第十二話:「家族」

 時は流れ2030年の4月、俺は社会人8年目となっていた。俺たちが作ったロボット「6号君」は国内国外問わず売れに売れ、河合エレクトロ二クスの主力商品となっていた。

 俺と有海はこの開発したロボットが世界中から評価され、優秀な技術者として社内で引っ張りだこになっていた。俺たちは海外の支店と国内の支店を週に2回は往復するほどに多忙を極めていた。

 そんな中でも、俺と有海は週に1日は必ず自宅に集まった。

そう、家族団らんを楽しむために。


「パパ!」

俺を呼ぶ子供の声が俺たちの家の中で響く。

「ん。どうした海人かいと

俺は本をめくる手を止め、言葉が達者になってきたその子供に返答する。

その子供は、顔をひょこっと部屋のドアから覗かせる。

「タクミがボクのカメラを奪うんだ!」

「ん……?」

俺は閉じた本を右手に抱え、その場で立ち上がった。海人が主張するその状況を確認するためだ。

すると海人に遅れて、河合エレクトロニクス製のロボットが俺のいる部屋へと入ってきた。

「海人様がはしゃいでカメラを壁にぶつけそうになっていましたので、私が回収いたしました」

ロボットことタクミは、海人の主張を聞きこう弁明する。

「なるほど……タクミ。海人にカメラを返してあげなさい」

「承知しました。昭人様」

タクミはそう言うと、海人へカメラを返す。

「海人」

俺は海人を呼ぶ。

「カメラを使うときはどこかにぶつけないように気をつけてな。またタクミにとられちゃうぞ」

「うん……。気をつける」

「よしいい子だ」

俺は海人の頭をわしゃわしゃと撫でる。

「ふふふーー!」

にまにまとした海人が俺の手をくすぐったそうに受け入れる。

「ちょっとー。何かあったの? 大丈夫?」

隣の部屋で電子工作をしていた有海が、心配した面持ちで俺たちがいる部屋へと顔を覗かせる。

「カメラのことでちょっと揉め事があったらしくてな。もう大丈夫だぞ」

「そっか、ありがとね」

そう言った有海は、自宅の工場へと戻る。


そう、俺と有海は3年前に結婚し、子宝に恵まれていた。

その子の名前は「小林海人」。有海と俺の名前から1文字ずつ選んで名づけてあげた。

海人もすでに3歳となっていた。一番やんちゃな時期だ。


俺と有海は仕事が忙しい。なので、河合エレクトロ二クス製のロボット「6号君」を購入し、海人の面倒を見てもらっていた。出来れば俺たちが海人の面倒を観てあげれればいいのだが……。

俺はそう思いながら、抱えていた本をまた開き、続きを読み始めた。


俺たち小林家は、俺と有海、海人、あとタクミの3人と1台家族だ。

さっきのような小さな揉め事がたまに起きるが、我が家は基本平和だった。





「よし! 花見にいくぞ!」

ある日の休日の朝、俺は家族にそう宣言する。


俺の言葉を聞いた後、食事を取っていた有海の顔に笑顔が弾けた。

「桜!? いいね! どこに見に行く?」

「そうだな……。弘前城の桜を観にいこうか」

若干思案した俺は、日本三大桜名所のひとつである弘前城を案に上げた。

「弘前城!? 堀に落ちる桜の花びらがすっごくきれいらしいよね! 私一度でいいから行ってみたかったんだ~」

有海のテンションが上がる。

「そうだろうそうだろう。 その堀桜回廊なんだけど、ちょうど今日が見頃らしいんだよ。これは是非ともいかないとな!」

「本当!? やったぁ! でもこれから青森って間に合う?」

「新幹線を使えば2時間もあればつくぞ」

「え! 新幹線に乗れるの? やったぁ!!」

俺の足元から歓声が上がった。みると、海人が両手を挙げて喜んでいた。

「乗れるぞ、シン○リオンにも会えるかもな」

海人は桜より新幹線に乗れることを喜んでいるようだ。花より電車ってやつかな?

「ワタシもその桜は楽しみです。データベースを検索する限り、桜の回廊は水面を覆い隠すほどのピンク色になるようデス」

wifiを使って情報検索をしたタクミは、目から桜の回廊の写真を投影した。

何も無い場所に写真が表示される。この技術は河合エレクトロ二クスの化学技術担当が開発したものだ。畑違いの技術のため、俺たちには原理がどうなっているのかはよく分からない。

「おお~! これよこれ! 今これが見頃なの? 早くいきましょ!」

うきうきがとまらない有海は、朝食をこれでもかというスピードで口の中にかきこみ、旅行の準備をするため寝室へと駆け込んだ。





 その後俺たちは1時間足らずで支度を終え、仙台駅から新幹線はやぶさ号に乗り青森を目指していた。

「おお~! 速いよ! 速いよ!」

興奮した海人が、移りゆく新幹線の車窓にかぶりつきとなっていた。

 東北新幹線は、技術革新により昨年から最高速度は420km/hとなっていた。よって、東京札幌間が4時間以内で結ばれるようになり、航空機から旅客がシフトしていた。

「かいと。あまり騒ぎ過ぎないようにな~。他のお客さんも乗っているんだからな」

俺は海人へ注意をする。

「この列車混んでるよね~。やっぱり札幌まで早くいけるようになったからかな?」

有海が小声でそう聞いてくる。

「そうかもな~。にしても札幌までこんな短時間で行けるなんて信じられないよな。俺の子供の頃なんて、上野発札幌行きなんて「寝台特急北斗星」だけだったし、夜通しかかったのに……」

俺は昔のことを思い出し、父親と一緒に乗った北斗星のことを懐かしく思った。

「昭人様」

タクミから俺に問いかけがくる。

「電池が残り少ないです。充電をお願いします」

「あれ、今日充電しなかったのか?」

俺たちが作成した6号君は、夜間自動的にコンセントに向かい充電する機能がある。

なお、タクミは家での使用を想定されているので、電池容量は他の6号君より少ない。

「海人様を見守っていましたので、充電する時間がありませんでした」

「見守っていた?」

俺はタクミに聞き返す。

その時、なぜか海人がびくっと震えた。

「……海人? もしかして夜更かししてた?」

少し冷たい声で有海は海人を問い詰める。

「うん……。少しだけ」

海人はそう返事をする。

「タクミが電池不足になるってどれほど夜更かししていたのよ! 体に悪いから止めなさいって何度もいってるよね?」

畳み掛けるように有海は海人を叱責する。

周りの乗客が一斉にこちらを見据える。

「まあまあ……。今新幹線の中だからあまり大きな声を出すには止めておくれ……」

安川課長の時もそうだったけど、有海って怒ると怖いんだよな……。

俺はそう思いつつ、タクミからコードを引っ張り出し、椅子の横にあるコンセントへと差し込んだ。





 俺たちは新青森駅で東北新幹線を下車し、特急つがるに乗り換えて弘前を目指した。

「うむ。ここら辺はまだ雪が残っているんだな」

青森市から弘前市へ向かう特急つがるの車窓には、まだ残雪が存在した。

「そうなんだね~。まだ寒そうだよね」

有海はそう呟く。

「こんなきこーで桜ってさくの?」

いぶかしげな表情の海人が俺に質問をしてくる。

3歳児がなんでこんなことを聞いてくるのかと若干思いながらも、俺は海人へこう答えた。

「ここは四方を山に囲まれているからね。日光が届かないから桜が咲くところより温度が低いんだよ」

「ふ~ん。そうなんだ!」

海人はにぱっと笑顔をもらし、また車窓に顔が向き直った。

「ちなみに昭人様。ここは弘前市より体感温度は5度ほど低いようです」

タクミがそう解析する。

「ほう……。タクミさすがだな。ありがとう」

たまにあるタクミの助言は本当に勉強になる。





 さらに10分ほど経った後、俺たちは弘前駅へと到着した。その後、俺たちは弘前駅前のタクシープールからタクシーへと乗り込む。

このタクシーは自動運転車だ。まだ監視としてタクシー運転士が乗っているが、今後この運転士も仕事を失うのだろう。

『どちらへ向かいますか?』

車のスピーカーからAIの声が聞こえてくる。その声に俺は答える。

「弘前城まで連れて行ってくれ」

「了解いたしました」


その後タクシーが動き出す。

毎度の事ながら、俺はこのタクシーの自動運転技術には驚かされる。

「よく他の車とぶつからないよな」

俺は有海へそう話しかける。

「車載カメラの画像を解析して、車を動かしているそうよ? AIの技術はうちが確か協賛しているはず」

「そうなのか……。さすがわが社だな」

自動運転技術まで手を伸ばしているのか……。俺はわが社の経営規模に改めて驚愕した。


 タクシーは10分ほどで弘前城へと到着した。

「うわ~。流石に混んでいるな」

俺は感嘆の声を上げる。弘前城の敷地への入り口は人がひっきりなしに出入りをしていた。

「流石弘前城の桜だよね! 有名なだけあるよ!」

「そうだよな。しかも花回廊の見頃って、2~3日しかないらしいからな。この土日が一番の書入れ時なんだろうな」

そう俺は呟いた後、海人は俺と有海の手を引き始めた。

「あっちにカキ氷が売っているよ! いこいこ!!」

テンションの上がった海人はぴょんぴょんはねながら俺と有海を引っ張る。

「なんだ、桜じゃないのか……」

やっぱりこいつは花より団子らしい。


 弘前城外輪のお茶屋さんでカキ氷を食べた後、俺たちは弘前城のお堀へと向かった。

「うわ~! 綺麗!!」

有海が感嘆の声を上げる。

「おお……」

俺も目の前の絶景に声を失う。


 そこでは、ピンク色の桜の花びらが雨のようにお堀へと降り注ぎ、お堀の水に積もった桜の花びらが水面みなもで反射した日光と合わさりきらきらと輝いていた。

なんとも幻想的な風景だった。


「「これはすごいわ……」」

俺たちがその風景に見入っていると、海人からある声が聞こえてきた。

「うわぁ……」

海人もこの風景に感動しているのか……。俺はその状況に満足していると、


「これだけ桜の花びらがあれば、桜餅がいっぱいつくれそうだね!」

笑顔の海人はそう俺たちに語りかけてきた。


……ああ。こいつの嗜好しこうは全くぶれていなかった。


桜を満喫した後、俺たちは青森駅へ移動し、駅前の定食屋さんでお昼ご飯を食べていた。


今回俺と有海が頼んだのは、「ほたて貝焼き味噌定食」だ。

海人は「ほたてカレー」を頼んだ。

タクミは、特に食べなくても問題ないので椅子に座って俺たちと一緒に雑談をしていた。


「お待たせしました。『ほたて貝焼き味噌定食』2つと『ほたてカレー』になります」

慣れた手つきの店員さんは、笑顔を振りまきながら俺たちの料理を運んできた。


ほたて貝焼き味噌は、青森の郷土料理だ。

ほたての貝殻の中に青森特産のほたての身を4つほど入れ、味噌味の卵でとじた料理である。

定食には、その他ご飯と味噌汁にあわせてほたてとマグロのお刺身と筑前煮が添えられていた。


「おいしい~!!」

頬を緩ませた有海は、そう呟く。

有海のその反応に俺も期待が高まる。

「おお……」

そのおいしさに俺も驚く。

ほたての貝殻の中で焼けたのか、味噌の香ばしいにおいと塩辛い味がほたてに染みており、それがほたて本来の甘みと合わさり非常においしかった。これはご飯が進む。

「ほたてカレーもおいしいよ! ほたての出汁がきいてるし、ほたてが甘いから!」

3歳児にしては達者にグルメリポートをする海人。若干要領を得ない説明がなんとも三歳児らしい。





 その後俺たちはねぶた館を見学してした。ねぶた館も非常にすばらしかった。町中を毎年練り歩くねぶたが展示されており、見ごたえがあった。


その後俺たちは新幹線で帰宅した。

海人は歩き疲れたのか新幹線の車内で寝ていた。

「楽しかったよ昭人! また旅行しようね!」

「そうだな。いつも海外にいってるから、こうやって国内を観光するのもまた良いよな」

「そうだね~! よし! 次は温泉だ温泉!」

「温泉か! 湯布院の温泉も結構良いみたいだから、今度行って見ようか」

「本当!? やった!」

有海のテンションが上がった。



 それから30分経ち、有海も寝てしまった。

今日は楽しかった。しかし、この家族団らんはいつまで続くだろうか。

俺たちの仕事も忙しい。もしかしたらこの週一の休みも取れなくなってしまうかもしれない。


そして、それ以上にこの先のが心配だ。


俺が未来で見たあの情景。あの事変が起きた年が着々と近づいている。


俺が見た未来のようにはさせたくない。


6号君を開発する際に対策を施したので、あの未来のようなことにはならないと思いたいが、それでも俺の不安は拭いきれなかった。

「はあ……」

俺は、前の椅子に座っているタクミを見据えながら、深くため息をついた。

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