいつもあの口調だから、きっと裕翔君と仲が良かっただろうなと思った。

 気付けば、裕翔君と理々果は仲良く談笑していた。きっと仲が良かったのだろう、馴れ馴れしく同性のように笑いあっていた。

 小学校のころは別だったのだろう。というか、私は小学校で伊藤裕翔という名前を見たことが無かった。小学校を卒業して、中学受験をしない人は隣町の中学校まで行かなくてはならなかった。人数が少ない理由で、私たちの街には中学校は建てられなかった。私は中学受験をし理々果と別々になったところで、理々果は裕翔君と出会ったのだろう。私は中学ですごく不毛な時間を過ごした。いじめやしかとなどもう散々だった。進学校でそのまま高校に行けたのだが、あまりに嫌になり親に無理を言い、地元の高校を受験をしたのだ。

 最後は自分語りだったが、彼女は何となくにそういう推論を立てた。若干に感情的になってしまったが。

 「中学校のとき、仲良かったの?」

 私は二人の談笑の雰囲気を崩さないよう努めて場の空気に合わせて言った。

 理々果は、目を大きく開き口を丸のように開け感心したように言った。

 「うん、よくわかったね。てか、考えたらわかるか。」

 そんなもの、二人の話を聞いていたら一見しただけわかることだろう。

 理々果は天井を見上げながら思い出に耽た。

 「なるほど、ということは、き、き、きぼ、、、」

 その横で彼は何か言おうとしたとき、私の名前で口籠った。名前に「ちゃん」を付けようか、呼び捨てにしようか迷っているような口の動かし方だった。

 それを見て、理々果は腹を抱えて笑った。常々本当に喜怒哀楽に忙しい娘だ、と思う。裕翔君の頬が若干に紅潮し、理々果を横目で睨んだ。その目は狂気じみており傍から見れば恐怖の湧き立つような目だった。背筋が少し張り詰めた。

 それと同時に愛おしく思えた。そう思ったとき私の頬も一緒に紅潮しているのを感じた。悟られぬよう、そっと頬を手で隠した。

 理々果がそれに気付き「どうしたの?」と尋ねてきた。

 私は首を横に振り「ちょっと頬がかゆくて。」とごまかした。いや、ごまかししか思いつかなかった。このときはおかしかった。そう、おかしかった。

 自分の感情が上手く感じ取れなかった。どうして、自分が頬なんか赤らめたのか。実際には見ていないのだが、きっとそうだろう。上手く、言い表すことができず心の中で渦巻くしかなかった。

 自分の感情のくせに、だ。

 「裕翔君」

 私は自分の感情を切り替えるよう話題を掏りかえるように裕翔君の声を掛けた。

 「希望でいいよ。」

 私は人生で初めて、気持ちよく声が出せた。それが、どういう意味を持っているか、自分でもわからなかった。

 「そうか、希望でいいのか、、、」

 嫌に口角が上がるのを感じ取れた。それは、あの目と同じように。


 「何?名前も呼んだこと無いの?」

 理々果は目を丸くして驚いた。また、顔が変わる。

 裕翔君は頭を掻いて髪の毛をグチャグチャにした。その手を顎にあて、目を伏せ、恥ずかしそうに口を開いた。

 「まぁ、確かに。名前、聞いたの、ここが初めてだし、、、」

 彼の口が上手く開かず、若干パクパクしていた。察するにそれというものは相当のものらしかった。

 確かに、今思ってみれば私は裕翔君の名前を知っているが、彼は私の名前を知らなかったのだ。当然、まだ名乗ってもいないし。きっと、私を呼ぶときもどう呼ぼうか迷ったに違いない。

 私はすごく申し訳なかった。

 「で?さっき何言おうとしてたの?」

 理々果の言葉で話題が戻り急速に時間が戻ったような感覚に襲われた。

 「あ、希望、希望と理々果は小学校のとき同じだったんだな、と」

 若干に私の名前で噛みはしたものの、概ね裕翔君は私たちのなれそめを理解した様子だった。

 「で、二人は裕翔が引っ越してえ一緒になったわわけだ。」

 裕翔君に続き付け足したように理々果も私と裕翔君の関係を理解したところだった。

 そう言った後、理々果はニッと裕翔君を覗き込み

 「まだ、名前噛んでる。」

 と、憎さ百倍も気まぐれ猫のような態度を取った。

 「な、、、!」

 裕翔君はあまりに唐突に言われたせいか、言葉に詰まった。だが、すぐに体制を立て直し

 「うるせぇ!」

 と、私が聞いたことのない甘くも少年じみた声で叫んだ。まぁ、聞いたことは無いのは当たり前なのだが。

 その様子を見ていたら、少し心が和んだ。まるで、兄妹喧嘩を見ているかのようだった。

 希望

 きっと、私が私の名前を名乗らなかったのは、きっとこの現代には合わない遺物に感じたからだろう。

 

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