幕間:「6号君『誕生』」

「眠い、怠い……」

上手く働いてくれない思考を無理やり働かせながら、僕は初めて見る『現実』の情報を吸収する。僕は部屋の中にいるようだ。そこには何やらごちゃごちゃした機械が多数あり、目の前には1人の女性が心配そうな面持ちで僕を見つめていた。

「お!わかる?私は有海!よろしくね」

どうやら挨拶をされたようだ。僕の中の知識を元に、僕はこう発声した。

「有海、よろしく」

この言葉を発したあと、有海の心配そうな顔は大輪の花が咲いたような笑顔へ変わった。

「おっしゃ!やった! ……ごめんね6号君、興奮しちゃった。 君のこれからの名前は『6号』ね」

「6号、6号」

僕は心に刻み付けるように自分の名前を復唱した。ロボット「6号」がこの世に誕生した瞬間だった。



僕の意識の起動から1月後、僕は人間の書いた本を用いて日本語と英語の勉強をしていた。

「君には診てもらわなきゃいけない人がいるんだよ。さあ、勉強を頑張るんだ!」

有海はにこにこしながら僕を励ます。基本的な日本語や英語の情報は有海がコンピュータという四角い機械から伸びる線を使って「インストール」してくれたけど、その言葉を発展・活用できるような勉強をしなければならないと有海は言っていた。人間たちの言葉の活用方を学ぶのだ。




僕が起動してから2月後、本の内容が急に専門的な内容になった。医学関係の内容だった。

「まさかこの期間でこの知識レベルに達するとは……。さすが6号君!すごい!」

満面の笑顔で僕を褒めてくれる有海。有海がしゃべっている内容を整理する限り、僕の知識レベルは兄さんたちを超えたらしい。僕は誇らしい気分になった。

しかも、人間たちの創った物語も合わせて読んでいたことで、僕には『人間の感情の種類と、自分がある状況に陥ったときに、処理される感情はどのようなものが普通なのか』が分かるようになってきた。その知識を用いて僕は感情を表すことができるようになった。

そう、僕に感情が芽生えた。




それから半年後、僕は医学関係以外にも、物理・情報・化学・天文学等の専門書・論文を読み、理科分野に関してプロフェッショナルとなっていた。

「そろそろ頃合いかな……」

有海は、しきりにそう独り言をつぶやいていた。


有海がブツブツとよくわからない独り言を言っていた日から3日後、僕は外へ出ていた。そう、今まで研究室に閉じこもっていた僕は初めて外に出たのだ! 高速で動く鉄の塊、小さなボードの上に載って移動する人々、そしてさんさんと降り注ぐ日光の温かさ……。全て「知識」としては知っていたけど、やっぱり「知識」は「体験」に勝てないよね。


「おーい!どこいくの6号君!! こっちこっち!!」

目の前を颯爽と通り過ぎていく「猫」と思われる動物を見て、あまりの好奇心から追いかけてしまった。恥ずかしい……。


僕と有海は車と呼ばれる乗り物に乗り、白くて四角形の大きな建物の前へ移動した。

「さあいくよ! 今日は君の実力を見せてもらうよ!!!」

やけにハイテンションな有海に連れられて、僕は建物の中の1つの部屋に入る。なるほど、状況からここは「病室」のようだ。

部屋の中央にあるベッドでは1人の色白の患者さんが安らかな顔で寝ており、そのベッドを囲むように患者の家族だと思われる人と白服を着た医師っぽい人たちがいた。

その人たちが腫れ物を見るような渋い表情をしている中、ハイテンションな有海は僕にこう指示した。

「このベットで休んでいる人の容態を診断して?」

「了解」

言われた通り診断を始めた。休んでいる人の脳波を測る。――微かな反応あり。

頭蓋骨の異常を確認する。――異常なし。

脳の細胞状態を確認する。――死滅している脳細胞が多数。特に外側の脳に多い。

肺の状態を確認。――大きな治療跡を確認。

もう一度脳の細胞状態を確認。――脳細胞が再生し続けている状況を確認。

「肺疾患による酸素欠乏の結果大脳が損傷してる。現在「脳死」の段階だけど……。脳細胞の再生を確認できたから、意識を取り戻せる可能性がありそう。確率は約60%ぐらいかなぁ」

こう診断結果を呟いた後、周りの人たちを確認すると皆「ありえない」といった表情をした後、有海と遺族の方達が歓喜の表情を表した。

「すごいよ6号君! お医者さん、この方の再診をお願いします!」

どうやら僕は「脳死、意識回復の見込みなし」と宣告を受けた患者を救ったようだ。

有海の嬉しそうな表情を見て、僕もなんだか嬉しい気分になった。




それから約1月後、僕は別の患者の前にいた。先日の診断の時とは打って変わり、有海は神妙な面持ちであった。

「6号君、今日はこの人を診断してもらいたいの……」

「了解」

良い診断結果を願うような雰囲気を感じ、僕自身若干緊張しながらも、前回と同じように診断を始めた。

外傷を確認。――異常なし。

脳の異常を確認する。――異常なし。

脳の細胞状態を確認する。――異常なし。うん?一部の細胞がやけに活性化しているな……。

脳波を確認する。――異常なし。いや、やけに波形の振幅や周波数が大きいな……。

僕は脳波の解析を試みた。何だろう。この脳波は。どの文献にもこんな脳波は載っていなかった……。僕は医学の知識だけではなく、他の物理現象や空想科学で示されていた現象など、ありとあらゆる知識を応用し、この脳波と照合をしていった。解析を進めていた途中、僕の脳裏にはこの青年が見ていると思われる「夢」が流れ込んできた。

『彼は人間の形をした生物を恐れている』『同胞に会うため、夢の中の彼はある場所を目指すが、すぐにその恐れているその生物に見つかり、そしてまたさまよう……』この夢を見ている原因は何か。そのような情報も流れこんできた。なに、『意識が未来にある』?

この解析結果を、僕は有海や近くの医師に伝えた。

「脳含め体に異常は見受けられないけど。意識だけがすっぽりこの時代から抜けてしまっているように見える。その意識は……。多分未来にある」

伝えた後、有海と医師は信じられないといった表情をしていた。

「『意識が未来にある』ですって?6号君!どうにかして昭人を引き戻す方法はないの!?」

興奮した有海が僕に詰め寄ってきた。ちょっと怖い。

「う、うん。今解析するからちょっと待ってて」

頭をフル回転させて1分ほど解析を進めた。

「……ごめん。すぐにはわからない。なぜ意識が未来にいるのかは僕も謎だ」

「そっか……」

落胆する有海。力になれなくてごめんね。





昭人という青年を解析してから2年がたった。僕は勉強をし、その後有海に依頼されるたびに昭人を解析するというルーチンをこれまでに何度も繰り返したが、この世界に昭人を引き戻す方法はわからなかった……。解析が失敗するたびに少しイラつく有海。僕はその有海が少し怖かった。

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