第三話 家族の肖像(3)

 その晩のウールディ宅の夕食は、七人揃っての賑やかなものとなった。


 食卓に繰り出されたのは、赤レンズ豆のスープ、ひよこ豆のペーストに練り胡麻やレモン汁を足したディップ、色とりどりの野菜を盛り付けたサラダ。そしてメインディッシュとなる、鶏肉にジャガイモ、茄子、玉葱などの多様な食材を、米と一緒くたにしてニンニクやスパイスで炊き込んだ『マクルーベ』は、ウールディたちの故郷では客人をもてなす際に用意されるご馳走だ。


 スープやディップといった前菜は現像機プリンター製だが、マクルーベはシャーラが自ら料理したお手製である。


「ルスランのスープは私とウールディと同じ、AltN2Bオルタネイト入りにしてあるりますからね」

「そういえば今日は摂取がまだだった。ありがとう、シャーラ」


 シャーラに礼を述べるルスランをよそに、ラセンは早くもマクルーベを自分の皿に装っていた。


「こいつを食えるだけでも、ここを訪ねた甲斐があるってもんだ」


 前回の訪問で食べ損ねた無念を晴らすかのように、ラセンが料理を掻き込む様を見て、ウールディは少々面白くなさそうな顔で口を尖らせた。


「ラセンがここに来るのは私に会うためじゃなくて、お母さんの手料理が目当てだってことね」

「おいおい、そんなわけ無いだろう。一番はお前の顔が見たいからだって」


 口いっぱいにマクルーベを頬張りながら、ラセンは“妹”の機嫌を宥めにかかる。だがウールディは拗ねた顔をぷいと横に向けた。


「どうだか。ラセンの中じゃ、私とマクルーベがおんなじぐらいの大きさだよ」

「食事中に頭を覗かれたら、そりゃそうだろうさ」


 困り顔のラセンと、なおも頬を膨らませるウールディのやり取りを、残る面々が愉快そうな表情で眺めている。


「そういえばここに連れられる途中でも、ラセンはシャーラが作る料理は最高だぞって何回も言ってたなあ」


 ラセンに負けじと料理を掻き込んでいたユタがそう言うと、焼きたてのパンの上にディップを山盛りに塗りつけながらファナが相槌を打つ。


「だよねえ。それが嘘じゃないってことはよーくわかったけど。本当にシャーラの料理は美味しい!」

「デザートにシャーベットもあるわよ。あなたたちはまだ食べたことなかったかしら」


 双子に向かってそう微笑みかけるシャーラの言葉に、ヴァネットがスープを啜っていたスプーンを置いて振り返った。


「もしかしてあの、柚のシャーベット? あれ、美味しいんだよねえ」

「今どき、これだけ手料理を振る舞えるシャーラには、本当に感心するよ」


 シードルの入ったグラスを傾けながらルスランが口にした言葉は、一同の内心を代弁していた。現像機プリンターから吐き出される料理が当たり前のこのご時世で、わざわざ手ずから料理しようという人種は珍しい。

 シャーラの料理の腕前を褒め称える場の雰囲気の中で、ウールディがますますへそを曲げる。余計なことを口にしてくれたファナとユタに向かって、ラセンが恨みがましい目を向けた。


「お前ら、恩を仇で返すような真似を……」

「何言ってんの。ラセンが今こうしてここでご飯を食べられるのは、私たちのお陰でしょう? 少なくとも貸し借りはチャラだと思うけど」


 ファナがパンに齧りつきながら反論すると、サラダに手を伸ばしていたユタが取りなすように言い足した。


「でも、これでも感謝してるんだぜ、俺たち」

「とてもそうは思えねえぞ」

「本当だよ。約束通りタラベルソから連れ出して、こんな広くて綺麗な家に住まわせてくれて、シャーラの料理は言うことないし。ウールディもレイハネも、まあ一緒にいて楽しいし」


 ダイニングの隅でのんびりと食事にありつく老犬をちらりと見やってから、再びラセンに振り返ったユタの顔は、どこか神妙な面持ちだった。


「だから、聞きたいことがあるならちゃんと答えるよ、“義父とうさん”」


 ユタの薄茶色の瞳には、子供ながらに覚悟を決めた、彼なりの決意が宿って見えた。隣りに視線を滑らせれば、ファナもまた弟と同じ表情でラセンの顔を見返している。思わず何かを言いかけて言葉を飲み込んだラセンは、一度背凭れに長身を預けてから大仰なため息をついた。


「とりあえず“義父とうさん”はやめろ。一気に老け込んじまう。俺を呼ぶときはラセンでいい」

「わかったよ、ラセン」

「ウールディ、お前、こいつらに何言った?」


 ラセンに強い言葉で問い質されて、ウールディもいつの間にか真剣な表情に切り替えた顔を向ける。


「ファナとユタに聞きたいことがあるんでしょう? なんか大事なこと」

「お前、俺たちに黙って勝手に話すってのはなあ……」

「ラセンが直接尋ねるより先に、お姉さんの私から先に言っといた方が、ふたりも話しやすいと思ったの」


 例えウールディでも、ラセンの眼力を真正面から受け止めるのは勇気が要る。だが大きな黒い瞳を微かに震わせながら、少女は目を逸らそうとはしなかった。


「それに、そういう風に人と人の間を取りなすのが、読心者の役目だって」


 ウールディの言葉を受けてラセンがシャーラに目を向けると、彼女は相変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま無言で頷いた。「読心者って大変だねえ」と口にするヴァネットの横で、食卓の上で両手を組んだルスランがラセンに言葉をかける。


「ラセン、せっかくウールディが質問しやすいように取り計らってくれたんだ。ここは素直にその厚意に甘えよう」


 ルスランに宥められる格好になったのが癪なのか、ラセンはふんと鼻を鳴らして太い両腕を組んだ。


「ウールディ、お前が気を利かせてくれたってことはわかった。ただ今度からは、一言なんか言ってくれ。そうでないと俺たちもびっくりしちまう」

「うん、ごめんなさい」


 申し訳なさそうに下げられたウールディの頭の上に、ラセンの大きな手がぽんと置かれる。彼女の滑らかな黒髪を少しだけくしゃくしゃっとして、それ以上ラセンは何も言わない。ふたりの様子を横目で眺めていたルスランは、小さく一息吐き出してから、ファナとユタに向き直った。


「じゃあファナ、ユタ。僕から訊いていいかな」


 優しげな水色の瞳に見つめられて、ふたりともこくこくと首を縦に振る。ルスランは口元に微笑を浮かべながら、努めて柔らかい口調で尋ねた。

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