第7話 お昼ごはん
昼食の時間になり、クラスの中は慌ただしくなった。クラスの外で食べる人たちは教室から出て行った。何人かの人間は教室内で弁当を食べていた。教室内は、普段授業の人口密度とは変わって、穴ぼこであり、密度が低く酷く寂しく感じた。
私はいつもなら一人で音楽を聴きながら母に作ってもらったお弁当を食べるのだが、何せ昨日転校してきた子と一緒に食べているから一人ではなかった。だが、机をくっつけるとか、一つの机で一緒に食べるとかということはしなかった。というか、彼がしたがらなかった。提案してはみたものの少し焦って「このままでいい」と低い声で言われた。
彼は少しだけだが焦っていた。その真相はわからないが、多分年頃の男の子のせいなのだろうと、彼女は思った。女の子に慣れてないせいか返事がよく遅くなっていたりもしていた。昨日の帰り道で言っていたのをあまり信じていなかったが、相当のものらしかった。徐々に仲良くなればいい。彼女は彼を見つめながら、そう思った。
「あのさ…」彼は少し躊躇った様子で、唇に手を当て私の返事を待っているようだった。「なに?」私は明るく聞いた。「いや、本当に行くのか?和口さんの個展。」彼はゆっくりと話し、私の目を見た。長い前髪の隙間から彼の目が見えた。何故か、心臓が波打った。長針が時を移ろいゆくのと同じく、私のの感情も移ろいゆくのを感じ取れた。「そうだよ。嫌?」私は首を傾げた。彼は少し間を置いてから手を顎に当て「いや、待ち合わせとか。どうするのかな…ってね。」その言葉から悪い気はしていないようだった。
彼は箸を口につけた。二段弁当になっており、世間一般と同じ下の段にご飯を、上の段におかずがきれいに収められていた
彼のお母さんは几帳面な性格らしかった。何故こんなことを考える?そう、自分に尋ねてみても答えるのは当然自分であり、何も返ってこなかった。というか返せなかった、というニュアンスの方が今の自分の心情にぴったりなのかもしれない。
彼は依然と、黙々と箸を動かしていた。
手が少し汚れていた。それは、絵具だった。なんの絵具かはわからなかった。だが、深夜まで描いていたのだろうか、その夜枯れには古い汚れもあれば、新しい汚れも目立っていたのだ。
何をそんなに熱心に描いていたのだろうか。帰り道にでも聞いてみようか。
「ねぇ」私は裕翔君に呼びかけた。
「ん?」彼は箸の動きを止めた。
彼の目は一直線に、私のことを見ていた。
「何で、和口さんのこと好きなの?」
その質問の答えを出すのに彼は少し躊躇っていた。自分ことをさらけ出すのを怖がっているように。彼はその後も、数分の間そうしていた。
「えっと…」
彼の言葉を引き裂くように廊下の方で騒音がした。
教室内の全員が驚き、好奇心に駆られ、心理とは別に身体が廊下に向いていた。年頃の男女なのだろうか、しょうもないことに野次馬精神になり、肝腎なとき野次馬精神になれない。自分としてはどうしても腑に落ちなかった。
みんなが廊下で騒いでいた。
誰かが廊下のガラスを割ったようだ。野次馬たちが犯人の名をしきりに連呼していた。
だが、そんな様子でも彼は冷静だった。自分の手をうなじにかけ、少し困った様子で廊下を見つめていた。
彼が言いだそうとしたとき、勢いよく二枚目のガラスの割れる音が廊下に響き渡った。彼が、何を言い出そうとしたのだろうか。先が気になって仕方なかった。
廊下を見つめていて、まだ話そうとはしなかった。廊下の人たちに険悪さえ覚えた。彼女はイラッとし、貧乏揺すりを始めた。
裕翔君はそれに気付き、視線を落としてからクスッと笑った。
「え、何?」少し不愉快な気分になった。頬をに空気を入れ、冗談のように怒った振りをしてみる。そしたら、彼はまたクスッと笑った。
二人の間におかしな空気が流れ、二人は一緒して笑った。
「ここまで、自分を知ろうとする人は、初めてだよ。」
彼は聞いたことのない、弾んだ声で軽快に言った。
そして、口元がほころんだ。
パッと彼の周りが明るくなった気がした。髪を透かし、少し茶色くなった神から目が見えた。その目は、目じりを上げ心の底から笑っているように感じた。
「尊敬しているから。あんな人、類も見ない人だからね。」
そう言って、彼はまた目じりを上げた。
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