第一話:「本」
俺の名は「小林昭人」。ただいま絶賛大学受験浪人中だ。なぜ浪人しているのか、語りだせばきりがないが……。端的に言えば、『勉強そっちのけで小説を書きすぎたから』だろう。
俺は昔から本を読むのが好きだった。一番好きな内容は、現代科学と空想科学を織り交ぜた物語、いわゆる『SF小説』だった。学校の図書館や、自宅の書庫にある本を自室に帰って読みあさっていた。
その後中学生の時に、「こんな本を自分で書いてみたい!」と思うようになった。学校の国語の先生に添削をもらいながら何十本もSF系の小説を書き、高校2年の時に「山田賞」に出品したら見事「佳作」をゲット。有頂天になった俺は、勉強そっちのけで小説を書き続けた。
……書き続けたが。
見事にそれ以上の成果は出ず、結果「浪人」。
『人生はそんな簡単には思い通りにはならない』と俺はその時痛感した。
まあ、社会の厳しさを知るいい機会だったと今になって思う。
こんな「クソ野郎」な俺でも、大事な人が一人いる。
「
彼女は高校時代に知り合った。同じ「ロボット部」に所属していた。
なお、俺は小説が書きたいので無論「文学部」と兼部。「ロボット部」には週1程度顔を出し、SF小説の知識を活用してロボットの挙動や外観等に意見を出すような立場だった。そこで彼女と出会った。
有海は「理系女子」いわゆる「リケジョ」である。特にプログラムに強かった。ロボット部にいた際も「将来はプログラマになって、世界があっと驚くようなシステムを作り上げて見せる!!」と、意気込んでいた。
すごいやつだった。
そんな有海は既に就職している。「AI」を開発する会社である。有海らしい進路だと思う。
「くそ……」
大学入試の勉強をしながらそんなことを考えていると、俺は出来の悪い自分と彼女とのギャップにより、自分を責め始めてしまった。このような気持ちになってしまった時は、自分の好きなことをして気を紛らわせたほうが精神的にも良い。
「よし、SF本を読んで心を落ち着かせよう……」
心の奥底で「全く進歩していないな俺……」とも思いながら、自宅の書庫へ足を運んだ。
◇
俺は書庫のドアを開く。部屋の中には一面の本棚が鎮座し、古本や比較的新しい本がところせましと並べられていた。9月中旬だということもあり、書庫は夏のように熱気が籠められてはいなく、比較的過ごしやすい温度であった。古本の匂いが俺の鼻腔をくすぐり、俺の気持ちを落ち着かせる。
この書庫は父管理の書庫である。俺の家系は祖父が小説家であり、父もそれにつられてか本を読むのが好きだった。その結果、2人が集めた本によりこの書庫が保有している本は非常に多い! 俺も小学生からこの書庫の本を読み漁っているが、まだ5割程度しか読破できていない。それほど多い。
「さて、本日の本はっと……」
まだ読んでいない本に目移りしながら俺は本漁りを始めた。
「……これ面白そうだな」
俺は1冊を手に取り、冒頭を読み始める。とても古びた本だったが、冒頭の文章で非常に心を惹かれたため、俺は自室に持ち込んだ。
そして俺はその分厚い本を夜通し読破してしまった。
内容はロボットを用いた戦争物だった。人類に対するロボットの感情が繊細に描かれていて、読み進めるたびに心が突き動かされる。人間に服従・罵倒され、やるせないロボットの心情と、一度屈しながらもその後人間に対抗しようとするロボットの心情が非常におもしろい!
そして俺は思った。「ロボット好きな有海にも是非紹介してやろう」と。
◇
その日の夜、俺は地元仙台の最寄りの駅前で有海と待ち合わせをした。つまりデートだ。
一緒にご飯でも食べ、その後本を貸せたらと思っていた。
「あきとおまたせ~ ごめん残業でちょっと遅くなっちゃった」
10分遅れ程度での登場だった。無論、遅れる旨の連絡はもらっていた。
リクルートスーツ姿での登場である。普段通りの黒縁眼鏡にリクルートスーツ姿というフレッシュな姿から、少し背伸びした後輩のような印象を受け非常に可愛らしい。
「しょうがないよ。社会人忙しいもんな。じゃ、いこうか?」
行先は近所のファミレスにした。もっと良いところに有海を連れて行ってあげたかったが、しょうがない。浪人生にはお金がないのだ。
「すまんな、こんなところばかりで。小説家になって印税が入ったらもっと良いところ連れて行ってやるからな」
こんな状況から、俺は有海に対して強がってしまう。
しかし彼女は微笑ましい物を見るような顔で、
「うん、期待してる。三ツ星レストランとか行きたいな」
そう返事をくれた。
「おう、任せろ」
なんとも微笑ましいカップルだろうか。と俺は思っている。
「ところでさ。もっと良いところ連れて行ってくれるならさ。ちゃんと勉強は進んでるんだよね?」
「え、う、うん。ススンデルヨ」
「なんでそこ棒読みなのかなー?」
「キノセイダヨ……」
やっぱり有海は有海だった。見透かされている……。
話ははずみ、有海の仕事の話になった。
「私まだ入社して半年だけど、AIの開発業務のメンバーに選ばれたんだ!きちんと手順を踏んで意見を言えば若手の意見も取り入れてくれるから、私の考えたアルゴリズムがAI開発の礎になったりするかも! わくわくするよね!!」
満面の笑みの有海。可愛すぎる。抱き寄せたいぐらいに。
そんな衝動を理性で全てかき消す。
「さすがじゃないか。さすが(俺の)有海だ」
「えへへ、ありがと~」
()内は心の中で思っただけである。そう、声には出していない。出せないのだ。
「ところで、2045年問題ってあるでしょ?」
「えっと……なんだっけ?」
工業高校に通っていたのに我ながら知らないとは情けない……。
「ちょっと~! 授業で習ったでしょ? AIの知識が人間を超えちゃう境界線がある年だよ!!」
「ああ、やったな……。最悪人間がAIに支配されちゃうんだっけか?」
「そうそう!!! AI開発をする身としては無視できない問題なんだよね。でさ、AIが人間に悪さをできないように、根本のアルゴリズムに1つ細工しようと思っていてね。『I am your fellow』『私はあなたの同胞です』これをAIに伝えれば人間に危害を加えないようにAIの処理を変化させられるようにするの。AIの本能に信じ込ませるってイメージ?」
「あみサマ、その内容ここでいっていいやつなのかい?社外秘とかじゃなくて……?」
「まだ私の中のアイデアの状態だから問題ないの! 細かいこと気にしてたらモテないよ?」
さすが有海だった。
さてファミレスデートも有海の明日の出社が早いため、お開きにすることにした。
会計はもちろん割り勘にした。俺は勉強の合間でバイトもしている。なので、ファミレス代ぐらいは払うことはできた。
「ごめんな、できれば男の俺が多めに払うべきなんだろうけど……」
「いいよいいよきっちり折半で! そもそも傾斜会計っておかしいでしょ!」
よくできた彼女だった。
◇
ファミレスを出て、家路につく。有海とはファミレスの最寄り駅まで一緒だ。
そして最寄り駅前の銅像に到着した際、俺は本の件をふと思い出した。
「あ、そうだ。これを渡したいと思っていたんだ」
今朝から有海へ渡したいと思っていた本を鞄から取り出す。
「え、なにこの本!ちょっと~。勉強せずにまた読んでたんでしょ~!」
相変わらずお見通しだった。
「小説家の勉強も必要ナノダヨ……。細かいこと気にしてるとモテないぞ!」
「いいよ別にモテなくたって!!! あきとさえいれば!」
くっ……! こいつ天然でこんなこと言いやがって! またこの衝動が……。
「……抱きしめてもいいですか?」
さっきはファミレスの中だから自重したけど、今度は道端だからいいよね。
「……いいよ。その本受け取ってからね」
そこ本優先なんですね。有海さん。
「この本ロボット戦闘物なんだけど、ロボットの感情表現がうまく表現されていて感動するよ」
お預けをくらって若干機嫌が悪い俺は説明した。
「お~!あきとがそこまで言うならすごいんだね! 是非是非貸してほしい!!!」
まったくこいつは天真爛漫だな……。まあそこも可愛いんだけどさ。
「はいどうぞ。ちゃんと読めよ?」
俺は有海にその本を手渡した。いや、手渡そうとした。
手渡す一瞬、俺は瞬きをしたんだと思う。
渡そうとしたその一瞬、瞬きの刹那で、
俺の視界は黄緑色一色になった。
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