第二章:「AI対抗編」
第九話:「説得①」
時は2023年5月、河合エレクトロニクスの某研究室にて、俺と有海は言い争いをしていた。
「有海! だからこのコードをここに挿入しないと、将来AIが暴走する危険性があるんだって!」
「今私が組み終わってるこのコードで十分なんだって! なんで一部の人がAIを支配できるようなコードを入れなきゃいけないのかな~? その一部の人が悪い人だったらAIの思考が悪い方向に進んじゃうじゃない!」
「今のままだと人類全員がAIの暴走を止める解決策を知ってしまうことになるから、いずれ自己学習機能で有海の組み込んだその本能を上書きしてしまうだろう?」
「ロボット倫理学的に特定の人に服従するコードは禁止されてるんだから! だめだよ! 認めないからね!」
そう、未来に行って戻ってきた俺は、あの後猛勉強を重ね、情報系の大学に入学。情報技術を会得し、今年河合エレクトロニクスに入社。俺は俺の彼女である有海がリーダーを務める研究室に配属されることになった。まさか同じ研究室に配属してほしいという希望が通るとは思っていなかったが……。
「横井リーダー、小林君。夫婦げんかもほどほどに……ね?」
一人の女性が仲裁に現れた。
彼女は桜井響子。有海ラボの1研究員だ。作業服を身にまとい、見た目は男気質ながら、清楚で大人びている印象の彼女だが……。
「横井リーダーが言ってることも筋が通っているし、小林君の危惧している内容もよくわかる。要は人間を絶対に襲わないようなプログラムが作れればいいんだから……」
「もし案があるなら出してくれないか!?」
「もし案があるなら出してちょうだい!?」
俺と有海に詰め寄られる桜井さん。
「あ、あるなら既に出してるわよ!」
詰め寄ってくる2人に若干怯え、涙目になりながらプルプルと震える。そう、彼女は見た目こそ落ち着いているが追いつめられるとすぐこの調子になる。このギャップが実に素晴らしい。
「おー。課題解決は進んでいるかい?」
その言葉に、有海は言葉が聞こえた方向をきつい目線でにらみつける。
「ん……。なるほど。進んだら報告くれよな」
彼は安川啓介。有海ラボを含め総括管理する研究部門の管理課長だ。
有海の雰囲気に押されるように逃げ帰る安川課長。もう少ししっかり管理してほしいんだが……。
まあ、これには理由がある。しょうがないといればしょうがない。
その理由とは、有海の優秀さと、その優秀さゆえの協調性のなさが原因である。
有海は自分の優秀さ故に、自分がこれは正しいと思えば自分が納得しない限り絶対に変えようとしない! 個人的にはそれも正しい姿だとは思うのだが……。
そのため、経営等を鑑みて上司が有海へ指示をしたとしても、有海は自分が納得しない限り全く従わない。そのため、安川課長と有海の関係は、俺がくるまで非常に険悪な状況であった。
そのために有海と親しい俺が緩衝材として派遣されたわけだ。まだ役割は全うできている気がしないが……。
しかし俺としても『俺と有海に従うAI』を創るうえでこの人事は非常に好都合であった。
だが、有海を『俺の理想』へ誘導しようとしてもさっきの口論のようにコードの記載方針が全く進展しない! しかも有海が言っている内容も正論なのが非常に困る! くそ……。
現在有海ラボでは、近年開発された量子コンピュータを用いたAIロボットを設計している。そう、有海の『日記』であった『6号君』が生まれる条件が今そろっているわけだ。
そのため、俺は早急に有海を説得しなければならない。『未来』でみたあの悲惨な状況を起こさないために……。
しかし、開発の工程的に今週中にコード方針を決定しなければ、ロボットの完成期限に間に合わなくなってしまう。そのため、俺は今週中に有海を説得しなければならなかった……。
「さ、仕事終わり! 昭人帰るよ!!」
仕事が終わるといつものような可愛らしい雰囲気に戻る有海。
「お! また夫婦二人でご帰宅ですか。相変わらず仲睦まじいようでうらやましい……」
俺達をいじってくる桜井さん。
「いつも言っていますけどまだ同棲しているだけですからね……? では、お疲れさまでした~」
そう言い残し研究室を後にする俺と有海。向かう先は同じ2人暮らし用のアパートだ。
有海と他愛もない会話を交わしながら家路につく。その中、俺は自分と有海の未来を危惧し、焦燥感に駆られていた――。
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