第一話 驚報(4)

「ちょっと、いきなり抜け駆けしないでよ!」


 ラセンを皮切りに、残る三人も一斉に大皿に手を伸ばす。懐かしい味に飢えていたのは、この場にいる全員に共通する想いであった。誰も彼も、ここ数年はジャランデールのファイハ家に顔を出せていない。

 それぞれの味覚に馴染んだ郷愁混じりの美味を、四人ともしばらく堪能することに専念する。中でもラセンは三杯も平らげて、満足げに腹を撫でながらファナに尋ねた。


「ウールディとユタは、ジャランデールにたまには戻っているのか」


 ファナもまた故郷の味を十分に満喫して、口直しにシードルを傾けながら応じるが、その返事は今ひとつ曖昧だった。


「わかんないなあ。ここ数ヶ月はユタともほとんど《繋がって》ないし」

「バララト方面やテネヴェからじゃ、スタージアはさすがに遠いか」

「ちょっとねえ。スレヴィアかトゥーランでぎりぎり」

「うん、まあ、それでも十分とんでもねえんだが」


 とんでもないことを当たり前のように会話するふたりに、ルスランが控えめながら釘を刺した。


「君たちのその《繋がり》については、くれぐれも他言無用だよ。まかり間違って公にでもなったら、銀河ネットワーク計画どころじゃない騒ぎになる」

「ここなら貸し切りだし、聞いているのはせいぜい《クロージアン》だけでしょう? 大丈夫、よそではこんなこと口にしないよ」


 そう言って片目をつむるファナに、ルスランも苦笑するしかない。


 ファナとユタの精神感応的な《繋がり》が、恒星間距離をものともしないという事実は、ラハーンディ一族のごく一部以外には《クロージアン》と《スタージアン》だけが知る、秘中の秘である。それでも距離に限界はあるが、限界を超えても《繋がり》が断たれる以上の支障はなく、近づけば容易に《繋がり》が復活するという点がまた異質であった。


 発覚当初は当人たち以外の誰もが驚愕したものだが、今やすっかり当然のこととして受け入れてしまっているのだから、慣れとは恐ろしいものだ。


「《スタージアン》が調べても未だに原因がよくわかんないっていうんだから、本当に不思議な力だよ」

「エルトランザ領なら端から端まで届くんだったか」

「あれ、そういえばさっきまで、エルトランザの話をしてたんじゃなかったっけ」


 ヴァネットが思い出したように呟いて、全員が顔を見合わせる。そしてルスランが再開した話題とは、一言で言えばエルトランザが連邦に秘かに使いを寄越している、というものであった。


「ルスランにってわけじゃないんでしょう?」

「もちろん違う。相手はおそらくエカテ・ランプレーだ」


 今をときめく銀河ネットワーク推進委員長の名は、さすがにファナも知っている。


「わざわざファウンドルフが知らせてきたんだ。間違いないだろう」


 ルスランが口にした《クロージアン》の名を耳にして、ラセンがふんと鼻を鳴らした。


「エルトランザがランプレーに? 何を考えてんだ、あいつらは。それを《クロージアン》がお前に教えるってのも気に入らねえ。連中はお前になんかやらせようってのか」

「そういうことなんだろうけど、残念ながらその真意が掴めない」


 エルトランザはスタージアに次ぐ、銀河系人類社会では古い国である。建国以来六百年近い歴史を誇り、領有する惑星の数は二十を超える、銀河連邦と互することの出来るほとんど唯一の大国だ。


 ファナも何度か足を運んだことのあるエルトランザの印象は、意外にも統一された国家という印象が薄い。それぞれの惑星ごとに十分な裁量が認められて、相当に個性も異なっているのだが、一方でエルトランザという共同体への帰属意識も強い。どの星の住人もエルトランザの民であることに強い自負を抱いている、その点が特徴的であった。


「エルトランザって、結構連邦に似ていると思うんだよね」


 ファナが漏らした感想に、ルスランが頷いた。


「あの国も緩やかな連邦制を敷いているという点では、我々とそれほど違いはない。違いといえば、エルトランザの民という同族意識が多少閉鎖的な点だね。何しろ領有する星全てを自力で開拓しているから、一体感は相当強い。だから脱退する星もないけど、よその星が後からエルトランザに加わるのは難しいんだ」

「なるほど、連邦が出来たときにエルトランザから引っ越してくる星がなかったっていうのは、そういう事情かあ」

「中等院で習っただろう。貿易商人をやっていくなら、各国の歴史もよく頭に入れておいた方がいい」


 最後はルスランに諭されるような形になって、ファナが小さく肩をすくめる。

 その様子を眺めていたラセンが、何杯目になるのかわからないエール入りのタンブラーを呷りながら、口を挟んだ。


「歴史なんか、適当でいい。商人に一番必要なのは、ハッタリと勘だ」

「あんたはえらそうに商人を語れる身分じゃないでしょ。いつも赤字だらけで、ルスランに援助してもらってるくせに」


 ヴァネットに窘められても、アルコールのせいでやや顔に赤味を増したラセンの口は減らなかった。


「援助じゃねえ。俺はトゥーラン自治領から諜報を請け負ってるんだから、立派な業務委託料だ」

「こんなに目立つ諜報員もいないだろうけどね。まあ、今回もバララト方面の現状を知るには役立ってるから、無駄金とは思ってないよ」

「ほら、見ろ。わかったか、ヴァネット」


 どうやらラセンは、思った以上に酔いが回っているらしい。


 テラス席のガラス張りの天井を仰ぎ見れば、既にすっかり闇夜に包まれている。あまり酔っ払われると、ラセンの巨体を介抱するのはファナとヴァネットのふたりがかりでも一苦労だ。そろそろ料理も出尽くしたことだし、お開きにしても良いかもしれない。


 そう思って皆の顔を見回したファナの口から、不意に「あっ」という声が漏れた。


「どうしたの、ファナ」


 不審げに尋ねるヴァネットの顔を、ファナは唇を半開きにしたままゆっくりと振り返った。


「今、《繋がった》」

「繋がったって……ユタと《繋がった》ってこと?」

「うん、ウールディも一緒」


 そう答えるファナの顔に、一同の視線が集まる。代表して尋ねたのは、酔いも吹き飛んだ顔のラセンだった。


「なんで《繋がった》んだ。ふたりともスタージアじゃねえのか」

「今、ふたりともデスタンザにいるんだって」

「デスタンザ……」


 ラセンが反芻したその地名に、ルスランが軽く目を見張る。


「エルトランザ領のデスタンザ?」

「うん」


 ちょうどエメラルドグリーンのメッシュが入った部分の髪の毛を掻き上げながら、ユタと交信していたファナが、唐突に素っ頓狂な声を上げる。


「はあ、結婚?」


 ファナの口から飛び出た突拍子もない単語を耳にして、ラセンもヴァネットもルスランも、そろって目を丸くする。


「なんだって?」

「誰と誰の結婚よ」

「どういうことだ、ファナ!」


 三者三様に騒ぎ立てられて、あまりの喧しさにファナが耳を塞ぐ。さっさと真相を把握しないことには、三人の動揺は収まりようもない。

《繋がり》の維持に努めながら、ファナは遠く離れた双子の弟との交信に、このときほど集中したことはなかった。

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