第12話 俺と僕

 自分たちは御堂をあとにし、帰路に着いた。

 理々果は止まり待ちに住んでいるため、自分たちが来た道を真っ直ぐに帰るので御堂の前で別れた。

 久し振りの再会であり、然程離れて日は経っていないがとても久しく感じた。理々果としゃべるのがすごく懐かしく、希望とはまた違った心地よさがあり、巣の自分が自然と出た。学校では菅出せない、というか出したくないため、この頃少し自分を見失っていた気がする。しかし同時に、この前に似た歪みを感じたのは紛れもない事実だった。

 彼女と肩を並べ帰路に立ったところで彼女と別れた。

 少しはしゃぎ過ぎたせいか疲労が体に溜まっていた。

 夏休みが終わり、まだ残暑が残っているが季節外れの冷たい風が吹いた。

 それは、不吉の予兆の様で不思議と身体に染み込んだ。

 家につく頃には、疲労困憊であり、家に入るなり自室に駆け込んだ。その勢いのままベッドに入り眠ってしまった。

 

 その空間は混沌としており、時間の流れを感じさせなかった。空では青から赤がどす黒く混ざっており不気味な雰囲気を漂わせていた。地平線は黒く一直線に沈んでおり、それより下は光さえも通さない黒々とした地面が一面に広がっていた。

 その中に、一人として狼のように捨てられた人間、「裕翔」がそこにいた。

 彼はここがどこかもわからず、一人で椅子に座っていた。

 動こうと思えば動けるのだが、動こうとしないのは腰を浮かせ地面に立った瞬間、自分は立てないんじゃないか、という恐怖心が胸の内に居座っているからであろう。

 裕翔は勇気を振り絞り地面に足の裏をしっかりとつけ、太ももに力を入れ、腰をを浮かした。その瞬間足の力が抜け膝から崩れ落ちてしまい、椅子の背もたれを持っていたにも関わらずその場で崩れ落ちてしまい寝転がる形となってしまった。

 身体障碍者。彼の脳裏をよぎった。

 これは俺の未来か。いや違う。

 確かに、全身に走る痛みが嘘のようには思えない。

 だとすると、夢。違うだろう。

 何より、痛みを感じる。まぁ、夢の記憶はいつも皆無に近いが。

 思考と否定の攻防の末、ある仮説に思い至った。

 ここは自分の中だと。つまり、精神世界。

 もう、自分の頭では、その解が精一杯だった。

 つまりは、あの歪みの感覚は二重人格のもう一人。認めたくはないが、認めざる負えなかった。そう考えれば、その歪み自身の謎がほころんでいくようだった。

 彼が椅子に座ろうともがいていると、向こうから足音がした。

 コツ、コツ、コツ、と一定のリズムを立て裕翔の状に近づいてきた。暗闇で全身は見えないが、身体の陰からだと男だということはわかった。そして、それはどこか人間離れした雰囲気がある。

 実に体の陰がなめらかに剥がされ、男の全貌が見えた。

 その男は、滋賀あたもの自分だった。

 裕翔は驚愕した。裕翔という存在が同時に二人も存在してしまっている。彼の頭の中にもう一人の自分という文がこびり付き離れようともせず、それどころか染みさえ作ってしまった。一度、この思考に陥ったらパニックになるだろう。裕翔の思考の回らない頭でさえも、そのことは容易に感じることができた。

 裕翔は何度も目を瞬かせた。だが、目の前の事実は何ら変わることなく、そこに茫然と突っ立ていた。

 胸の中に何か確信めいたものがあった。

 ここは自分の感情の中

 だと。仮定が現実と変わり、裕翔は少し身震いした。目の前の自分らしき人間を直視すること出来ず、視線を落としてしまった。地面は黒く静寂に包まれ、この世界の秩序を守っているように感じる。

 未だ、この現実を受け留めきれない裕翔は台座に体重を預けていた。

 「希望ちゃん。いつ殺すの?」

 自分なのに自分に似つかない少年じみた声に明るい口調だったが、言葉はとてつもなく残酷だった。

 「は?」

 「だから、いつ殺すの?」

 「希望をか?なぜ殺す必要がある?」

 「まだわからないのか?」

 裕翔らしき男は呆れ、手をひらひらさせた。

 男の態度はことのすべてを知っているかのゆだ。

 「すべて、説明してもらおうか。」

 男の態度が裕翔の癪に障ったのか。特蝶的な低い声で睨みを聞かせながら言った。

 「怖い怖い。話すから」煽るような言動をとり、暗闇から椅子を取り出した。続いて裕翔を椅子に座らせた。彼は裕翔に軽く微笑み「肩の力を抜いて」と、肩を軽く叩いた。

 男は椅子に浅く腰掛け上半身を乗り出した。

 少し間を空け、彼は軽く息を吸った。緊張感が高まり、裕翔の視線が彼の口元に集中した。

 「君は僕で。僕は君。そして、君と僕は一心同体、これが一つ。」

 まずは一つ目と言わんばかりに、人さし指を上げた。

 「二つ目。君は芸術家で、僕は犯罪者。」

 中指を上げ、彼は膝の上でピースマークを作った。

 その目は虚ろであり、獣の様な血色だった。

 裕翔は反芻した。じゃ、きっと僕の方の裕翔は芸術家だ。そして、向こうの方の裕翔は犯罪者・・・・・ってことになる。自分は両手を固く握った。力を加えていく度に爪が手の甲にめり込んでいく。血が滲む勢いだ。何故、こんなにも血の滲む勢いの怒りが心の中に広がっているのか分からなかった。

 「最近、やけに口角が上がるでしょ。あれは、僕が出てきている証拠だよ。」

 いつからだろうか。いつからお前は僕の中に存在していたのだろうか。

 そんなくだらない疑問はしばらくすれば彼の心の中から消えてなくなった。いや、元からそんな疑問など存在しなかったのかもしれない。僕と彼は一心同体だ。きっと生まれたときから伊藤裕翔という人間の中に存在していただろう。小さいころは芸術家の裕翔が主としていただけなのだと。その後遅れて犯罪者の裕翔が出てきた、たったそれだけのことだろう。だが、芸術家は未だ受け入れることはできずにいた。きっと死ぬまで受け入れたくないだろう。何故なら、希望を殺すと犯罪者が言ったのだが、芸術家の中には希望を殺すなど考えてもいなかったのだから。

 「それと、ラスト三つ目。」

 そこで、間が空いた。

 芸術家は目を伏せ、耳を集中させていたので、突然の静寂が訪れ少し不審に思った。顔を上げ犯罪者を見た。犯罪者は真っ直ぐに芸術家を直視しており、その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

 恐怖で背筋が凍るようなその不敵な笑みは芸術家の癪に触った。芸術家は眉間に皺を寄せた。

 「何がおかしい。」

 芸術家は低く怒声にも似た声を出した。

 その声ですら、犯罪者は表情一つ変えずに笑った。

 その笑いは混沌とした空の下にこだました。光を吸い込む程のこの空の下に。フ芸術家は態度を変えなかった。その笑いは明らかに芸術家を馬鹿にした笑いであった。芸術家は顔を微動にせず犯罪者を凝視した。静寂の怒りであった。芸術家は思いっきり脚に力を入れ立とうとした。あいつを、目の前にいる犯罪者をぶん殴ってやりたかったのだ。力を入れ立とうとしたが、その敵対心とは空しく、予想通りに地面に体が崩れ落ちた。芸術家は立つことは出来なかった。しかし、脳内ではあいつを殴っていた。血がほと走る位に。

 「どうしたんだい?」笑い混じりの声が芸術家の鼓膜に響いた。

 「まさか、三つ目は・・・・」

 芸術家は顔面蒼白になった。言いようのない怒りに捕らわれ、我を忘れ、下半身を引きずりながらも、犯罪者の足元まで進んだ。ズボンの裾を掴み、自分の身体を起こすように彼の足にしがみついた。犯罪者は虫を見るような目で芸術家を見下ろした。

 「本気で僕に抗うつもりか。僕は君なんだぞ。」

 狂悪犯の口調が芸術家を貫いた。

 「希望は殺したない。」

 「それは残念だ。伊藤裕翔は長谷川希望を殺したがっている。しかも、二人共だ。悲しいがこれが三つ目だ。」

 芸術家は目が血走る程に見開いた。犯罪者は冷酷な目で芸術家を見下ろした。

 残念なことにこの三つ目はお互いに抗えないことだった。何より伊藤裕翔の願望のだから。

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