第二話 トゥーランの戦い(4)

 ホスクローヴ提督が率いる連邦軍は、ミッダルト星系を進発して八日目には、トゥーラン星系に到達していた。


「てっきり極小質量宙域ヴォイド近辺で待ち構えているものかと思いましたが、杞憂でしたね」


 副官が口にした台詞は、幕僚全員が危惧していた可能性でもあった。

 各星系がそれぞれの極小質量宙域ヴォイドを結ぶ形で繋がれている以上、待ち伏せされる可能性は十分に有り得たのだ。だがホスクローヴは、その可能性は少ないと考えていた。


「開拓者の子孫である外縁星系人コースターが、極小質量宙域ヴォイドを戦闘で汚す禁忌タブーは犯すまいよ」


 三百年以上も前の同盟戦争の初期、バララトがその禁忌タブーを無視して勝利を得た。しかし戦場となった極小質量宙域ヴォイドには未だデブリが散乱して、今もって使用不可能という有様である。

 極小質量宙域ヴォイドは銀河系人類全体の宝であるという観点から、バララトの犯した行為は周囲のみならず、国内からも非難を浴びた。


「あの戦いでバララトは内外の信用を失い、その後劣勢に追い込まれた。私は同盟戦争でバララトが敗北したのは、あの戦いが原因だと考えている」

「さすがに外縁星系人コースターも、銀河系最大の禁忌タブーを犯さない程度の良識はあるってことですね」


 老提督の言葉に頷いて、副官が前を見る。彼らが乗艦する連邦軍旗艦の艦橋中央には、トゥーラン星系を連邦軍が突き進む様子が、巨大な球形のホログラム映像に映し出されていた。順調にいってあと一両日もすれば、連邦軍はトゥーラン星系の最外周に当たる第七惑星軌道に差し掛かる。


「索敵より報告が届きました。予想通り、敵はおそらくこの第七惑星軌道上で待ち構えていると思われます」


 幕僚のひとりが報告すると同時に球形映像の一部が拡大されて、戦場と想定される宙域の詳細図が映し出された。タイミングからして、連邦軍は近接する第七惑星の目の前を通過する形になる。


「敵は惑星や衛星の陰に潜んでいる、といったところでしょうか」

「定石通りならそうだろうが、敵の布陣はどうなっている?」

「それが……」


 ホスクローヴの問いに対する幕僚の答えは、やや困惑気味であった。


「どうやら敵は、正面から我々を迎え撃つ構えです」


 ホログラム映像の中に、外縁星系コースト諸国連合軍を意味する赤い光点の群れが浮かび上がる。その光点は第七惑星やその衛星などまるで無視して、連邦軍の進路の先を塞ぐように固まって待ち構えていた。


外縁星系コースト諸国の保有兵力総数から逆算しても、おそらく前面の兵力が敵のほぼ全軍であると思われます」


 つまり外縁星系コースト諸国連合軍は、連邦軍との正面決戦を望んでいる。少なくともそう思わせる布陣だった。


「あるいは、そうせざるを得ないということだな」


 老提督の呟きに、副官が確かめるように問いかける。


「というと?」

「相手はいかんせん寄せ集めだ。数はどうやらこちらを上回っているようだが、伏兵を敷いて我々を包囲するというような高度な連携は、至難ということだろう」

「なるほど。あちらさんもそれなりに苦労しているということですな」


 副官の相槌を聞き流しつつ、生来の憮然とした顔つきのまま、ホスクローヴは改めてホログラム映像に目を向けた。


 混成艦隊を率いる場合、下手に緻密な作戦を組み立てるよりは、単純に目の前の敵を数で押す方が、よほど勝率は高い。外縁星系コースト諸国連合軍の布陣は、それなりに理に適っている。ホスクローヴの思考を裏付けるのは、安全保障局の若き主任局員の言葉だった。


 かつてテネヴェでモートン・ヂョウと立方棋クビカの対局中に、彼の口から聞いたことがある。モートンはホスクローヴも認めるほどの指し手だが、その彼でも苦戦するような立方棋クビカの達人が、ジャランデールにいるというのだ。


「残念ながらカナリーでも彼には歯が立ちませんでしたね。私も、彼相手の戦績は五分がいいところです」

「カナリーは私がそれなりに鍛えたつもりだが、あの子でも相手にならないとなると、相当の強者だな」

「彼女はまた負けず嫌いでしたから、暇さえあれば彼に対局を挑んでましたよ。私はいつも、そんなふたりを横から眺めているのが好きでした」


 そう語るモートンの口調には懐かしさと、一抹の寂しさが混在していた。


「今、彼は外縁星系コーストの中枢にいるはずです。いつ提督の敵に回るかわからない。十分注意してください」


 モートンが警告するその相手が、トゥーランで待ち構える敵の中にいるのかはわからない。いずれにしても、敵が進路に立ちはだかるというのなら、ホスクローヴとしてはこれを粉砕するしかない。


 最大戦速で第七惑星軌道上に達した連邦軍は、情報通りに前面に展開する外縁星系コースト諸国連合軍と対峙する。オープン回線を通じてホスクローヴが呼び掛けた降伏勧告に相手が応じるはずもなく、ついに両者の戦端が開かれることとなった。


 同盟戦争以後としては最大規模となる宇宙艦隊戦は、開戦直後から連邦軍の攻勢で進んでいった。


 ホスクローヴが見抜いた通り、外縁星系コースト軍は足並みが揃わず、数的優位を活かすことが出来ない。その隙を連邦軍は見逃すことなく、的確に攻撃を仕掛け続ける。全体的に連邦軍優位の戦況のまま、外縁星系コースト軍はずるずると戦線を後退させていった。その戦力はじわじわと減じ続けてはいるものの、なお抵抗するだけの力は十分残している。


「時間稼ぎだな」


 ホスクローヴは敵の意図を既に見抜いていた。連邦軍からつかず離れずの距離を保ちながら、逃げ出そうともせず、かといって反転攻勢に出るわけでもない。連邦軍の足止めに徹した戦い方だ。このまま戦い続けてもこの場での勝利はほぼ間違いないが、敵の狙いを考えればより速やかな勝利が望ましい。


 老提督は局面の打開のため、幕僚のひとりに声をかけた。高速機動部隊に敵の射程外を迂回させて、その退路の遮断を狙ったのである。狙い通りにいけば良し、狙いを見抜いた敵が躊躇して動きを鈍らせるも良し。いずれにしても勝利を早めるための、確実な一手であった。彼の指示が下されていれば、外縁星系コースト軍は壊滅の憂き目に陥っていたであろう。


 だがホスクローヴが指示を口にする前に、彼の元に緊急通信が届く。連絡船通信ではない、戦場と同じトゥーラン星系内からの通信だ。果たして通信の主は、連邦保安庁トゥーラン支部の一員であった。


「保安部隊トゥーラン支部は残存部隊を取りまとめて、トゥーラン軍を市街地から撃退しました!」


 ホログラム映像に映し出された報告者は、興奮を満面に浮かべながら、ほとんど叫び出さんばかりの勢いでそう告げた。


「現在、我が方は市街地を占拠し、トゥーラン行政府の主要な顔ぶれをに置くことに成功しました。トゥーラン軍はシャトル発着場まで後退しながら、なお反攻の気配を見せております。連邦軍には速やかな支援を要請します!」

「こちらは外縁星系コースト諸国連合軍と交戦中だ。だがこの報告が耳に入れば、敵も戦意を喪失するだろう。今しばらくの辛抱を願いたい」


 ホスクローヴは応答しながら、目の前の戦況が既に一変していることに気がついていた。彼らが報告を受けるよりも一瞬早く、外縁星系コースト軍はまるで蜘蛛の子を散らしたように散開し、逃走を開始している。ただその逃走方向は、てんでばらばらであった。


 惑星トゥーランに向かう部隊もあれば、クーファンブート方面に殺到する部隊もいる。中でも最も多いのは、ジャランデール方面へと逃げ出す部隊だ。


「閣下、いずれを追いましょう?」


 副官に尋ねられて、ホスクローヴは一瞬だけ逡巡した。最終目標がジャランデールである以上、ジャランデール方面に逃走する部隊を追撃すべきであることは、幕僚たちもわかっているだろう。だがトゥーランで交戦中の保安部隊を見捨てれば、今後保安庁と軍の関係にを残しかねない。


 そして連邦軍にも、ジャランデール方面とトゥーラン方面に二分出来るほどの戦力はない。速度を重視したために戦力の集結を待たなかった影響が、ここに来て現れている。


「……我々はトゥーランに向かう」


 周囲を取り囲む幕僚たちの顔ぶれを一瞥しながら、ホスクローヴは普段通りの憮然とした表情のまま、そう告げた。


「保安部隊の残存部隊と協力しながら、速やかにトゥーランの治安維持回復に努める。ジャランデールの攻略はその後だ」


 こうして連邦軍はトゥーラン攻略に取りかかる。程なくして惑星トゥーランは保安部隊と連邦軍によって制圧され、トゥーラン行政府や軍の指導部の大半は逮捕・連行された。一斉蜂起した外縁星系コースト諸国の中で、トゥーランは真っ先に鎮圧されてしまったのである。


 後に『トゥーランの戦い』と呼ばれることになる一連の戦闘は、こうして連邦軍の勝利で幕を閉じた。

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