第二話 エルトランザの花嫁(3)
「本日は我が息子ジョンセン・ガークと、その妻となるベルタ・マドローゾの結婚披露パーティーにご足労頂き、ご来場の皆様には厚く御礼申し上げる」
パーティー会場となった展望階に集まった来客に、朗々とした挨拶の言葉が投げかけられる。
現デスタンザ市政長官デヤン・ガークは中背だが恰幅の良い、好々爺とした人物だ。だが細い目から時折り放たれる眼光には得も言われぬ力があり、さすがデスタンザの為政者としての風格は十分であった。
「そもそもデスタンザはエルトランザの最前線として、常に外国との交流に努めてきた。ジョンセンが連邦加盟国ミッダルトのジェスター院に学び、そこで出会った
デヤンの言う通り、ガーク家はエルトランザの外から血を入れることを躊躇わないという。デヤン自身の妻も、サカ出身だという。
「
シャンパングラスを片手にしたまま呟くユタに、ウールディが小声で囁く。
「そこら辺は家同士の付き合いとかもあると思うよ。自治領は今、急成長中だからね。ガーク家は
ベルタの実家マドローゾ家は、ジャランデールのみならずトゥーラン自治領でも名を馳せる運輸業を営んでいる。これまでは銀河連邦域内に限られていたが、この結婚がエルトランザ進出の契機となるのであれば大歓迎だろう。
華やかな結婚の裏に潜む思惑に思いを致して、ユタは軽く肩をすくめた。
「名家同士の結婚となると、色々考えなくちゃいけないから大変だな。といってもベルタが悲壮感漂わせているかというとそうでもないけど」
「そりゃそうよ」
花婿と共に壇上に立つ、喜色満面の花嫁姿のベルタに視線を戻しながら、ウールディは頷いた。
「順番が逆だからね。ベルタとジョンセンがジェスター院で出会って、付き合うようになったのが先で。両家がどうのこうのってのは、後からついてきた話だから」
ウールディがジョンセン・ガークの顔を見るのは、これが初めてではない。
三年前、ベルタの誘いに応じてミッダルトを尋ねたウールディは、ジェスター院ことミッダルト総合学院の構内で彼を紹介されていた。
「はじめまして、ウールディ。君のことはベルタからよく聞いているよ」
逞しい長身から見下ろす自信に満ちた表情で、大きな手で握手を求めるジョンセンは、短く整えられた黒髪に目元涼やかな好青年であった。
そのときにはまだベルタとジョンセンは交際に至ってはおらず、研究室の同窓でしかなかった。ただお互いに意識している段階であることは、当然ウールディにはお見通しであった。
「それは私もわかってるのよ。私か彼か、どちらか一歩踏み出せば深い仲になれるだろうって。問題はそこまで入れ込んじゃっていいかってこと。今ならまだ、引き返そうと思えば引き返せるから」
結局ベルタは、ジョンセン・ガークの真贋を見極めさせるつもりで、ウールディを呼び寄せたのだ。ウールディは呆れると同時にベルタらしいと納得もしていた。何よりわざわざ彼女の読心術に頼りたくなるほど、慎重に見定めたい相手なのだ。ベルタなりの本気というものを感じ取って、ウールディはジョンセンの思念に触れた。
「はっきり言っちゃっていいんだよね?」
念押しに対して無言で頷くベルタを確かめてから、ウールディは彼女が見たジョンセンの本質を告げる。
「自分が強いことを自然に理解しているタイプだね。多分、弱者には優しい。少し頑固かもしれないけど」
「うん、うん」
「そして凄い野心家。ガーク家の跡取りなんだって? ガーク家とデスタンザのためには躊躇しない。あなたに興味を示したのは、マドローゾ家との伝手を作ろうって魂胆がある」
「それはそうでしょう。私だってガーク家の御曹司だから彼に目をつけたんだし」
ジョンセンの思惑を聞かされてもベルタは落胆しないし、そして自身の下心を悪びれずに告白する。その点で彼女は昔から変わらないことに、ウールディは少し安心した。
「でもその分、あなたには真剣に向き合おうとしているわ。遊びで付き合うわけにはいかないって考えてる。もし付き合うなら、結婚まで視野に入れてる」
「……うん。さすがね、ジョンセン。私の男を見る目も、随分と成長したもんだわ」
満足げな表情と、微かにはにかむような笑顔を同時に浮かべながら、ベルタはウールディの言葉に頷いた。
「野心のある男が相手の家を利用するなんて当然よ。マドローゾ家だってガーク家と縁が出来れば喜ぶに決まってる。私とジョンセンが付き合って、両家も栄えるなら大団円じゃない」
「あなたのそういうところ好きよ、ベルタ」
ベルタの思い切りの良さは、いっそ微笑ましいとさえ思える。彼女がそこまで覚悟しているのなら、ふたりの仲を後押しするのもやぶさかではない。
だがベルタは「あとひとつ」と言って、ウールディを振り返る。彼女には最後にひとつだけ懸念があった。
「わかってるでしょう、ウールディ。今さら言わないで済まそうったって、そうはいかないよ」
「そんなことまで確かめようってのは、多分あなただけだわ」
ベルタの言う通り、ウールディにはあえて口にしなかったことがある。蛇足にしかならないし、自惚れと取られるのも困るからなのだが、そんな斟酌はベルタには通用しなかった。友人が答えを引き出すまで譲るつもりのないことを知って、ウールディは両手を上げて降参の素振りと共に口を開く。
「大丈夫よ。彼、私には大して関心がないみたい。あなたと付き合う前に遊び相手は整理しているみたいだし、そこら辺もそつがないわね」
ウールディに口を割らせたことに対してか、それとも彼女が口にした内容そのものについてか。ともかくもベルタは今度こそ安心したように笑顔を浮かべた。
「初対面のあなたに簡単に靡くような奴じゃなくって、ほっとしたわ」
「嘘ばっかり。わかってて言わせたでしょう」
「あなたの見目に惑わされるかどうか、男の軽薄を測るにはちょうどいい物差しよね」
あるいはウールディが自治領総督の庶子と知っていたら、ジョンセンの内心はまた違ったかもしれない。だがそれはわざわざ言わなくても良いことであった。
そして今、ジョンセンとベルタは会場の一段高い壇上に並んでたたずんでいる。晴れの日を祝われるべく豪奢な結婚衣装を身にまとったふたりは、デヤンが長々と自慢したくなるのも無理もない美男美女ぶりであった。
(ガーク家は思い切ったな。
(マドローゾ家の物流を引き込めば、
(娘を差し出してエルトランザとの取引を得るとは、マドローゾもしたたかなものね)
華やかな花婿花嫁たちに投げかけられる祝いの言葉とは裏腹に、列席者たちの口には出せない思惑がウールディの脳裏に流れ込んでくる。
(ふたりともジェスター院の同窓とか言ってるけど、怪しいもんだ)
(マドローゾ家が寄付金を積み上げて、お嬢様の入学をねじ込んだんじゃないか)
(デヤンはここのところ動きが活発だな。やはり正統バララトまで音信不通になって、焦っているのか)
(噂じゃ
(性急だな。国境地帯を預かる者としては、形振り構ってられないんだろうか)
もとよりこの場に居る全員が、素直に新郎新婦の門出を祝う者ばかりではないことぐらい、ウールディも承知しているつもりだった。それにしても心からの祝辞を口にしながら、内心では生臭い思考にばかり頭を巡らせる人々の顔を目にすると、不快なものが胃の奥から込み上げてくるような感覚に襲われる。
「悪いもんでも食ったような顔をしているぞ」
ユタが眉をひそめて覗き込んでくる。
「また余計なもん、読み取ってるんだろう。適当に流しておけよ」
「久しぶりだからこつを忘れちゃったの。こんなに色んな人の中にいるの、中等院以来」
「ベルタと話が出来れば少しは気分もましになるんだろうけど、いつになるかな……」
デヤンの挨拶がようやく終わって、場内は来場客による挨拶と歓談の時間へと切り替わっていた。今日この場に集まっているのは、ジョンセンやベルタの個人的な友人ばかりのはずがない。むしろデスタンザの支配者であるデヤン・ガークの関係者が大半を占めていた。彼らはデヤンの顔色を窺うため、そして未来のガーク家長夫妻の知己を得ようと、新郎新婦の元へ殺到する。内心で下衆な勘繰りばかりしていた連中とは思えない、いっそ清々しいとさえ思える掌の返し方だ。
来場客の毀誉褒貶ぶりに呆れながら、ふたりがようやくベルタと顔を合わせることが出来たのは挨拶に並ぶ人々がひととおり捌けた後のことであった。
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