第十四話:「失踪①」

※また時代が飛びます。



 海人はあれから順調に成長した。時は流れ、海人は12歳。小学6年生となっていた。

対する俺も年をとった。俺も有海も39歳。未来に飛ばされた時がかなりの過去のように感じる。

今は西暦2039年。昔科学者たちが「必ず来る」としきりに叫んでいた技術的特異点まで、あと6年だった。



 ある夏の休日。俺は自宅のリビングでソファに腰かけ、小説を読んでいた。外はさんさんと降り注ぐ日光のせいでかなりの暑さとなっており、外へ出かける気持ちがわかなかったからだ。


「父さん。ちょっと教えてほしいだけど」

リビングでパソコンのキーボードを叩く海人から声が聞こえる。

学校のジャージを着ており、顔にはメガネをかけていた。

落ち着いた喋り方から、なんとも頭がよさそうに見える。

「はいはい、なんでしょう?」

小説を1冊読み終わりリビングでコーヒーを入れていた俺は、マグカップを持ち海人のところへ向かった。

「ロボットが喋れるようにプログラムを組みたいんだけど、どんな関数を使えばいいかな」

「ほう」

俺は息子の成長に満足しながら、海人の質問に応える。

「確かこんな関数があったはず……」

俺はパソコンの横においてあった辞典を取り出し、ぱらぱらとめくりながらお目当ての関数を引き当てる。

「これだな。後、この関数をコードに組み入れるんなら、このライブラリが必要だから最初にこう定義するんだよ」

「おー! こんな関数があるのか! これならコードを記載するのも楽だね!」

海人は目をきらきらとさせ、俺に感謝を述べた。

実の息子の見た目と性格のギャップに俺は慣れたが、初対面の人はちょっと戸惑ってしまうだろう。

「うん。また聞いてくれな」

そういい残した俺は、辞典を海人へ渡しリビングのソファに向かう。


 海人は俺と有海の影響を受け、趣味でロボットを作っている。ハードに関しては俺たちの会社にある廃品を分け与えているから、なかなかに高性能なロボットが出来上がる予定だ。

「作り終わったら、学校の自由研究で発表するんだ!」

海人はパソコンをいじくりながら、嬉しそうにそう呟いていた。



「ふう」

俺はリビングのソファに座り、テレビの電源を入れた。

 テレビといってもこの時代のテレビは全て壁にかけるタイプとなっており、厚さも5mmほどしかない。いうなれば、額縁に納められた賞状を壁に掲げているのと同等であった。

「ふむ……。またこの話題か」

俺はテレビで放映されていたニュースの話題を見て唸うなる。

テレビでは、加速度的に進歩するロボット達に職を奪われた労働者達がデモをしている光景を映し出していた。

画面が切り替わり、有識者たちによる講評が始まる。

俺はこの講評をみて違和感をもつ。

「なんか、議論している内容が単調だな……。なんか台本に沿って演じているようにしか見えない」

そう思った俺は、目の前にいたタクミにあることを聞く。

「出演している人たちって誰だっけ?」

「……名前はありません。皆人口知能を持ったロボット達です」

「……え、マジ?」

驚いた俺は、テレビの画面をガン見した。

そこで喋っている人たちは、どう見ても普通の人間なのだ。

「人口皮膚をまとったロボット達のようです」

俺の感情の変化を感じ取ったタクミは、そう教えてくれた。


「なるほど。こいつらは人間に見えるロボットなのか。だからこの議題に対してこんなに他人事で議論しているのか……」

俺は目の前のテレビで繰り広げられる違和感の塊を、タクミの解析により理解することが出来た。


--そう、この世界ではテレビの中のコメンテーター達も今AIに置き換えられようとしている。


 俺は、自分が斡旋している事ながら近年の人口知能の発展度合いに若干恐怖を持ち始めていた。

近年AIが新しいAIを開発することが普通となり、俺たち人間はその開発結果を確認し、悪いところを修正する作業を行っていた。

 有海は、AIによるAIの開発を精度の良い物にしようと現在躍起になっている。今日も本社で開発計画の策定をしている。有海の手にかかれば、人口知能の開発がAIにより完全自動化されるのも時間の問題だろう。


 目の前のテレビの放映から俺は悟る。


「AIが俺たち人間を超えるのはもう時間の問題だな……」





 そして10日程経ち、海人が自前のロボットを作り上げた。

「やった! みてみてお父さん! お母さん! 結構しっかり出来た思う!」

時刻は朝の10時。自宅のガレージにてロボットを完成させた海人は、開発成果を俺たちに自慢する。

このガレージには車が止められており、海人はその一角を使ってロボットを組み立てていた。

「あら、結構良く出来てるじゃない」

「重大発表がある」と海人に言われ休みを取った有海は、そのロボットを見て驚きの声を上げる。

「名前はなんていうの?」

「ん……。じゃあミヤビで!」

今考えたような素振りを見せながら、海人は俺たちに彼女の名前を教える。

「なんだ。女の子なのか」

勝手に男の子だと思っていた俺は、海人にそう感想を漏らした。

「うん。タクミが一人身でかわいそうだったから、女の子にしたんだ!」

なるほど。ませた子だった。


「ちょっと待ってて」

海人はそう言うと、自前のパソコンのキーボードをカタカタと叩き始める。

「……よし。名前の設定が完了したから、お母さんミヤビに呼びかけてみて」

「え、いいの?」

若干上擦うわずいた声で有海は返事をした。

……何歳になっても、有海はロボットへの最初に呼びかけが好きらしい。

俺は6号君を完成させ、最初の呼びかけを行った有海をふと思い出し、ノスタルジックな気分に浸りながらその情景を見つめた。


「いくよー!」

海人は元気な声でそう叫ぶと、パソコンからミヤビへ起動の信号を送る。

『ガガッ』

ロボットから機械音が鳴る。

「分かるミヤビちゃん? 私は有海」

有海がミヤビにそう語りかける。

「アミ……?」

「そう、私は有海。貴方を作ってくれた人のお母さんよ」

「ツクッテクレタヒト……?」

「作ったのは僕だよ! カイトっていうんだ。よろしくね!」

今度は海人がミヤビへ語りかけた。

「カイト……。カイト……」

海人の名前を呼びながら、近づいていくミヤビ。

「カイト……」

だが、ゆっくり歩みを進める途中でミヤビは静止した。

「カイト……。ニンゲン……」


「ニンゲン!!!!!」


大音量でそう叫んだミヤビは、反転してとち狂ったかのように走り出し、自宅のガレージのシャッターをくぐって外へ逃げ出してしまった。


「ミヤビ! 待って!!」

驚いた海人はミヤビを追いかける。


「待て、海人危ない!」


シャッターから自宅前の道路へ飛び出そうとしていた海人を俺は言葉で引き止めようとした。

しかし、海人は聞く耳を持たずシャッターをくぐり抜け、そのまま道路へと直進する。


「待てと言っているだろう!」

焦った俺は、海人を追いかけ、同じくシャッターをくぐり抜けた。


「海人! 車に引かれるだろう!」

シャッターをくぐった俺は、目の前にいた海人の腕をつかみ引き寄せる。


「……」


対して海人は無言だった。

俺は周りを見渡す。しかし、先ほど逃げていったミヤビは俺の視界に入らなかった。

「ミヤビが逃げちゃった……」

泣き顔の海人は、俺に向かってそう呟いた。

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