第三話 繋がる者 繋がれぬ者(4)【第三部最終話】

 シャレイドの口から《オーグ》の存在を聞かされても、モートンは一笑に付したりはしなかった。むしろ新たに知らされた真実として、冷静に受け止めている。彼自身が《クロージアン》という思念の超個体群に属する身だけに、《オーグ》の存在を理解しやすいからなのかもしれない。


「もう少し驚くか、呆れた顔でもしてくれないと、せっかくの大ネタを披露した甲斐がないな」


 口ほどには残念そうな素振りを見せずに、シャレイドは薄ら笑いを浮かべたままそう言った。


「突拍子も無いとは思うが、そうであれば筋は通る。そうか、《オーグ》の干渉を防ぐため、《星の彼方》に通じる極小質量宙域ヴォイドを封鎖することが、あの戦いの目的だったのか」


 口元に拳を当てながら、モートンは自分で発した言葉に頷いた。


「そもそもホスクローヴ提督があれほどの大敗を喫すること自体、おかしいとは思ったんだ。《スタージアン》がそこまで露骨に関わってくるとは、計算外だった」

「それは俺もだ。利用するつもりが、ものの見事に利用された」


 シャレイドは自嘲気味にそう言うと、残りわずかなフライドボールをまたひとつ摘まみ上げた。


「カナリーの親父さんは、今どうしているんだ?」


 フライドボールに視線を注いだまま、心持ちトーンを落とした声音のシャレイドの問いに、モートンは瞼を伏せて答えた。


「敗戦の責任を取って退官されたよ。今は故郷のイシタナで隠棲している」

「……あんな戦い、俺はするつもりはなかった。スタージアにはお前たちとの仲介を頼むだけのはずが、まさかあいつらの方から戦うことを条件に出されるとは予想してなかったよ。巡礼研修の実施程度で交換条件になると思った、俺が甘かった」


 苦渋の表情をちらつかせながら、シャレイドはそのままフライドボールを皿に戻した。一方で彼の顔を見返すモートンの切れ長の目は、幾ばくか刮目している。


「だがようやく納得いった。この二百年、《クロージアン》は連中の意図を測りかねていたが、あいつらはこの銀河系人類社会を《オーグ》から守っているつもりなんだな」

「方法は稚拙極まりないがね」


 そう言うとシャレイドはサイドテーブルを模した現像機プリンターからシードルの注がれたグラスを取り出して、おもむろに口をつけた。

 グラスを呷るシャレイドを見て、モートンが訝しげに尋ねる。


「稚拙?」

「《オーグ》が雪崩れ込んで来るのを防ぐのに、大量の艦艇を破壊したデブリで出入口を蓋しましたなんて、稚拙と言わずになんと言う?」


 グラスから口を離してそう語るシャレイドの顔に、俄に嫌悪感が浮かび上がった。形の良い眉がしかめられて、眉間にくっきりと皺が寄る。


「あの極小質量宙域ヴォイド封じで目を引くのは、馬鹿馬鹿しいほどのスケールと、それを実現するためのえげつない精神感応力、そして犠牲となる人命を顧みることのない非情さだけだ。呆れることはあっても、感心するような大層なもんじゃない」

「お前の言うことはわかるが、実際に我々は《スタージアン》の策にしてやられた」

「モートン、いや《クロージアン》よ。お前らや《スタージアン》は精神感応的に《繋がり》、圧倒的な知識と力を得たかもしれないが、俺に言わせればその弊害も大きい」


 シャレイドの赤銅色の顔に浮かぶ感情は嫌悪から嘲りへと変化し、そのことを隠そうともしない。モートンの表情がいかめしく引き締められたのは、彼の嘲笑に反感を刺激されたからなのか、それともわざわざ呼び名を改められたせいなのか。未だアルコールの酔いが残る意識ではそれも判然としない。


「《繋がる》ばかりが能じゃない、か?」

「そういうことだ」


 憮然としたモートンの言葉に頷くと、シャレイドは椅子の背凭れに掛けていたコートの内ポケットをまさぐり、愛用のベープ管を取り出した。


「一服させてもらうぞ」


 そう言うとシャレイドはモートンが承諾する前に、ベープ管のスイッチを入れた。微かにぶんと唸ったベープ管の吸い口を咥えて、一息吸い込んで後に唇の隙間から白い煙を吐き出す。


「《スタージアン》の策、そして《クロージアン》がモートンから主導権を奪ってからの、連邦軍の動きを目の当たりにして確信した。お前たち《繋がる》連中の思考は、平準化する」


 シャレイドの言葉に、モートンは釈然としない面持ちで問い返した。


「平準化?」

「そうだ。お前たちには何千何万というお仲間がいて、様々に思考を積み重ねることが出来るんだろうが、最後にはひとつにまとめなきゃならないだろう? そこで下される結論は、お仲間たちの思考の最大公約数的なものにならざるを得ない」

「様々に検討した結果下される結論だ、当然だろう。現に今回敗れるまでは、《クロージアン》が運営する連邦は着実に成長してきた」

「そりゃそうだ。お前たちには強力な精神感応力があるんだから、例えそんな結論しか出せないとしても、それを押し通すだけの力がある」


 ベープ管から口を離したシャレイドは、鼻腔から水蒸気の白煙をくゆらせながら、なお薄い笑みを浮かべている。


「だがそれも精神感応力を持たない、《繋がら》ない集団に対してだけだ。精神感応力が効かなかったり、同等以上の力を持つ集団には勝てない。それこそ、スタージア星系の戦いのように」


 ベープ管の先を突きつけられ、モートンの顔は憮然を通り越して能面のように無表情になる。だが彼の表情の変化を意に関せず、シャレイドの言葉は止まらない。


「《繋がった》ばかりの頃のお前のような、ほかを従えるような強烈な個が率いれば、また別だろう。大多数には思いもよらない発想で、劣勢を覆す可能性だってある。だが話を聞く限り、どうやらそれはレアケースらしい」

「《クロージアン》が《クロージアン》らしくあるほど、《スタージアン》には勝てない、そう言いたいのか」

「そう怖い顔をするな」


 シャレイドはおどけた表情で、大袈裟に肩を竦める。


「《クロージアン》も《スタージアン》も、それぞれテネヴェとスタージアから動けないんだろう? 普通に考えれば両者が衝突することなんてありえないはずだったんだ。お前たちが《スタージアン》以上に恐れなければいけないとしたら」


 手元をくるりと回してベープ管の先でシャレイドが示したのは、彼自身の顔であった。


「この俺だ」


 虚を突かれたように、モートンの口が半開きになる。その顔を見て、シャレイドは口角の片端を吊り上げながら、ベープ管の吸い口を唇に咥えた。


 ガラス張りのテラス席の外は既にとっぷりと陽が暮れて、閑静な住宅街らしい静寂と共に夜の闇に包まれている。ベープの煙がゆっくりと吐き出される一瞬だけ、シャレイドとモートンの間に沈黙が訪れた。テラス席の内の照明に区切られた空間は、彼らふたりの存在が、まるで外界から隔絶しているかのような錯覚に陥らせる。


「正確に言えば俺のようなオルタネイト常用者ユーザー――いや、N2B細胞の精神感応力を受け付けない人間、だな」

「……そういうことか」


 シャレイドの端的な説明を受けて、モートンはようやく腑に落ちた表情を見せた。


「我々は相手の思考を読み取れるもの、干渉出来るものという大前提に立っている。例え我々の一部が意識しようとも、その他多数の思考もひとまとめに集約しなければならないから、結局は大前提を踏まえた結論しか導き出せない」


 左右の肘掛けに両腕を乗せて、背凭れに長身を預けながら、モートンはふっと大きなため息を吐き出した。


「お前のような、思考を読めない上に突飛な発想をする相手は、我々にとって天敵というわけだ」

「言っちゃ悪いがモートン、今のお前相手なら、俺は立方棋クビカで百戦百勝する自信がある」

「そんなに差があるか?」


 少なからず傷ついたように眉根を下げるモートンに、シャレイドはベープ管を小さく振り回しながら「ああ」と頷いた。


「俺の知るモートンなら、トゥーランは最大戦力の集結を待ってから攻撃しただろうし、スタージアの救援よりもジャランデール攻略を優先するよう手を打ったはずだ。奇抜さはないが、勝機は確実にものにする男だった」

「それを指摘されると、ぐうの音も出ないな」

「お前との対局を再開したいのは山々だが、今のお前とやっても結果は見えている」


 そう言うとシャレイドは、ふとテラス席を覆うガラス窓の向こうに目を向けた。

 庭園に生い茂る木々は既に影となって輪郭しか覚束ないが、その上に広がる夜空には瞬く星空が広がっている。広大な闇に散りばめられた輝きの群れを見つめるシャレイドの瞳には、どこか厳しい表情が漂っていた。


「《スタージアン》も同じなんだよ」

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