第二話 エルトランザの花嫁(1)
ウールディがスタージアの博物院生となって最初の一年は、その膨大な《繋がり》にただただ圧倒される日々であった。
「信じられる? ここの住人はほとんどが、互いに《繋がり》あってるの。それこそファナ、ユタ、あなたたちみたいに」
中等院の巡礼研修で訪れたファナとユタと、自由時間を利用して久々に再会したウールディは、博物院生の正装である長衣を身につけて興奮気味に語ったものだ。
「その話はラセンとかルスランからも聞いたけど」
かつてスタージアを訪れた《原始の民》の移民船を模したとされる、長大な博物院の建物の合間に広がる中庭席で、スタージア特産とされる柑橘系のスムージーに口をつけながら、ファナは今ひとつぴんとこないといった面持ちで答えた。
「じゃあ、私たちを案内してくれた院生も、講義してくれた導師も、みんな《繋がって》るの?」
「そういうこと。しかも互いに《繋がる》だけじゃない、全員が読心者だし!」
「俺たちとウールディを掛け合わせたような連中か」
ユタはそう唸ると、《スタージアン》の視線を確認するかのように、中庭を取り囲む巨大な建物をぐるりと見回す。三人がいる中庭は、長筒状の中央棟と弧状の住居棟に挟まれて、地面に降り注ぐ日差しは控えめだ。包み込まれるようとも、切り取られたようなともいえそうな空間は、安心してくつろぐのに適していた。
「そこまで凄いと、なんか意識するのも馬鹿馬鹿しくなるな。まあ、気にしなければいいんだろうけど」
相変わらずの短髪を掻きながら、ユタはウールディの顔を見下ろした。三人で一様に着席しても、もう彼の視線はウールディよりもわずかに高いところにある。
「でもその調子だと、ウールディはここを気に入ってるみたいね。実際どんなもんか心配してたんだけど、安心した」
「おかげさまで、毎日充実してるわよ」
ファナに頷いたウールディの言葉に、嘘偽りはない。
己の生い立ちから切り離すことの出来ない精神感応力というものの正体を見極めるために、ウールディは博物院への進学を決めた。彼女の立ち位置を十分に理解した上で、その施設も能力も十二分に備えた環境として、スタージア博物院ほど恵まれた環境はないだろう。《スタージアン》もまた天然の精神感応力を理解する材料としてのウールディを欲しており、少なくとも今のところお互いの利は合致していた。
「来年はふたりとも卒業か。ファナはラセンの
ウールディに話題を振られて、ファナはスムージーのボトルを手にしたままにっと白い歯を見せて笑い返した。
「資格試験はこれからだけどね。大丈夫、絶対に一発で合格してみせるから」
「まあ、あれだけ準備してきたんだからね。ユタは? どうするか、決めてるの?」
「俺は、そうだなあ」
ユタは曖昧な表情のまま、言い淀んだ。
わざわざ尋ねるまでもない。彼はスタージアに来ることを望んでいる。
正確に言えば、ウールディの側にいたいと考えている。
だがもはや中等院のように孤立することもない、敵意を向けられることもないという環境では、彼女を守るというお題目も成立しない。
ウールディと共にいるための理由を、ユタはまだ自身の中で明確な形に出来ていない。だからウールディは、彼のための口実を用意してあった。
「あなたたちの《繋がり》について、《スタージアン》が興味を示しているわ」
それは事実その通りであった。恒星間距離をものともしない双子の《繋がり》を知って、《スタージアン》がどれほど驚愕したことか。精神感応力学どころではない、従来の通信の、それどころか銀河系人類社会の常識を覆す能力なのだ。《スタージアン》ならずとも、その秘密を知りたいと考えるのは当然のことだろう。
「博物院でその能力を調べるために、是非協力して欲しいって。もちろん、ユタが良ければだけど」
「ウールディ、それって要するに、ユタに研究材料になれってこと?」
ファナが眉間を曇らせて問い返す。
「そうだね。言い方は悪いけど、そういうことになるかな」
瞼を伏せて視線を逸らすウールディに、ファナは目つきを険しくした。
「言い方の問題じゃないでしょう。いくらウールディでもそれは、姉として素直にはいとは言えないよ。こんなんでも一応、血を分けた弟なんだから」
「こんなんでも一応は余計だろ」
ユタが茶々を入れる形で話の腰を折ったのは、ファナにそれ以上を口にさせないためだろう。まだ言い足りなそうなファナに一度目を向けてから、ユタはゆっくりとウールディに振り返った。
「俺が博物院に協力すれば、お前の研究にも役立つんだな。なら答えは決まっている」
「いいの? ファナの言う通り、つまりは研究材料だよ」
「お前だって、ここにいる理由の半分は研究材料としてだろう? だったら俺にだって出来るさ」
そう言って笑みを浮かべるユタは、先ほどまでとは打って変わって吹っ切れた表情を見せた。
ウールディの提案は、彼にとってはまたとない口実であった。例えそれが、お互いの本心を覆い隠してしまうものだとしても。
「ああ、もう! 面倒臭いなあ」
見つめ合うウールディとユタの、視線の絡まり方が気に食わないというように、ファナが空のボトルを卓上にどんと叩きつける。
「だったら、せめて博物院生としてスカウトするぐらいの格好はつけてよね。そうでもしないとシャーラは許してくれないよ」
「そうだね、それぐらいはなんとかなると思う、わかった。ありがとう、ファナ」
こうしてユタも翌年には、スタージアに博物院生として進学することになる。彼の旅立ちを見送る頃にはファナの態度も軟化していたし、ウールディにとっては心のつかえが取れた状態でユタを迎え入れることが出来たのだ。
ただひとつ引っ掛かったことといえば、ユタを博物院に迎え入れたときの、博物院長フォンの言葉ぐらいである。
「彼は貴重なサンプルだ。下手に我々に《繋げる》ことはせず、そのままの状態を保つことが望ましい。そういう意味で、君同様の特例を認めよう」
ユタを非《スタージアン》のまま受け入れることを承認するフォンの言い回しは、いかにも言外に含みを持たせていた。
「認めようって、その言い方はおかしいでしょう。だってファナもユタも《スタージアン》の精神感応力を受けつけないって、そう言ってたじゃない。私と同じ、《スタージアン》に《繋がり》ようがないんでしょう?」
《スタージアン》の思念を詳細まで汲み取るのは、ウールディの精神感応力をもってしても至難だ。
幾千万のヒトの思念の集合体である《スタージアン》は、それぞれの思考や感情をより合わせて《スタージアン》としての共通意識を作り上げている。その量と変化は常人では測り知れないスピードをもって処理されるので、ウールディがなんとはなしに触れるだけでは、表層的な意識の裏にある真意まで見通すことは難しい。
そのためには一定の集中力が必要なのだが、通常の《スタージアン》とのやり取りでウールディがそこまで必死になることはない。わからない場合にはわからないと、ただ言葉で尋ね返すだけだ。
「それは去年、双子が揃って巡礼研修に訪れたときの話だ」
思わせぶりなフォンの言葉に、ウールディは形の良い眉をひそめた。
「今は違う……そういうこと?」
「今のユタ・カザールは、我々の精神感応力に対して全くの無防備だよ。彼の思考の隅々まで手に取るようにわかる。一階ホールで待ちぼうけを喰らったまま、君が戻るのを切望しているよ。さすがの彼も、心細いようだ」
宇宙港でユタを出迎えて、博物院に到着したばかりのところを呼び出した身の癖をして、何を言うのか。人畜無害そうななりをして、最近のフォンは穏やかな口調のまま揶揄することが多い。それがフォン個人の個性なのか、それとも《スタージアン》に共通する性質なのか、ウールディにはまだ見分けがつかない。
だがウールディは不機嫌を押し殺しても、彼の言葉の意味を確かめなければならなかった。
「つまりファナとの《繋がり》が途切れたユタは、
「そういうことになる。実に興味深い。同時に研究材料としては不完全かもしれない」
フォンの言わんとすることは、彼の思念をたどるまでもなくウールディにも理解出来た。双子の驚異的な《繋がり》の真相を解き明かすには、単独のユタだけを調べても不十分な可能性がある。全容を解明するには、ファナと《繋がった》状態とを比較する必要が生じるだろう。
「まあ、そう急ぐ必要はない。ファナ・カザールと《繋がる》ことは、今後いくらでも機会があるだろう。それまでにまずは単独の彼をじっくりと調べさせてもらおうじゃないか」
「言っておくけど、その調査には全て立ち会わせてもらうから。それが私からの条件よ」
「もちろんだ。君の能力との比較もしたい、こちらからもお願いするよ」
上手いこと言いくるめられたような気がして癪ではあったが、ユタの特例扱いを確認出来たウールディはそれ以上の追及はしなかった。何よりこれ以上ユタを放っておくわけにはいかなかったのである。
それから五年以上の時を経て、ふたりは今、エルトランザ領デスタンザを訪れていた。
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