第三話 家族の肖像(4)

「タラベルソで君たちがラセンと出会ったのは偶然だろう。でも、君たちが養護施設を抜け出してその場にいた、そのタイミングは偶然とは思えない」

「うん。私たちが施設を出たのは、ラセンと会うほんの一週間ぐらい前だった」

「俺たち、それまでは別に、施設暮らしがそんなに嫌ってわけじゃなかったんだ」


 ルスランの問いに対する双子の答えは、既にシャーラから聞いていたことからある程度予想出来ていたものだった。例えば施設で虐待を受けていたとか、そうでなくとも馴染めなかったとかの理由ならば、このふたりの行動力を考えるともっと早く飛び出していてもおかしくない。


「施設の連中も優しかないけど、だからって意地悪でもなかった。ご飯も食えたし、ベッドもひとりずつあったんだ」

「私たち、ちゃんと初等院の勉強してたんだよ。施設の中に教室があって、学年はばらばらだったけど、きちんと授業受けてたの。来年からは外の中等院に通うんだぞって、所長さんも言ってた」


 所長、という単語にラセンは聞き覚えがあった。


「あの、出鱈目な自動一輪モトホイールをくれたって奴か」

「そうだよ。いっつもむすっとして怖い顔したおっさんなんだけどさ」

「ちょっとだけラセンに雰囲気が似てるかも」


 そう言って歳に似合わぬ寂しげな笑顔を浮かべたファナを見て、ラセンは思わず口をつぐんだ。


 そんな無愛想な所長という人物のことを、ふたりとも彼らなりに慕っていたのだろうということは、ユタの自動一輪モトホイールに対する愛着を見れば想像に難くなかった。だとすればふたりはなぜ養護施設から家出するような真似をしたのか。おそらく彼らの辛い記憶を掘り起こすことになると想像はつくが、確かめないわけにはいかない。


「最近はウールディが自動一輪モトホイールに乗れるよう、ユタがつきっきりで教えてあげてたの」

「ユタってば教えるの下手くそで、ひとりで乗れるようになるの大変だったんだから」

「それはお前がセンス無いからだろう。ひとのせいにすんなよ」


 タラベルソの湾岸区画を脱出する際に活躍した、ユタ自慢の二人乗り自動一輪モトホイールは、双子たちがこの邸宅に持ち寄った数少ない荷物のひとつだ。建屋の裏の道具倉庫の中にしまわれているが、時折り引っ張り出されては中庭を何周も走り回っているらしい。


「何言ってんの、私だから一週間でマスターしたのよ。そうだ、ラセン。明日シャトル発着場に行くときは、私が自動一輪モトホイールでラセンを乗っけて送ってあげる!」


 ウールディの喜色満面の申し出に、タラベルソでの悪夢のようなツーリングの記憶を脳裏に蘇らせたラセンが、頬を引き攣らせる。


「ちょっと、それはユタの運転だったからでしょう。私は大丈夫だってば!」

「まあまあ、落ち着いて、ウールディ」


 再びふて腐れるウールディを、ヴァネットが苦笑しながら宥めに回る。


 会話が少々脱線してしまった。話題を本筋に戻すべく、食卓の上に組んだ両手をそのまま、ルスランは少しだけ身を乗り出してファナとユタの顔を覗き込んだ。


「つまり施設の生活に不満はなかったんだな。じゃあどうして君たちは、その施設から逃げ出すような真似をしたんだい?」


 本題を突きつけられて、それまでの無邪気な表情を引っ込めた双子が、無言のまま顔を見合わせる。

 彼らの思念が思い浮かべる内容を、いちはやく読み取ったのであろう。ウールディは唇を半開きにしたまま形の良い眉を心持ちひそめ、シャーラは伏し目がちにして食卓の上に視線を落とした。


 やがて姉のファナが、絞り出すようにして口を開く。


「……施設を抜け出す二日ぐらい前から、おかしくなった」

「おかしくなった?」


 前髪の奥ですがめられたラセンの目と、ファナは目を合わせずに小さく頷いた。


「施設のみんなが、いつの間にか《繋がって》たの」


 ファナが口にしたフレーズに、ルスランがわずかに目を見開かせる。


「《繋がる》って、どういう意味だい?」

「わかんない。私がそう言ったんじゃない。みんなが自分で《繋がる》って言ってたの。それでみんな、どうしてお前たちふたりは《繋がら》ないんだって」


 そこまで言ってファナは、俯いたまま口を閉ざしてしまった。

 彼女の言葉を引き取るように、その場の全員を見返したユタもまた、明らかに顔色が悪い。


「最初はただ、質問されるだけだったんだよ。どういうことだ、なんで《繋がら》ないんだって。そんなこと言われたって意味わかんねえよ。俺たちにはみんなが変わったようには見えないし、そもそも《繋がり》ってなんだよって」


 激しく首を振るユタの顔からは、当時の困惑がありありと伝わってくる。


「でも段々みんなの態度が乱暴になってきてさ。あいつら俺たちを捕まえて、物置小屋に閉じ込めたんだ。このままじゃやばいって思って、ちょうど物置小屋には自動一輪モトホイールを閉まってあったから……」

「そいつに乗って逃げ出したのね」


 ヴァネットが口にした言葉に、ユタは顔を振り向けて頷いた。


「あいつらが俺たちに食事を持ってきたときに、ふたりで自動一輪モトホイールに乗ってそのまま走らせたんだ。そしたらみんな一斉に追っかけてきたから驚いたけど、なんとか施設からは抜け出せた」

「でもおかしいのよ。途中で知らない人とかまで、私たちのこと捕まえようとしてくるの。オートライドで道を塞がれそうになったこともあった。それで、その人たちからも逃げる内に湾岸区画に着いて、ようやく誰も追いかけて来なくなった」


 証言を終えた双子は揃って小さな身体からだをすくませて、疲れ果てた表情を見せている。するといつの間にか双子の背後に回っていたシャーラが、それぞれの肩に優しく手を置いて、ふたりを労うような言葉をかけた。


「思い出したくないようなことまで、よく話してくれたわね。疲れたでしょう、シャーベットを持ってくるわ」


 彼女の言葉に呼応するように、娘が勢いよく立ち上がった。


「たくさんあるし、出すの手伝うよ。ほら、ファナもユタも一緒に」


 母の後を追いかけながら、ウールディが双子に呼び掛ける。促されるままにファナとユタも席を立ち、食堂にはラセン、ルスラン、ヴァネットの三人が残された。


「今のうちに話をまとめておけってことかな」


 シャーラとウールディの意を汲んだヴァネットの言葉を受けて、ラセンが憮然としたまま口を開く。


「おそらく俺が感じた、気味の悪い空気と同じだ。ルスラン、お前の言った通り、俺とあいつらが鉢合わせたのは偶然じゃない」

「ファナもユタも、《繋がり》って口にしてたな。あれはもしかして……」


 口元に手を当てながら、ルスランが眉をひそめる。


「断言は出来ねえけどな。ただ、俺たちの知る《繋がり》と言ったら、しかねえだろう」


 ラセンが思わせぶりな視線を投げかけても、ルスランはなおも考え込んだまま黙りこくっている。ふたりのやり取りを眺めていたヴァネットが、ソバージュヘアを揺らしながら落ち着かなげに身体からだを動かした。


「ねえ、《繋がり》って私はわかんないけど、あれ? あんたたちの家訓にあるってやつ?」

「俺ん家じゃねえ、ルスランの家だ。カザール家はしがない庶民の家だぜ」


 不機嫌そうなラセンの声に、ルスランが呆れ顔で言い返す。


「まだそういうことを言っているのか。僕たちは母親こそ違えど、全員父さんの子供じゃないか。宗家の嫡男の座なんて、今からラセンが継いでくれても僕は構わないんだ」

「嫌なこった。だいたい親父が許すわけがない。お前がラハーンディ家の後を継いでくれるってこと、ユタの言葉じゃねえが、その点は本気で感謝してるぜ」


 ラセンが大きな唇の口角を吊り上げるのを見て、ルスランは大きなため息をついた。


「そりゃ、それだけ好き勝手に放蕩息子をやってられるんだから、感謝の一言もなかったら割に合わないよ」

「恨むんなら、ラハーンディ家の血を世に広めよなんてことを言い出した、色惚けの曾爺さんを恨むんだな。ラハーンディ家の人間があちこちに種をばらまきまくるようになった元凶だ」

「天然の精神感応力者の血を絶やすまじ、か。そういう意味ではウールディこそが、曾祖父の言葉を体現しているんだけどな」


 壁一枚を隔てた向こうにある台所からは、シャーラや子供たちの楽しそうな会話が漏れ聞こえてくる。食堂の三人は声のする方向へと、思い思いの視線を投げかけた。


 ウールディたちの故郷では“読心者”と呼び慣わされる、天然の精神感応力者が多く生まれやすい一族の存在は、ラハーンディ家の記録から探し当てられた。

 ラセンやルスラン、ウールディたちの五代前に当たる、惑星ジャランデールに移り住んだラハーンディ家の初代ブライムは、優秀な教育者であり研究家であった。彼は精神感応力学にも造詣が深く、なにより彼の妻自身が読心者であった。ブライムは妻の出身地をたどり、読心者を産み出し続ける一族がいることを記録に残している。


 その記録を糧にジャランデールに移住していた一族を見つけ出して、中でも最も読心者として優れていたファイハ家の娘シャーラを妾にしたのがラージ・ラハーンディ――ラセンたちの父親であった。


「親父の執念には呆れるよ。今どき血を保つことにどれほどの意味があるってんだ」


 この場にいない父に向けた、あからさまな嘲笑を隠そうともせず、ラセンは反っくり返るように背凭れに身体からだを預ける。

 だがルスランは、ラセンほどには突き放した態度を取ろうとはしなかった。むしろ若干表情を引き締めて、巨漢の“兄”に正対するよう身体からだの正面を向け直す。


「僕も以前までならそう思っていた。でもタラベルソの人々が《繋がった》かもしれない中、ファナとユタの精神感応力に助けられたのはラセン、あんた自身がその身で体験したことだ」


 水色の瞳に真っ直ぐに射すくめられて、ラセンは面白くなさそうに広い肩をすくめた。

“弟”の言うことが正しいとわかっているだけに、彼もそれ以上異を唱えようとはしない。だが、ほとんど八つ当たりとも思える言葉が口を突いて出ることまでは、抑えようもなかった。


「タラベルソの住民まで《繋がった》と知ったら、《スタージアン》も《クロージアン》も、いったいどんな顔するんだろうなあ」

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