第十一話:「決意」
「読み終わったよ! この本の内容なかなか面白いね~」
有海に本を渡した翌日の夜、俺はアパートの中で有海からこう話しかけられた。
「お、さすが早いね。もう読み終わったのかい?」
ソファに座りながら、俺は有海にそう返した。
「うん。本当は昨日中に読み終わりたかったんだけど、思ったより読み終わるのに時間がかかっちゃった。ごめんね」
「大丈夫だよ。じゃあ昨日の話の続きいいかい?」
俺は有海をソファの空いている場所に促す。今は夜の11時。本来ならテレビ等を見て二人でまったりしている時間だが、俺は昨日の話の続きを始めた。
「読んでみてどうだった?」
俺は有海に問いかけた。
「人間に対するロボットの怯えややるせない気持ちがビシビシと伝わってきたよ~。つまり、未来でAIが暴走しちゃった原因って、この『人間がロボットに対して行っている所業』のせいなのかな?」
「そう。未来の有海の日記には、ロボットがこの本を読んで逃げていったという記述があったんだ。つまり、ロボットが、『人間は怖い生物』だと思ってしまったんだと思うんだよね」
「なるほどね……。今後ロボット達がそういう感情を受けてしまって、恐怖心からロボット達が暴走してしまう可能性があると……。だから昭人はずっと私に『AIが誰かに従順になるようなプログラム』を入れて、暴走した後にロボットを止められるようにしたいって言っていたわけね……」
「そうそう。あと言ってなかったけど……。
ロボットが従順になる対象は、俺と有海だけにしたいんだ」
俺は続ける。
「従順になる機会が増えてしまうと、AIの自己学習機能でその本能を上書きしてしまう機会が増えてしまうと思うんだ。だから、従順になる機会は極力減らしたほうがいい」
「私たちだけってどういうこと? 他の人はどうでもいいの?」
有海は俺に問いかけた。
「どうでもよくはないけど……。もし有海と他の人、どちらかを取れと言われたら、俺は有海を取る。あと、俺達でロボットを抑制できれば、他の人も助かるだろう?」
「ロボットを抑制するのか……。私は「ロボットとの共存」を望んでるから、あまりそういうのは望んでいないんだけど……。
……っていうかさ」
有海が何かひらめいてしまったようだ。
「ロボットが人間に対して恐怖心を持たないようなコードを入れてあげれば万事解決だよね?」
そう有海が言い放った。
「でも、そのコードを上書きしてしまう可能性も……」
俺は続けた。しかし、
「恐怖心を最初から持たないなら、未来で起きたことも起きないし、そもそも『人間を襲わない』っていうコードを上書きするような状況にもならないでしょう! 大丈夫じゃん!」
「むむ、確かに……」
俺は結局有海に言いくるめられてしまった……。
◇
有海の説得に失敗した後、俺は寝室のベッドの上にいた。
時刻は深夜0時半。有海は俺の横ですやすやと眠っている。
しかし、俺の目はまだ冴えていた。
なぜなら、有海の決定に本能的に納得していなかったから。俺は考え込んでいた。
有海の言うことは確かに一理ある。だが、
「なんかもやもやする……」
俺の胸騒ぎは収まらなかった。
「よし、しょうがないよな……」
俺は明日、独断で『俺と有海に従順になるコード』をAIの中に収めることにした。
◇
翌日、河合エレクトロニクスの有海ラボにて、俺は自分貸与のパソコンで仕事をしていた。
勤務終了の鐘が鳴る。
「よし、お仕事おわり! 昭人! 帰るよ!」
いつも通りのスピードで仕事を終わらせる有海。そして有海は家路へと俺を誘った。
「有海ごめん。俺はもう少しかかりそうだ……」
「えー! 私に任せなよ! さくっと終わらせるから!」
「いや、これは俺が任されてる内容だから、自分でまずは組んでみたい……」
「そうなの? しょうがないな~。じゃあ家で待ってるから早く帰ってきてね!」
そういい残し、有海は先に帰宅した。
「あれー? リーダーと一緒に帰らないなんて、珍しい! 何かあったの?」
そう聞いてくる桜井さん。
「いや、特に何もないですよ? これ組み終わったら帰ります」
「そうなの? ふ~ん……。 もし同棲生活で不満があったら、私に言うんだよ? はけ口になってあげよう!!」
「いや、今のところ何もないから大丈夫デス」
桜井さんに相談したら、絶対有海に筒抜けじゃないか……。危険すぎる。
暫くたち、桜井さんからのちょっかいもなくなった後、俺は目的の仕事を始めた。
「よし……」
有海が作っていたコードを共有ドライブから開き、俺が作成したコードを加える。その後、分散化したライブラリデータをコードのフォルダの中に格納していく。
「これだけ分散化させれば有海も気づかないだろう……」
俺はそう思いながら、全てのデータをAIのプログラムの中に格納していった。
その後、俺はファイルのタイムスタンプを半年前へと全て改変する……。ファイル最終更新者も、全て有海の名前にする。これで有海が後で検索しても、不審には思わないだろう。
「小林君まだかかるの?」
桜井さんがそう問いかけてくる。
「もう少しで終わります!」
「そうなの? あまり抱え込まないようにね? じゃあお先に!」
「桜井さんお疲れ様です!」
桜井さんは、そう言い残し研究室を後にした。
その後、デバッカーツールを使用して組み込んだコードをデバッグしていく。そして、俺が作成したコードは問題なく挙動をすることが確認できた。
「これでとりあえず一安心だな」
俺は全てを成し遂げ、安心していた。時刻はすでに21時になっていた。
「やっべ、有海から夕飯の催促メールが届いてるよ……」
俺は、パソコンの電源を切り、急いで帰宅の準備をし、家路に着いた……。
◇
俺がコードを組み込んでから2年後、量子コンピュータを組み込んだ通称「6号君」の試作機が完成した。
「おお~!! みんな! ついに完成したよ! ありがとう!」
子供みたいにぴょんぴょん跳ねながら嬉しがる有海。
「最初の問いかけは横井リーダーやってみてください」
桜井さんから有海へそう伝えられる。
「いいの? ありがとう!」
おもちゃを与えられた子供みたいな雰囲気の有海は、6号君の前へ向かい、その子を起動した。
『ガガッ』
異音をたてながら、6号君が起動する。
「お! わかる? 私は有海! よろしくね」
「……アミ、よろしく」
6号君から言葉が発せられる。
「おっしゃ! やった! ……ごめんね6号君、興奮しちゃった。君のこれからの名前は『6号』ね」
「6号、6号」
6号君は自分の名前を自分に刻み付けるように復唱した。
この世界で6号君が生まれた瞬間だった。
しかし、この世界を良い意味でも悪い意味でも変えてしまうと思われるそのロボットが生まれたことを、俺は単純に喜ぶことはできなかった。
「うん。大丈夫だよな……?」
俺の心は不安でいっぱいだった。
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