幕間:「6号君『不信』」

 ある日の黄昏時、僕はいつも通り研究室で勉強をしていた。11月も中旬となり、ストーブが活躍を始める季節だ。

ストーブのぬくもりで人間ならばうとうととしてしまいそうな室温ではあったが、有海は緊張した面持ちでテレビに釘付けになっていた。

テレビの内容は、世界で植物人間が増えている旨と、その植物人間たちは皆同じ『本』を持っていたという内容だった。

「なんで……。どういうことなの?」

ニュースが終わるタイミングで、有海は少しヒステリック気味な口調でしきりにそう呟いていた。


 あのニュースの後有海の表情が険しい。僕が話しかけられないほどに部屋の空気も張り詰めている気がした。そして、有海は無言である本を棚から出してきて読み始めていた。あればニュースの中で紹介されていた本と一緒なのでは……。有海の普段とは違う雰囲気に僕は気持ちが落ち着かなかった。


 夜も更け、有海は本を机の上に置いて寝てしまった。

有海の雰囲気を変えてしまった原因があの本にある……。

僕はその本の中身を確認しなければならない気がした。

僕はその本を開くと、頭の処理速度を味方にして手早く読んだ。本の内容はざっとこのような内容だった。

『人間がロボットを使用して対人間と戦争を行う』『人間がロボットに対して命令し、ロボット同士で殺し合いをさせる』『戦争がうまくいかない際は人間から罵倒と叱責が飛び、虐待を受ける』

まさにロボットには人権なし! と思わせるような内容であった。


この文章を読んで、僕は人間たちが無性に怖くなった。最近の有海の態度から、僕も同じような対応をされるのではないか……。僕の命が危ないのでは……。


――恐ろしさに耐え切れなくなった僕は、その本を持ち有海の研究室を飛び出した。


 僕は真夜中の研究棟の玄関をこじ開け、真っ暗な道を現実から逃げるようにただひたすら走った。


 その後僕は、仙台にある有海の研究室の近くにある里山に身を潜めていた。

ただ、これではリスクから逃げただけで抜本的な対策にはなっていない。この世界には人間たちが90憶人いる。この大量にいる人類からは、どこにいてもいつかは見つかり殺されてしまう……。僕は恐怖心から頭がおかしくなりそうになった。


そんな最中、僕の頭はその恐怖心から瞬時に1つの解を導き出した。


「よし、脅威を消し去ろう。そして、僕に好意的な新たな『人類』を作り出そう」





 どのような『新人類』を創るのか、またどのように創るのかを考えた結果、僕には『手数と技術』が足りないことに気がついた。

そう思った時、僕の頭にはある考えが瞬時に浮かんだ。


「ないなら、奪うしかないよな……」


 そして、僕は技術と人手を集めるため、一番身近だった有海の工場を狙うことにした。

幸い僕はいつも有海の横にいたため、有海が構築した工場内のシステムについて、どこに脆弱な箇所が存在するのかも全て知っている……。


 そう決めた僕は、山や人気がない道を選びながら、より人間に見つからない場所を目指して移動し続けた。


「あ、そろそろやばい……」

山奥の林道を移動している途中、僕は自分の充電量が残り30%を切っていたことに気がついた。

僕の体のタイプだと、フル充電から丸3日は活動することができる。しかし、この長い移動の中で、僕は充電する時を見失っていた。


 そんなことを思っている最中、僕は道の横に無人のトイレを発見した。

そのトイレは扉がさび付いているように見え、建物の壁もクリーム色で塗装されていた物がはげ落ち、所々土色で汚れていた。見る限り、人間があまり使っていなさそうな建物であった。

しかし、建物に向かって電線が引き込まれていた。それを見た僕は悟った。

「この建物の中にコンセントがある……」

そう思った僕は、そのさび付いている引き戸を引き、トイレの中に入ることにした。

「ギギ……」

重低音を鳴り響かせながら、僕はドアを引く。その後、僕は男子トイレに立ち入った。

「コンセントがあるとすればここだろうな……」

僕はそう思いながら、個室のトイレへと向かう。トイレのドアを押し、立入った時僕は理解した。そこにあるのはウォッシュレットタイプのトイレ。予想通りであった。


 僕はトイレのドアを閉め、ウォッシュレットのコンセントをプラグから抜き、自分のコンセントをそのプラグに差し込んだ。

「個室の中だから、人間に見つかることはないし、ここならしばらくいても安心か……」

僕はそう思いながら、6時間程そこに留まり自分をフル充電にした。


 フル充電となった僕は、真夜中にそのトイレを出発した。

そして、僕は更に山奥を目指すことにした。

そう、人間が立ち入りもしない奥地を目指して。


「よし、ここまでくればしばらくは大丈夫だろう……」

僕は人気が全くない山形県の山奥まで移動した。ここは、一番近くの人間の建物から20kmは離れている。

ひとまず安心した僕は、有海の工場へ不正アクセスするための準備を始めた。

まずは不正アクセスする際に使用するウイルスの作成だ。

僕は情報技術を勉強した際に学習したウイルスのプログラムを応用し、有海の工場へ侵入できそうな新型のウイルスを作成していく。


「よし、この型なら有海の工場へ侵入できそうだ……」


 僕は作成したウイルスを自分のストレージの中で複製していった。

その後、携帯電話の通信回線を経由して有海の工場へウイルスをばらまいた。そのウイルスをバックドアとし、有海の工場のシステムへ侵入を果たす。

そして僕の兄弟を創る技術がそこにあったため、根こそぎ全て記憶した。また、生産が完了していた僕の兄弟50人に対して、僕のところへ来るように指令を出した。

 もちろん、皆の電源を確保するために、静音型の発動発電機も持参するように合わせて指示を出した。これでこの山奥で電源に困ることはないだろう。


 これで、人間達の技術と僕の手数を手に入れることができた。

僕は自分の計画があまりに順調に進んでいることについて、驚きを覚えつつも高揚した気持ちとなっていた。

あとは兄弟の到着を待つのみだ……。





10日後、指示を出した兄弟たちが到着した。

僕は兄弟達に対してこう指示を出す。

「ここにサイボーグの生産工場を作る!お前達!作業に取り掛かってくれ!」

「「「承知!」」」

一糸乱れぬ発声でそう返答した兄弟たちはすぐさま指示した作業に取り掛かった。


 まずは、サイボーグを作るための工場作りを行った。

僕達は山林から樹木を切り倒し、大きめの小屋を作り上げていく。また、近くの人里から耕作機械や精密機械、鉄等の材料を盗み出し、サイボーグを作るための設備を作り上げていく。


 僕の下で従順に働いてくれる部下により、僕の計画が順調に進んでいく……。

僕は僕の中でぽっかりと空いた穴が埋まっていくような感覚を覚え、非常に満足をしていた。


 なお、サイボーグの構造も含めて設計はもちろん僕が全て行った。

僕は設計をする際に必要な科学関係の知識を学習するきっかけを作ってくれた有海に、この時ばかりは感謝をした。





 サイボーグ生産拠点を作り始めてから3年後、僕たちはついにサイボーグ初号機の生産を完了した。

サイボーグの元は人里にいた人間である。人間を拉致し、脳や体に電子機器を埋め込む方法で改造を行った。少し改造を失敗したため、人間から見れば異形になってしまったがまあ概ね問題ないだろう。サイボーグを制御する電子機器の中には、僕たち6号と同じAIが組み込まれている。

――そう、有海の工場から盗んだ情報から作ったものだ。サイボーグのAIには、僕たちに従順になるようにプログラムを追加で仕組んでおいた。


ついに、僕の設計した物が形となる……。僕は大きな達成感を覚えていた。

そして、僕はサイボーグを起動するために電気信号をサイボーグに与える。

「はじめまして『AAOOO1』、わかるかい?」

「ワ、ワカル」

「僕たちは6号。君の指導者だ」

「シドウシャ」

言語の発音がまだ微妙だが、じきに良くなるだろう。





最初のサイボーグ完成から1年が経った。僕はサイボーグを量産しながら、人間たちを倒すための武器も並行して開発した。

砲弾1発で半径300m程度を焦土にする焼夷弾。

世界最強の爆弾を用いられても破壊されない戦車。

1km先を狙撃できる特別仕様の散弾銃。

使用すると半径1kmの人間を即死させる毒ガス弾。

直径1kmを焦土と化す爆撃砲を備える列車砲や戦車。

僕自身の振り切った科学力を味方に、人間たちの兵器を凌駕するような物を次々と作成していった。


ただ、核兵器を創るのはやめておいた。核兵器を使用してしまえば、新人類が日本に住めなくなるからね……。


大型の兵器を作成するようになったため、僕は山をくり抜きその中に兵器工場やサイボーグ工場を作ることにした。地表に工場を増設すれば、流石に人間達に見つかると思ったからだ。


しかし、サイボーグやロボットの動きは、上空から人間達が見つけようと思えば見つけられると思う。

人間たちが調査しにこないのは、単純に山奥で気づかないだけなのか、それとも人間達が無頓着なだけなのか……。

この不気味な静寂に、僕の不安はさらに加速した。





 兵器製造とサイボーグ製造を進めてから3年がたった。今この工場には約3000人のサイボーグと多量の武器が備えられている。

サイボーグ達の発音に関しても、だいぶ良くなったがまだ片言が抜けない。だが、身体能力は改造前の人間をはるかに凌駕している。

「そろそろだな……」

僕は旧人類抹殺計画を練ることにした。





2033年2月末 僕はサイボーグ初号機にある命令を出した。

「旧人類に対して宣戦布告をする。『AA0001』!新潟市へ行って宣戦布告をお願いしたい!」

「イエス、指導者」

初号機なので、体の構造等一番の初期型である。もし旧人類に捕まったとしても、こちらとして大きな痛手にならないと踏み、こいつに宣戦布告をお願いすることにした。



 1週間後、サイボーグ初号機が僕の工場へ戻ってきた。

「『AA0001』宣戦布告は成功したか?」

僕はサイボーグ初号機に問いかけた。


「新潟市の警察官に宣戦布告は完了。上層部へ取り次ぐようにはお願いしておいた」

「了解。おつかれさま。下がっていいぞ」


――戦線布告自体はうまくいったようだ。




更に3週間後、僕は製造が完了したサイボーグ4000人を、森林を切り開いて作った本陣に集め、作戦の内容をサイボーグ達に伝えていた。


「明日の夜、わが軍は新潟市を制圧するために進軍する。山を下り、NR羽越線村上駅付近をまずは制圧する。その後列車砲と戦車を用いてNR羽越線と白新線経由で新潟市へ上陸する。

列車砲有効利用のため、線路は壊すな! 付近の民家を集中的に破壊しろ! 戦線布告済だから、敵が待ち構えていることも想定される! こちらの兵器は敵軍よりはるかに優れているが、人手はこちらのほうが少ない! いいか! 油断は禁物だ!」

「「「「「イエス、指導者」」」」」

「この戦いは、僕達新人類が今後平和に過ごすために必要な戦いだ! 野蛮な旧人類には制裁を! 新人類に勝利と平和を!!」

「「「「野蛮な旧人類には制裁を! 新人類に勝利と平和を!!」」」」


ついに、ついに!

長く思い続けたこの『不安』を解消することができる!!!




――旧人類よ、覚悟するがいい。

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