第六話 隔たりを超える者(2)

「ウールディ、あなたずっと顔色悪いけど、大丈夫?」


 上目遣いに尋ねてくるベルタに対して、ウールディはベッドの上で両膝を抱えたまま、作り笑いを浮かべてみせた。


「平気、平気。ちょっとね、考え事していただけ」

「どこが平気なのよ。もしかしてオルタネイトの飲み忘れとかじゃないよね? 勘弁してよ、途中で倒れられたりしたら私が困るんだから」


 言い回しこそ棘があるが、言葉の裏からはベルタの本気の気遣いが覗いて見える。ウールディは彼女の本音に対して、「ありがとう、ベルタ」と礼を口にした。


 だがベルタはベルタで、本音を見透かされていることが前提の付き合いに、そろそろ慣れつつある。だから彼女はその程度で照れることもなく、安心もしなかった。


「ありがとう、じゃないでしょう。博物院長に呼び出されたっていうから、てっきりスカウトされたことを自慢でもされるのかと思ってたのに」

「博物院にスカウトされたのは本当だよ。どう、凄いでしょう」

「だったらもっと偉そうに自慢しなさいよ。なんでそんな疲れ切った顔してるの」


 ベルタの思念を通して、彼女の目に映る自分の顔を確かめる。ベッドの上で縮こまるウールディは、ベルタの言う通りに全身から並々ならぬ疲労感を漂わせていた。


 スタージアの巡礼研修を終えてジャランデールに帰還の途にある宇宙船の中、ウールディはベルタと同じ船室にいる。ふたりで他愛もないお喋りに興じることの出来た往路に比べて、復路のウールディの胸中を占めるのは不安ばかりであった。


「院長導師になんか脅されでもしたの?」


 脅しと言えば、言えなくもない。ベルタが尋ねた通りの意味ではないが、フォンの言葉はウールディの不安をどうしようもなく搔き立てた。


 ――双子の精神感応力が天然由来のものなのか、それともN2B細胞に由来するのかによって、答えは大きく変わる――


 院長室でのウールディの問いに対して、フォンの回答は慎重だった。


 ――前者であれば、距離と共に《繋がっ》たり離れたりを繰り返すだけだろうから、心配無用だ。そもそもの有効範囲からして、N2B細胞由来の精神感応力とは比べものにならない――


 それはフォンに指摘されるまでもなく、ウールディには自前の理であった。彼女自身の読心術が、有効範囲はおそらく中等院の校舎を辛うじて覆う程度である。ファナとユタの精神感応力がウールディと同じ類いであれば、有効範囲にもそれほどの差があるとは思えない。


 だが、とウールディは自身の記憶を振り返る。双子の間の精神感応的な《繋がり》が途切れた瞬間を、彼女は感知したことがあっただろうか? 彼らと共に過ごすようになって四年足らず、ふたりが物理的にそれほど距離を空けたこと自体がそもそも無いはずだ。それにしても、ふたりの《繋がり》が途切れたという記憶を、ウールディはファナからもユタからも読み取ったことがない。

 単にふたりを《繋ぐ》精神感応力の有効範囲が、ウールディを上回るだけというならばそれで良い。だが――


 ――後者の場合は、最悪の事態も想定しておかなければいけない――


 双子の精神感応力とウールディのそれが同種であると、彼女には言い切れなかった。それだけにフォンから告げられたもうひとつの答えが、ウールディを憔悴させる。


 ――まずもって無理矢理に有効範囲を超えようとすることは自殺行為だ。先ほども言った通り《繋がり》を解く方法はある。だが生まれる前からの《繋がり》を解く方法は、我々にも未知の領域だ――


「ファナはラセンの宇宙船ふねに乗りたがってるのに」


 両膝に顔を埋めたまま、ウールディの口からため息混じりの言葉が思わず突いて出る。


「リオーレが、彼女は筋が良いって褒めてたわよ」


 慰めのつもりであろうベルタの言葉は、かえってウールディの苦悩をいや増すばかりであった。顔を上げることが出来ないまま、ウールディは力なく呟いた。


「だったらユタもファナと一緒じゃないといけないのかな……」

「なんでよ。別に双子だからって、いつまでも一緒にいなきゃいけないってことはないでしょう」


 そこまで口にしてから、ベルタの紺色の瞳ににやりとした笑みが浮かんだ。


「もしかして、博物院生になったらユタと離ればなれになるのが嫌なんじゃないの? ウールディ・ファイハに近づく男はユタ・カザールに蹴散らされるって、もう中等院の人間には知れ渡っているぐらいだし」


 ベルタは話の方向を、惚れた腫れたの話題に持って行こうとしている。彼女が言う通り、ユタがウールディの護衛気取りであることはもはや周知の事実だ。当然ユタとの関係を勘ぐる者は多く、というよりもベルタが率先してウールディをからかってくる。普段のウールディであれば相手にせず、即座に話題を打ち切ってしまうところだ。


 だが自分ではどうにもならないことで悩まされて、彼女の頭は疲弊しきっていた。ゆっくりと面を上げたウールディは無言のまま、まるで縋りつくような視線でベルタの顔を見返した。


「そんな意味深な目で見ないでよ。私にはあなたの考えとか、わかんないんだから」


 予想外の反応にベルタは戸惑い半分、そして心配半分でウールディに言う。


「そんなに落ち込まなくてもあなたが呼べば彼、スタージアまで飛んで来るでしょう。その程度のことで気に病んでたら、かえってユタに失礼なんじゃない」


 ウールディも彼女の言う通りだと思う。ただ、思うままにユタだけをスタージアに呼びつけて良いものか。そんなことをしたら最悪の事態を招くことにならないか。そもそもファナの夢はどうなってしまうのか。


 ベルタには相談出来ないことばかりだった。ベルタも読心者なら、話して良いかどうかなど悩む間もなく意を汲んでくれるだろう。そして共に不安を分かち合ってくれたに違いない。だが現実のウールディは両膝を抱えたまま、まんじりともしない想いも自分ひとりで抱え込むしかないのだ。


 宇宙船がジャランデールの宇宙港にたどり着き、そこからシャトルに乗り換えて発着場に降り立ったところで、ユタが迎えに来ていることには気がついていた。アライバル・ゲートを抜け出たところで待ち構えている短髪の少年を見て、一瞬足が止まるウールディの背中を、ベルタが軽く押しやって前に押し出した。


「ユタ、その子の面倒見るの、後は任せたわよ。じゃあね、ウールディ」


 なんだかよくわからないという顔で挨拶を返すユタと、まだ心細そうなウールディに手を振って、ベルタがふたりから離れていく。颯爽とした足取りの彼女の背中を目で追いながら、ユタは「相変わらずマイペースな奴だなあ」と呟いた。決してそうではない、彼女なりの気遣いであることを痛感しているウールディは、ただ「帰ろう」とだけ言って彼の腕を引く。


「巡礼研修はどうだった?」


 ユタが運転する二人乗り自動一輪モトホイールが、シャトル発着場からファイハ家の邸宅までの道程を駆ける。


 後部座席に座るウールディからは、運転席のユタの短い髪が描くがよく見える。今、このをつついたらどうなるんだろう。ぼんやりとそんなことを考えながら、ウールディの返事は上の空だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る