第四話 常任委員長の審眼(2)

「外縁星系開発局長、あなたはいかがかな?」


 オビヴィレに促された金髪の青年は、それまで薄く開いていた目をゆっくりと見開かせた。彼の一挙手一投足に、いちいちランプレーの頬が引き攣れて見えるのが興味深い。当事者でなければじっくりと観察したいところだが、残念ながらオビヴィレの立場ではそれも許されなかった。


「ラハーンディ局長はこれまで、銀河ネットワーク計画に対して慎重な姿勢を示されてきた。計画の見直しに対して、何か仰りたいこともあるのではないか」


 外縁星系開発局が代表するトゥーラン自治領は、銀河ネットワーク計画について一貫して消極的な態度を貫いてきた。自治領は銀河連邦域内でも、領内の航宙・通商・安全保障を自らの手で保証してきた、連邦内唯一の複星系国家と言っていい。一方で銀河ネットワーク計画の実施対象には、当然のように自治領全域も含まれている。


 銀河ネットワークの実施を口火に領内の自治権が侵されることを、ルスラン・ラハーンディは警戒しているのだろう。それがオビヴィレの見方である。


「常任委員長は何か誤解されてます。私は計画そのものを否定するものではありませんよ」


 ルスランは円卓の上に乗せた両手を組み直しながら、穏やかな笑顔でそう答えた。一見したところ街中の書生と見紛う線の細い青年が、自分より一回りも二回りも年嵩の面々に囲まれながら、全く動じる気配がない。常に周囲の気配に気を回し続けてきたオビヴィレには、それだけでも賞賛に値する。


「ランプレー議員の仰る通り、銀河ネットワーク計画の意義は極めて大きい。おいそれと中止を口にして良いものではありません」


 青年は組んだ両手の指を、ゆっくりと立てては閉じる。その動作を繰り返している内に、列席者の視線が彼の指先に徐々に釘付けになっていく。例外はただひとり、ルスランの隣りで半ば瞼を伏せた事務局長だけだ。


「一方で連邦の財政に黄信号が灯っている、これもまた事実でしょう。そこでひとつ提案があります」

「提案?」


 大袈裟に首を傾げたオビヴィレに、ルスランは口元にわずかに微笑をたたえた顔を向けた。


「銀河ネットワーク計画成功の暁には、様々な経済的な波及効果が見込まれます。であれば計画遂行に用途を限った公債を発行するのはいかがでしょう?」

「公債だと」


 ルスランの提案に最初に反応したのは、財務局長であった。


「連邦の財政は主に加盟各国の加盟金から成り立っている。安定した財政運営のための仕組みだが、裏を返せば景況が上向いたとしても劇的な増収が見込まれるものではない。公債を発行したとしても、償還時の財源をどうする」


 財務局長の懐疑的な質問を受けて、ルスランは水色の瞳をちらりとランプレーの顔に向けてから、再び正面に視線を戻した。


「財源は、銀河ネットワークの使用料です」


 その回答は、財務局長の想定外だったらしい。生真面目な彼が軽く目を見開き、次いでランプレーの横顔を見る。問い詰めたげな視線を頬に受けても、だが銀髪の議員は唇を引き結んだまま、口を開こうとはしない。沈黙するランプレーに代わって、ルスランはさらに説明を続けた。


「銀河ネットワークは従来の航宙管制ステーションに匹敵する、重要なインフラになりうる設備です。今後の円滑な運用のためにも、開設当初は管制ステーション使用料並みの徴収を認めるべきでしょう。公債償還の財源であることを明言し、かつ償還後は減額を約束すれば、反発も少ないと考えます」


 ネットワーク使用料徴収の意義を説いた上で、ルスランは最後にこう締めくくった。


「公債が発行されれば、目標未達分は自治領が百パーセント買い取りの保証をつけましょう」


 予算を組む立場としては、ルスランの保証は何より心強い一言であろう。


「検討の価値があることは認めましょう。ただしランプレー議員の了承が得られるのであれば、ですが」


 財務局長が最後につけ加えた一言は、ルスランとランプレーのふたりを除く全員の内心を代弁するものであった。列席者の視線を一身に受けたランプレーはしばらく無表情を保っていたが、やがて開かれた口から出た言葉は、喉の奥から絞り出すように掠れて聞こえた。


「……ラハーンディ局長の提案に、全面的に同意いたします」


 つまりルスランとランプレーの間では、既に同意を取りつけてあったということだ。あくまでルスランと顔を合わせようとしないランプレーの態度を見る限り、彼女が譲歩せざるを得ない立場であることは容易に見て取れる。でなくてはあれほど自治領コーストを毛嫌いしていた彼女が、ルスランとの取引に応じるとは思えない。


 果たしてこの金髪の青年は、計画続行の支持の代わりにランプレーから何を引き出したのだろう。自治領内のネットワーク運用権か、それともほかに何かあるのか。頭を巡らそうとしたオビヴィレの目が、艶然とした微笑を浮かべる事務局長の青い瞳と合わさった。考え込むまでもない、いずれ明らかになるであろうことだということに突然思い至った彼は、すぐに思考を停止する。


 常任委員会で大勢につくのは、オビヴィレにしてみれば難しいことではない。結局最も力を持つ者をはっきりと見極めておけば、判断を誤ることはそうそうないのだから。そしてこの常任委員会では金髪の青年局長が最有力者があるということは、誰に聞くまでも無く明らかであった。


 その日の常任委員会は、銀河ネットワーク計画遂行を目的とした公債発行について、満場一致での採択をもって閉会となった。

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