ようこそ、ヒルベルトホテルへ!
黄黒真直
素数砂漠 その1
いっけな~い、遅刻遅刻!
あたし、
今日からここ、ヒルベルトホテルで働くことになったんだけど、
ホテルに入った途端、広すぎて迷子になっちゃった!
これからあたし、どうなっちゃうの~~!?
「なんて言ってる場合じゃなーーいっ!!」
あたしは頭を抱えた。
冗談言って現実逃避している場合じゃない。
このホテル、広すぎる!
しかもさっきから、同じような場所ばっかり!
赤い絨毯の長い廊下に、数字だけが書かれたドアがずら~っと並んでる。
ここどこだよ!
ドアの番号、何桁あんだよ!!
どうして入口の目の前が客室なんだよ!!!
受付ないのかよ!!!!
入った場所に戻ろうとしても、何番目の角をどう曲がったのか、あたしは完全にわからなくなっていた。
あたしは早く、支配人さんの部屋に行かないといけないのだ。
約束の時間はもうとっくに過ぎている。
このままじゃ、就職初日でクビになりかねない。
あー、もう、どうしたら!?
そのとき、ふわふわっと、あたしの目の前にシャボン玉が飛んできた。
わ、綺麗。それに、大きい。あたしの顔くらいある。
しかも、シャボン玉の中に、さらにシャボン玉が入っている。すごい、器用だ。誰が作ったんだろう?
あたしは自然に、シャボン玉に手を伸ばしていた。
「わ、割っちゃだめ~~!」
突然、大声がした。
ちっちゃい、幼稚園の制服を来た女の子が、廊下を走ってきた。
か、かわいい。ぽてぽてとした走り方だ。手にピコピコハンマーを持っている。
「せ、せっかく作ったのに~~!」
「うわわ、ごめん」
手を引っ込めた。シャボン玉は間一髪、割れずにふわふわと廊下を飛んでいく。
「大丈夫なのです、わーちゃん。あれは素数だから割れないのです」
もう一人女の子が現れた。この子は手に小さいラッパみたいなものを持っている。
って、よく見たら四人もいる。全員、おそろいの制服だ。
この子達は、どこから現れたのだろう? 親とかいないのかな?
「君たち、迷子なの?」
あたしは四人に聞いた。
すると四人は同時に首を振って、
「お姉さんこそ、迷子じゃないの?」
うっ、なぜわかったし。幼女怖い。
「いやあ、実はそうなんだよねぇ」
あははー、とあたしは笑う。
「支配人さんの部屋に行きたいんだけどぉ」
「こっちなのです!」
ひとりがあたしの手を引っ張った。他の三人も、あたしの背を押す。
え、え、なに。この子達、道わかるの?
四人の力で、あたしはグイッと体が傾いた。倒れそうになりながら、数歩前に進む。
「着いたのです!」
え、うそ。
目の前にあるのは、たしかに「支配人室」と書かれたドア。
おお、支配人室! やっと着いた! なんで着いたのかは全然わかんないけど、助かった!!
「あ、ありがとおおおお!!」
感動に打ち震えながら叫んだ。四人は
「お安い御用なのです!」
と手を振って、走り去っていった。
良い子たちだった。どこの誰なのか、結局わからなかったけど。
さて、あたしの本番はここからだ。あたしは既に大遅刻をしているのだ。
ドアを開けたら、激怒した支配人さんが待っていないとも限らない。
深呼吸をひとつ。そしてドアを三回ノック。
「どうぞ」
と優しそうな声がしたので、あたしはドキドキしながらドアを開けた。
「すみません! 今日からここで働くことになった自然数nです!
遅くなって申し訳ありません!」
明るく、元気に、それでいて申し訳なさそうに。
あたしは直角に頭を下げた。
「迷いましたか?」
「は、はい!」
「このホテルは構造が複雑ですからね。仕方ありません。迎えに行くべきでした」
あたしは顔を上げた。
わ、格好いい。
デスクの横に、優しそうな紳士が立っていた。黒いタキシードを来ていて、いかにもホテルマンって感じだ。
「初めまして、nさん。私は支配人の
xさんは上品にお辞儀した。
「早速ですが、制服にお着替えください」
赤いベストの制服を渡された。
あたしは隣の部屋で着替える。ぴしっとした格好いい服だ。サイズもぴったり。
あたしは鏡の前で一回転した。うん、よきかな。
元の部屋に戻ると、
「お似合いですよ」
とxさんが誉めてくれた。えへへー。
「早速ですが、今日はこれから、当ホテルの案内をしましょう。迷わない方法も教えてあげます」
「は、はい! お願いします!」
そのとき、ザザザッと音がした。なんの音だろう。
「失礼」
xさんが胸元から通信機を出した。
「はい、xです」
「大変なのです!」
あれ、さっきの女の子の声だ。
「お客様が、お客様が……廊下に砂漠を発見したのです!!」
……誰が、どこに、何を発見したって??
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