第三話 繋がる者 繋がれぬ者(3)【第三部最終話】
スタージア博物院の院長室で、アンゼロ・ソルナレスは楕円形のテーブルの脇に直立したまま、広々とした室内の中央に浮かぶ漆黒の天球図を見上げていた。
銀河系人類社会を映し出すこの球形映像の前で、《スタージアン》がそうでない者と対面する機会は多くない。スタージアに巡礼研修で訪れた若者たちの中から、見繕った候補者たちとの面接を除けば、おそらく数えるほどしかないはずだ。
中でもシャレイド・ラハーンディとの対面は、《スタージアン》にとって非常に刺激的な体験だった。彼はその出現からして《スタージアン》の度肝を抜いたが、この世の中に《スタージアン》の精神感応力を受け付けない人間がいるという、その存在自体が衝撃的な男だった。
(加えてあの頭の回転の速さと、フットワークの軽さ)
(天然の精神感応力者という希少性を差し引いても、十二分な人物だよ)
(
(我々の策を嫌悪しながらも、目的のためには飲み下す度量もある)
(いち個人としても、近年では傑出した存在ね)
《スタージアン》の中で、シャレイドの評価は鰻登りを続けている。彼らが温め続けていた《オーグ》封じの策を理解し、見事に実行してみせたのだから、それも当然のことかもしれない。
これまで彼と同じだけの評価を得た人物は、過去にただひとりだけである。
「ドリー・ジェスターとは、また方向性の異なる才能だったな」
この博物院長室の天球図の前で《スタージアン》が対面した、数少ない非《スタージアン》のひとり、当時の院長シンタック・タンパナウェイと対峙した女性の名前を、ソルナレスは口にした。
「彼女がN2B細胞の正体を見破り、代替薬のオルタネイトを発明しなければ、シャレイド・ラハーンディの活躍は有り得なかった。そういう意味ではドリー・ジェスターもまた、我々の策を成功せしめた人物のひとりと言えるかもしれないよ」
ドリー・ジェスターに関するソルナレスの呟きに対して、《スタージアン》たちの反応はいつも決まっている。
(ソルナレスのドリー・ジェスター好きは、相変わらずだな)
(《スタージアン》になる前から、そこだけは変わらないわね)
(だがソルナレスの言う通り、ドリー・ジェスターのオルタネイトが、シャレイド・ラハーンディと我々を引き合わせる要因となったのは確かだ)
(
(
(そう考えると、彼女の影響はシャレイド・ラハーンディ以上に計り知れないな)
ドリー・ジェスターの存在感について、《スタージアン》に《繋がる》思念たちが再認識している間、ソルナレスは天球図の周りをなぞるようにゆっくりと歩き出していた。
天球図の中に浮かび上がる膨大な星の数々は、それぞれの属する勢力ごとに細かく色分けされている。今、球形の映像に広がる色とりどりの分布図は、以前とは大きな違いを見せていた。それまで銀河系人類社会の半分以上を占めていた銀河連邦を示す青い星の群れは、その四分の一をライトブルーに塗り替えている。新たに自治領総督府が置かれたトゥーランにちなんで“トゥーラン自治領”という呼称が定着しつつある、銀河連邦直轄自治領の範囲を示すライトブルーだ。
(てっきり総督府はジャランデールに置かれるものと思ったが)
(内乱で最も犠牲を払ったトゥーランへの、報償みたいなもんじゃないか)
(自治領の首都という飴を与えて、トゥーランの先鋭化を抑え込んだか。ジェネバ・ンゼマはしたたかだな)
(彼女はバランス感覚に長けた指導者という話だ。ジェネバ・ンゼマが総督の座にある限りは、自治領も早々に躓くということはないだろう)
(自治領が安定すれば、
銀河連邦に加盟している惑星国家は、その教育課程で“始まりの星”とされるスタージアへの巡礼研修が義務づけられている。だが開拓してから間もない
「そうだね。シャレイド・ラハーンディが総督だったら怪しいところだったが」
ライトブルーの光点が描くトゥーラン自治領の版図を目で追いながら、ソルナレスはそう言った。その瞬間に《スタージアン》たちが思い浮かべたのは、あの赤銅色の肌の青年が見せた、彼らに対する侮蔑とも嫌悪ともつかない、徹底した拒否の表情であった。
(そいつは違いない)
(天然の精神感応力者には、我々のように《繋がる》存在は受け入れがたいのかしら)
(我々にしても、真意を読み取れない存在というのはなかなかに衝撃だった)
(結局彼は、最後まで胸襟を開いてくれたとは言えなかったからね)
「ドリー・ジェスターにしろシャレイド・ラハーンディにしろ、我々が認める人物は、どういうわけか我々のことを毛嫌いする」
ソルナレスの言葉は、《スタージアン》に《繋がる》思念たちの想いを代弁したものであった。
「だがシャレイド・ラハーンディは、《オーグ》の存在を認識した。いくら関心が無いと言い張っても、彼ほど頭の切れる男が《オーグ》を無視出来るとは思えない」
そう言うとソルナレスは天球図からくるりと背を向けて、長大な楕円形のテーブルを避けながら、院長室の扉に向かって歩き出した。
(《星の彼方》に続く
(取り除くことなど可能なのかしら。我々には
(シャレイド・ラハーンディのようなヒトにこそ、対《オーグ》の知恵を借りたいものだけどね)
「少なくとも、《オーグ》について思うところはあるはずだ」
観音開きの扉の片方を押し開けながら、ソルナレスは独白めいた言葉を口にした。
「記念館前で
ソルナレスの言葉は、彼に《繋がる》数多の思念に同じ記憶を呼び覚まさせる。
(そうだったな。我々も覚えているよ)
(お前の視界の端で、あの含みのある表情をしっかりと捉えていた)
(シャレイド・ラハーンディは何に気がついたんだろう)
(たったひとりの仕草ひとつひとつにやきもきさせられるなんて、《スタージアン》には何から何まで初めての経験ね)
「全くだ」
院長室を出て、ゆっくりと閉ざされる扉の隙間から漆黒の天球図を振り返りながら、ソルナレスの口元には微笑とも苦笑ともつかない笑みが滲んでいた。
「相手の思考を読み取れないということが、これほどまでにもどかしいものだとはね」
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