第9話 古本

 彼女の後に続き店に入った。

 少し入口が低いのか、頭を屈めねばならなかった。閉めるときレールに砂が溜まっているのだろうか、やけに重く感じ少し力が必要だった。後ろ手で閉めづらく身を小さくし引き戸に向かって閉めなければならず、何もしていないのにも関わらず体があちこちにへと動き、音もそれと伴い引き戸と共に共鳴した。

 「ごめんね。閉めるときのコツ、教えてなかった。」

 彼女が申し訳なさそうに、自分のリュック越しに言った。

 彼女の言葉を借りて考えるに、確かに入るとき軽々と扉を開けていたのに気が付いた。

 何とか回れるくらいに体を小さくし、彼女の方に体を向けた。彼女は両隣に隙間なしに本で埋め尽くされた壁を上下左右嘗め回すように見ていた。

 ここは古本屋なのだろう。看板に偽りなし、というか偽れぬ程にカビ臭さが店内に充満していた。

 店内に入れば、まず両隣に高く本の壁がそびえ立っており、そのまま奥へと道が続いていた。その奥にはまだ本があるらしく、レジらしき物は見えなかった。きっと奥の方にあるのだろう。そうぼんやりと感じた。 

 「ここ、よく来るの?」

 自分は彼女の背中に尋ねた。

 「ん~」と彼女は曖昧な声を上げながら唸り「よく来る方かな」と曖昧な返事をした。

 それも当たり前なのだろう。確かに、老舗というものであるのか常連はしょっちゅう来てそうな印象だった。

 自分は入口付近の本たちをまじまじと見た。本たちは自分たちが地面に落ちないようしっかりと両隣の本たちを押し合っていた。一つ抜き取って、表紙を見てみた。両隣の本は片方を押す相手がいなくなり逆側から押し出される形となった。抜き取ったその本はハードカバーであり、年が経った今でも風情を残しており本が多くを語っていた。どうやら哲学の本であり、表紙のデザインは何かと無骨で不愛想だった。もう少し人が取っつきやすいデザインにすればもっと人の目に触れられるのに、と常々思っているがそれでは内容と差異が生じるかもしれないと思った。

 彼女の方を見れば、彼女の姿はなく奥の本たちの方へと消えてしまったらしい。

 自分はその本を元に戻し、彼女を捜しに奥へと向かった。

 奥に言っても未だ本の棚は止まることを知らず続いていた。

 歩いているうちに岐路に立たされ、その奥からは本棚が感覚を空けて並んでいるようだった。

 本棚の側面には案内があり、そこは文庫コーナであり、ジャンル別に並んでいるようだった、。その数は数えることそのものを嫌うかの如く壁一面にも本があった。

 圧巻だった。生まれて初めて図書館以外でこの圧巻を感じたのは。また、奥から小声が聞こえ、そこに行ってみることにした。そこには一人ではなく、予想通り二人の姿があった。

 一人はギョッとする目でこちらを見ており、もう一人は彼女であった。

 「希望(きぼう)、あれ誰?」

 彼女の隣にいた女が本を見ている彼女の背中を叩いた。そして、女は自分を指した。

 少し見覚えのある顔立ちの女だった。

 「ん?」と彼女は声を出し、指している方に視線を辿った。つまり、その先に自分がいる。

 「あ!」彼女の顔が花開くように笑顔になり「どう?この本屋」と弾んだ声で言った。

 「古い本も一杯あるし、自分としては満足する、というか圧巻だね…」

 語尾は後ろの女の視線が何故か痛い程に刺さり声が小さくなってしまった。

 「そう!よかった」

 そう言って、彼女は笑った。

 「ねぇ、希望。その子誰?」

 そんな楽しいムードを壊すかの如く、後ろの女が彼女に声を掛けた。

 彼女が振り向き、女の元へ行き何かひそひそとしゃべり始めた。

 女は仮面を入れ替えると思える程に表情豊かに顔を動かした。自分の何かを知っている風な表情をし、なるほどと口にした。少しその顔は笑っていた。

 というか、彼女の名前を初めて耳にした気がする。

 確か、希望。このご時世輝いて見えるその字は彼女は毛嫌いしているせいか、名前を名乗ろうとしなかったのも、今日の今で合点がいった。

 希望………いい名前だ。素直にそう思った。口角が嫌に上がるのを感じた。

 話し終えたのか、彼女がこちらに近づいてきた。

 「誰?あの人」愚直にも口にした。

 「あー。あの娘?あの娘は、河野理々果(かわのりりか)ちゃん。」

 その名前を聞いたとき声を出して笑いそうになった。 

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