第四章 〈グレムリン〉 -3-

「ミルフィー!」

 司令官室へ入るなり、息子の帰りを待っていたイザークがミルフィーユに駆け寄った。

「父さん!」

 ヴィンツブラウト親子にあてられながら「父さんに早く会いたい」という気持ちをいままで抑えていた少年は、堪えきれなくなって顔をくしゃくしゃにした。そのままイザークの腕の中に飛び込むと、「ごめんなさい」を繰り返しながらしゃくりあげる。

「しばらくかかりそうだから、ほっとくか」

「そだね」

 一足早く「感動の再会」を済ませてしまったもう一組の親子は、冷めた目で親友たちを見てうなづき合った。しっかと抱き合う二人を尻目にさっさとソファへ腰を下ろすと、クローチェ軍曹の運んできた紅茶と菓子に歓声を上げる。

 アダルは「熱しやすく冷めやすい」この親子を、可笑しそうに見ていたが、ふと先ほど〈グレムリン〉を待っている時に仕入れた情報を思い出して口を開いた。

「そうそうエビネ准尉なんですけど、彼は隊員たちからの受けがイイみたいですよ」

 茶の香りを楽しんでいた司令官は、少佐の報告に意外そうな顔をした。フルーツケーキを切り分けていたヴァルトラントも、手を止めてアダルに注目する。

「へぇ。ウチは身内意識が強いから、新入りには厳しいのにな」

 さりげなく息子のケーキに手を伸ばしながら、ウィルは応えた。

「隊員たちの話によると、彼はいままで来た新人と比べて『人懐こい』んだそーです」

「あー、なるほど。確かにいままで来た奴らときたら、妙なプライドがあるのか、とっつきにくい感じだったもんな」

 そう言ってウィルがわずかに口をへの字に曲げたのは、紅茶がいつもより渋く感じられただけではなかった。

 司令官に着任して三年。その間に数名の新人が〈森の精〉ヴァルトガイストに送り込まれてきた。しかしその全てが、「理由わけあり」でドロップアウトしている。そのせいで〈森の精〉ヴァルトガイストはカリスト司令本部の人事部から、「新人潰し」という不名誉な称号を賜ることとなったのだ。

 そんな司令官の気も知らず、「ドロップアウトの原因の一つ」が得意顔でつけ加える。

「うんうん。あいつらって、〈森の精〉ヴァルトガイストのことを知ろうとしないで、文句ばっか言うんだ。一度なんか『開発なんてタルい仕事じゃなくて、自分は前線でバリバリ働きたかったのにー』とか言ってくれてさ。あんまムカつくから、みんなと協力して、ちょーっと『前線気分』を味わってもらったら、人事に泣きついて逃げちゃうんだもんなぁ――っとと」

 勢いで過去の罪まで暴露しそうになり、少年は慌てて口をつぐんだ。ウィルの眉間が一瞬険しくなる。ヴァルトラントは激しく身の危険を感じ、いつでも逃げ出せるよう軽く腰を浮かせた。そこへ、機転を利かせたアダルがフォローする。

「あの士官はその後、念願叶って〈前方トロヤ〉に行ったみたいだよ」

「へ、へえ、よかったじゃん」

 アダルの好意に感謝しながら、少年は浮かせた腰を落着けた。そして気の緩みか、ついお茶らけたひとことをつけ加える。

「あそこは時期によって各惑星への中継地点になるし、〈月・火星連邦〉や〈地球へ還る者〉、〈宇宙生活者ノマド〉なんかと出会う確率高いからなぁ。あまりの忙しさに、今頃は泣いて喜んでるだろーね」

 ヴァルトラントの皮肉に、アダルはくすりと笑い声を洩らした。が、ウィルに睨まれ、慌てて話題を元に戻した。

「で、その評判のためか、広報部はもとより経理と総務のあいだでもかなり期待が高まっているらしく、両者から『彼の使用を早めたい』と要請がありました」

「早めたいって、まだ来て一週間も経ってないんだぞ。まず広報部の仕事を覚えさせるのが先だろうが。曲がりなりにも、表向きは『広報部員』なんだし」

 いつも何かにつけてゴリ押ししてくる経理部と総務部に、ウィルはうんざりした。

「とりあえず『その辺の調整は、当事者同士でしてください』と答えておきましたが」

「そりゃあ近々、交渉決裂バトルになるな」

「うん。でもって、広報部の方が圧倒的に不利だと思う。いくら〈はったりマックス〉でも、あの二人が相手じゃ言い負かせないだろうね」

 親子の会話に勤しんでいたはずのイザークとミルフィーユが、首を突っ込んできた。興味を引く話題なのか、親子で目を輝かせている。

 他人事のように茶々を入れるディスクリート親子の言葉に、ウィルは司令官着任以来の持病である神経性胃炎がまたぞろ再発しそうなのを感じた。面白くなさそうに顔をしかめ、紅茶を飲み干す。

「しかし広報部にとって、当面の心配は〈グレムリン〉です。彼らは〈グレムリン〉にエビネ准尉を潰されることを、異様に恐れています。まあ、待ちに待ってた人手ですから、無理もないとは思いますが」

 そう言って少佐は、ちょうど真正面にいるヴァルトラントに目を向けた。

「信用ないなぁ。そもそも彼を選んだのは俺だよ? なんでいきなり潰さなきゃなんないのさ」

 水を向けられた少年は憮然とした。

「それは〈森の精〉ヴァルトガイストの幹部しか知らないことじゃないか。隊員たちはみんな、君たちが准尉に対して何かやらかすと信じきってるし、それは広報部員も同じなんだよ。だから彼らは、君たちと准尉を接触させたくないんだ」

「接触させたくないって、そんなの無理に決まってるじゃん。〈森の精〉ヴァルトガイストにいる限り、俺たちと顔を合わさずにいられるわけないって」

 〈森の精〉ヴァルトガイストの全隊員の顔を把握しているヴァルトラントは、広報部の浅はかさを嘲笑った。

 〈グレムリン〉に狙われて、逃げ切った者はいない。

 これは〈森の精〉ヴァルトガイストに属する者なら誰でも知っていることだ。それでもなお、彼らは挑戦しようというのか。

「過保護にしすぎるあまり、連中自身が准尉を潰してしまいかねんな」

 イザークが眉を顰めた。大いにありえることだけに、誰も彼の言葉を否定しない。

「エビネ准尉にまず一番に教えなきゃならないのは、〈森の精〉ヴァルトガイストがどんな処なのかってことだと思うよ。だから『普段の〈森の精〉ヴァルトガイスト』を、ありのままドドーンと見せてやらなきゃ!」

「ねぇ!」

「って、それでいつも逃げられてるんじゃねーかっ」

 能天気に言い放つ子供たちに、イザークは突っ込む。

 そんな彼らの会話を聞きながら、ウィルは考え込んでいた。気がかりがあった。アダルのもたらした情報が、その懸念をさらに大きくした。

 というのも、つい昨日、一通の〈惑星間通信パケット〉がウィルのもとに届いた。発信人はタイタン司令本部のロメス大佐、つまりエビネ准尉の上官になるはずだった佐官だ。そのロメス大佐が、「エビネ准尉を返せ」と言ってきたのである。

 ウィルにしてみれば、せっかく手にいれたものを素直に返すつもりは更々ない。だから「人事の命に従っていることなので、こちらでは対処できない」と返答した。だが先方はその答えに不服だったらしく、「こうなった原因を徹底的に調査する」とさらに通達してきた。

 ウィルの方も人事が発表された直後からこういう事態になることは予測していたので、ロメス大佐のクレームには驚いていない。しかし、なぜか彼は漠然とした不安を覚えるのだ。

 何かが彼の記憶に引っかかっていた。なのに、いくら考えても思い出せない。

 その不安の原因が判るまでは、先方に対して迂闊な手を打つわけにはいかなかった。下手をすれば、こちらが人事のデータに手を加えたことまで露見するかもしれない。そうなると、「〈森の精ヴァルトガイスト海兵隊マリーネ〉の新設」が洒落ではすまされなくなる。

 そういう事情で、ウィルはこんな頭の痛い時に、〈森の精〉ヴァルトガイスト内部で揉めてほしくなかった。相手につけ入る隙を与えかねないからだ。だからここは何とかして、経理部長たちの気持ちを一つにしておきたい。そのためには――。

 しょーがない。〈グレムリン〉を使うか。

 ウィルは腹を決めた。おもむろに口を開くと、子供たちに声をかける。

「で、おまえらは今後、准尉をどう扱うつもりなんだ?」

 唐突で、しかもあからさまな質問に、子供たちは身構えた。だがウィルが「返答次第で咎めてやろう」としているのではないと判ると、少しだけ警戒心をゆるめた。

 二人は顔を見合わせてお互いの意思を確認すると、かすかにうなづき合う。そして、ヴァルトラントが代表して答えるのか、ウィルに向き直り、静かに口を開いた。

「意図的に追い出すようなことはしないよ。彼が『ホントは、すげームカつくヤツだった』としても、呼び寄せた責任は取る。経理部長やミス・バーバラの魔の手からも守る。でも、だからって大人しくなるつもりもない。俺たちは俺たち。普段どおりのことをするだけ。隊員たちが期待するなら、それに応えなくちゃ〈グレムリン〉じゃなくなるもの。まあ、多少の手加減はするから安心してよ」

 少年は堂々と「いたずらは続ける」と言い放った。だがウィルは内心ほくそ笑んでいた。それこそがウィルの望んでいることなのだ。

 自分たちがエビネ准尉にちょっかいを出しやすいよう「横槍」を払う――それは〈グレムリン〉にとっては攻撃の対象が増えるということであり、受ける方も防御に気を取られ、「エビネ争奪戦」にかまけている場合ではなくなる。

 つまりエビネ准尉を手に入れたい者は、まず〈グレムリン〉と対決しなくてはならない。そのためには分裂している余裕などない、ということだ。

 ウィルはこの作戦がツボに嵌ると信じ、心の中で盛大にガッツポーズを決めた。それでも表向きは無理に難しい顔を作って、息子を見据える。

理解わかった、そこまで言うなら好きにするさ。こちらも普段どおりでいくまでだ」

 珍しく物分りのいい父の言葉に、ヴァルトラントは喜ぶどころか警戒心を強めた。いつもなら小言の一つや二つは返ってくところだ。なのに「はい、どーぞ」ときた。

 恐らく、准尉絡みで何か企みがあるのだろう。だがウィルはそう簡単に手の内を見せないはずだ。ならば相手の真意が判るまでは、好きにさせてもらうとしよう。

 そう判断したヴァルトラントは、「ではお言葉に甘えて」と呟いて立ち上がった。

 驚いた目が彼に向けられる。少年は満面の笑みをたたえていた。

「『刑』の執行は明日からだろ? じゃあ今晩のうちに、ちょっと准尉に『あいさつ』してくるよ」

 そう言ってヴァルトラントは司令官室を出ていった。ケーキを頬張っていたミルフィーユが、慌てて追いかける。

「全然懲りてないというか、へこたれないというか」

 子供たちの消えたドアを見つめて、イザークが感心したように呟いた。

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