第二話 トゥーランの戦い(3)
トゥーラン星系には、
「よくぞこれだけ集まったもんだな」
トゥーラン宇宙港を訪れたモズは、ロビーの窓ガラス越しに見える宇宙船の群れを目にして、率直に感動した。宇宙港からは相当の距離を取ってはいるものの、見たこともないような数の宇宙船がずらりと並ぶ様子は圧巻だ。数だけなら連邦軍相手にも引けを取らないだろう。
壮観を前にして大きな目を輝かせていたモズは、窓ガラスに張りつきながら見入るうちに、その肉付きの良い顔を徐々に曇らせていった。
宇宙船たちの群れは舳先こそ方向を揃えているが、よくよく見ればその艦種にまるで統一性がないことに気づく。戦艦、巡航艦、駆逐艦、揚陸艦から補給艦、救命艇までが、規則性も無しに混在しているのだ。各国の戦力を可能な限り掻き集めたものの、混成艦隊の域を出ないという真相を、一目で窺い知ることが出来る。
「なるほど、シャレイドが心配するわけだ」
例え大軍を集めても、この様子では寄せ集め以上の何物でもない。実際の運用は、各国軍が個別に指揮するしかないだろう。急造の連合軍だから無理もないのだが、精鋭の連邦軍を相手にするには不安がつきまとう。
モズが大軍を前にして抱いた不安は、宇宙港からシャトルで惑星トゥーランの地表に降り立つとさらにいや増した。
まずシャトル発着場からして、銃撃砲撃の惨状が生々しい傷跡を残している。オートライドを管制する自動交通システムも機能せず、モズは何年かぶりに有人運転の車に乗り込んだのだが、そこで行き着いた先もまた惨憺たる有様であった。
今回の一斉蜂起で保安庁支部と最も激しい戦いを繰り広げたというトゥーランの市街地は、その三分の一が瓦礫の山と化していた。半ば以上崩れ落ちて構造が剥き出しになった建物の脇を通って、あちこちに穿たれた砲撃の痕を避けながら、車は街中をよろめくように進んでいく。
ただ、廃墟と呼ばれても信じてしまいそうな往来を、道行く人々の姿は思いの外多かった。何より誰もが面を上げて、前へ進もうという表情を浮かべている。この星の人々が本気で、死に物狂いで立ち上がったのだということは、彼らの顔を見ればよくわかった。
車を運転していたのは妙齢の女性だったが、彼女はモズの表情に気がついたのか、街中の光景について説明する。
「ここら辺は保安庁支部に近く、最も戦闘が激しかったんです。非戦闘員も巻き込まれて、多くの死傷者が出てしまいました」
そういう彼女もまた、頭と左腕に巻き付いた包帯が痛々しい。「大変でしたねえ」と答えるモズは我ながら間抜けな反応だと思ったが、その言葉に振り返った彼女の笑顔は力強さに充ち満ちていた。
「いえ、トゥーランが、
モズは来たるべき連邦軍との戦いに備えて、ジェネバの命で送り込まれた腕利きの軍事顧問という肩書きで、トゥーランを訪れている。運転手の彼女がモズを見る目が、希望と期待に溢れてしまうのも無理もない。
彼女の笑顔に作り笑いで応じるモズの脳裏に蘇るのは、ジャランデールを発つ前に交わされたシャレイドたちとの会話であった。
「トゥーランには
そう言ってわずかに首を傾げたシャレイドが、線の細い赤銅色の顔立ちに薄い笑みを浮かべるのを見て、モズは背筋にぞくりと寒気が走るのを感じた。
悪企みするシャレイドの、いかにも意地の悪そうな笑顔なら散々見慣れているつもりだった。だが目の前のシャレイドの口元に閃く微笑には、今までに見たことのない、底知れぬ不吉さがつきまとう。
「俺たちが生き延びるための策はあるにはあるが、いかんせん仕込みの時間が足りない。その時間を稼ぐために、トゥーランには出来る限り連邦軍を食い止めて欲しい」
「食い止めるだけじゃなくて、そこで相手を打ち負かせば済む話じゃないか」
「それこそ万が一の話だな。いくらこちらが数を集めようとも、連邦軍とは質も経験も差がありすぎる」
ジェネバの反論に対して、シャレイドの回答はにべもなかった。
「一戦して、あとはなんとかジャランデールまで退却する。欲を言えば、損害は極力抑えながら。俺が期待するのはそれぐらいだ」
「ジャランデールまで退却したら、じゃあトゥーランはどうなるんだい」
「むしろトゥーランがどうにかされている隙に逃げるんだ」
ジェネバの抗議に対して、シャレイドは悪びれずに言い切った。
「
青ざめた顔のままそれ以上言い返せないジェネバに代わって、今度はモズが眉を潜めながら尋ねる。
「シャレイド、あそこは一斉蜂起で一番戦いが激しかった星だぜ。なんとか勝利したばかりなのにほかの星のために犠牲になれって、そんなこと納得するわけがない」
「真っ当な説得が出来るとは思っていないよ」
モズに向かって振り向けられたシャレイドの顔には、我が意を得たりと言わんばかりの、口角を吊り上げた笑顔が張りついていた。
「というわけでモズ、お前の出番だ」
「俺の?」
「元保安庁ジャランデール支部の幹部にして、一斉蜂起では率先してジャランデールの解放を果たした、そんな男にしか出来ない重要な役目がある」
そう言ってシャレイドは、モズのまん丸の鼻先にベープ管の先を突きつけた。
シャレイドが彼に難題を強いるタイミングを測っていたのだと、気がついたときにはもう手遅れだった。結局モズは彼に言いくるめられて、仰々しい肩書きを引っ提げながらトゥーランを訪れる羽目になってしまったのである。
案内されるままにモズが足を踏み入れたのは、市街地の中でも比較的戦禍を免れることが出来た、トゥーランの行政府庁舎であった。
「お待ち申し上げておりました、モズ殿!」
モズが姿を現した瞬間、居並ぶ面々の視線が一斉に彼へと集中する。いずれも程度の差こそあるが、期待感が込められていることに変わりはない。車を運転していた彼女と同じ顔だ。
誰も彼も、いざ連邦軍との対峙を前にして、足元が覚束ないのだ。武者震いする者もいれば、今さらのように怖じ気づいた者もいるかもしれない。どちらにしても冷静でいられる方が難しいのだろう。誰かに明確な道を指し示してもらいたいと、そう考えるのも無理はない。
ろくでもない道を指し示されて、逃げ出すことも出来ずに進むしかない俺と、果たしてどっちがましなんだか。
大きな丸い目を見開いて、愛嬌たっぷりに笑い返しながら、モズはこれから彼らを上手に欺かないといけない。シャレイドに策の全容を打ち明けられたとき、なるほどと頷きはした。しかし何食わぬ顔で実行犯を務めることが出来るかと言えば、それはまた別の話のはずだ。
「フランゼリカを騙しおおせたお前こそが、適任なんだよ」
シャレイドの言葉を思い返して、モズは内心で反論する。敵を騙すのと味方を欺くのではわけが違うのだ。
だがモズの人好きのする笑顔には、彼が抱えている葛藤など、おくびにも出ることはなかった。
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