幕間:「あいつ④」

 翌朝になった。最初の不可解な現象から1週間と少したった。まだ朝は早いため、有海はまだ俺の隣で寝ている。

 昨日の出来事が気になり、俺はあまり眠ることができなかった。しかし、俺は夜の間に何か不審なことを感じることはなかった。


俺は有海が寝ているベッドから起きだし、気怠い体を奮い立たせるため、大きく伸びをした。

「よし、『あいつ』をなんとかしないとな……」

起き上がった俺はそう心に決め、まずは昨日の現場に向かうことにした。


そして俺は予想通りの現場を見てしまう。いや、予想以上といったほうがいいか……。


「なんなんだよこれ……」


窓から降り注ぐ日光に照らされて、まだ若干濡れているその『水たまり』はきらきらと輝いていた。そして、昨日に比べて2倍以上に大きくなっていた……。そう、着実に俺達の寝室方面へと向かって。


「くそっ!」

悪態をつきながら、俺は水たまりの水を雑巾でふき取る。しかし、その水をふき取ることはできても、水たまりの『跡』まで消すことはできなかった……。





「おはよ~。あれ昭人、着替えるの早いね」

朝8時頃に有海が起きだしてきた。しかし、俺は既に寝間着から外出用の服に着替え終わっていた。


「有海! でかけるよ!」

俺は有海にそう宣言する。

「え! どこにいくの?」

有海がそう聞いてくる。

「どこって……。 霊媒師さんのところにだよ! お払いに行くぞ!」

「あ……。成る程……」

「昨日のことを思い出してしまったのか、有海は少し暗い声となった……」





 その後俺は有海を連れて、仙台郊外のとあるお寺に向かった。

「ここの霊媒師さんは評判がいいらしい。有海に憑いている霊もなんとかしてくれると思う。もう安心していいからな」

「うん……」

俺は先ほどからテンションが低い有海のため、精いっぱい元気つけようとした。



「おはようございます。 先ほどお電話でご連絡しました『小林』と申します」

俺はお寺の前の受付のロボットに自己紹介をする。

このロボットは河合エレクトロニクス製の案内ロボだった。確か……3号君って言う愛称だったかな?

「お待ちしておりました、少々お待ちください」

受付の3号君は、持ち場を離れお寺の奥へと消えていった。


暫くして、お寺のドアが開く。

「お待たせしました。どうぞお入りください」

俺達はドアを開けてくれた3号君に案内されながら、境内の奥へと進んでいった。


そして、1つの客間に案内された。畳の部屋で、真ん中に四角い机がある。その周りには紅色の四角いクッションが並べられている。そう、いかにも日本家屋の1室といった部屋だった。

「どうぞ、こちらへお座りください」

3号君が空いているクッションを手で示しながら、俺達に座るように案内する。俺達はそれに従った。

「もう少しで先生がきます。いましばらくお待ちください」

そう言い残し、3号君は部屋から立ち去っていった。


 俺達は2分ほど待たされ、その後部屋の中に50歳ほどに見える女性が入ってきた。

その女性は、机を挟んで俺達の対面に座る。

「初めまして。秋山幸子と申します。今回は『除霊』と伺っていますが……」

そう話を切り出した女性は、急に言葉を閊えてしまった。

「なるほど……。なるほど……。何と言っていいのか……」

いきなり暗い面持ちとなった秋山先生が言いよどむ。

「君たちに会った瞬間、かなりの負のオーラを感じてしまいました……。念が強い霊に悩まされているようですね」

彼女は続ける。

「特に、女性の方にかなりの念を感じます。今まで誰かに何か恨みを買うようなことでもしましたか?」

「いえ……。心当たりはないです」

若干思案した有海はそう返答した。

「そうですか……。でも、貴方達についている霊はかなり貴方達に対して恨みを持っていますね」

「貴方達……? 俺もそいつに恨みをもたれているんですか?」

そう俺は秋山先生に聞き返した。

「ええもちろん。貴方もですよ」

彼女はそう言い、凛とした目で俺を見据える。

「これは貴方達2人の問題です。彼女だけの問題じゃありませんよ」


「「……!」」


俺もあいつに憑かれている……。衝撃の事実に、俺は言葉を失う。

「そして、ここまで強い『念』を持つ死後の幽霊っていうのはそうそういません」

「え……? 俺達に憑いている霊は特別に強いということですか?」

俺は秋山先生に聞き返した。

「ええ、その通りです。しかも、貴方達に憑いている霊は死後の霊ではありません」

「え、幽霊って全て死後の姿じゃないんですか?」

合点がいかないような顔の有海が、秋山先生にそう問いかける。

「はい、死後の姿じゃない幽霊もいますよ」

やけに冷静な顔をした秋山先生は話を続ける。


「そして貴方達に憑いている『霊』は『生霊』。今生存している『誰か』の精神だけが出てきて貴方達を襲う、非常に質の悪い霊です……」


そう秋山先生は断定した。





その後俺たちは秋山先生に除霊をしてもらった。秋山先生曰く、「強い霊になるほど除霊に時間がかかる」とのことで、2時間近く除霊の儀式を受けた。

除霊の儀式を受けた後、俺たちは秋山先生からこう言われた。

「この除霊でとりあえずは貴方達に憑いていたものは追い払いました。ただ、油断しないでほしい。貴方達に憑いていた霊は非常に強力でした。このあとまた戻ってきて憑くことも考えられます……」

「とりあえず、また来週私のところへ来てください。本当に除霊できたかどうか、確認させてほしいと思います」

「……わかりました。では、また来週土曜日、この時間に来ようと思います」

俺は、秋山先生の提案を受け入れることにした。





 その後俺達は無言のまま車に乗り込み、自宅へと戻った。

また憑くかもしれない。現れるかもしれないという事実のせいで、俺達の空気は重かった。

「これでもう現れないといいな」

「うん……」

あまり話の弾まない車内で、俺は終始考えていた。

『俺達に恨みを持つ人とは、一体誰なんだろう……? そして、家の『あの水たまり跡』はこれからどうなっていくんだろうか……』


俺は非常に気がかりだった。

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