第一話 祖霊祭(3)

 ディーゴが生まれるおよそ三世紀ほど昔、惑星スタージアから旅立った初期開拓団はいくつもの植民惑星を切り拓いた。このうちエルトランザとバララトのふたつは近隣の星系に入植可能な惑星を新たに発見するという幸運に恵まれ、他の惑星国家に先んじて版図を広げて複星系国家を築き上げた。遅れてサカも複星系国家の名乗りを上げるが、それ以外の独立惑星国家は周囲に勢力を広げるだけの余力を持たず、それから二百年以上もの間、先行するエルトランザ、バララトの二強に追い縋るサカとその他大勢という構図が続く。


 その最中にも植民惑星の開拓は進められたが、この頃になると開拓団はエルトランザかバララトの支援を受けるケースが大半を占めるようになる。


 開拓団を支援する両国の態度は対照的だった。


 植民惑星を直接版図に組み込もうとするエルトランザに対して、バララトは直接統治にこだわらず、個々の惑星国家の独立を支援する代わりに経済的な権益の確保に努めた。このため新規の開拓団はバララトを頼る傾向が高まっていく中、銀河系における有人惑星の数はついに百を超える。各国が支配する星系の数はエルトランザが二十七、バララトが十四、サカが六、そして単独の独立惑星国家が五十四。だがその半数以上はバララトの経済圏に組み込まれており、バララトは事実上銀河系人類社会の覇者の座を謳歌していた。


 バララトの絶頂期を打ち砕いたのは他でもない、バララトの支援を受けて独立した惑星国家たちである。


 今から半世紀前、ローベンダール、スレヴィア、イシタナ、タラベルソら十の独立惑星国家は軍事同盟を結び、バララトへの債務履行の破棄を一方的に宣言した。

 ローベンダール惑星同盟を名乗る彼らは当然ながらバララトと対立し、銀河系人類史上で最大規模の軍事的衝突が勃発する。それまでも小競り合い程度の衝突は頻発していたが、複星系国家同志が真っ向から争うのは初の事態であった。


 バララト優勢という戦前の予想を覆し、同盟軍はエルトランザの支援を得ることで優位に戦況を進め、最終的にはバララトに対して要求をほぼ丸呑みさせることに成功した。後に同盟戦争と呼ばれるこの戦乱の裏には、隣接するタラベルソを経由してエルトランザ、バララトに属さない独立惑星国家群への航宙路を確保したいサカが暗躍したとも噂されるが、定かではない。いずれにせよこれを機にバララトは覇者の座から転落し、同時にバララトが主導してきた植民惑星の開拓も停滞期に入る。複星系国家四強時代の幕開けである。


 バララトのくびきを脱したローベンダールは軍事力を背景に行動する傾向が強かった。その背景には成り立ちからして軍事力ありきという気質のほか、周囲をエルトランザ、バララト、サカ、そしてその他の独立惑星国家群に囲まれているという地理的な要因があった。未踏の星系を開拓し入植するという手段が取れない彼らは、必然的に軍事力で周囲を牽制、もしくは圧力をかける必要があった。特に独立惑星国家に対しては顕著で、同盟戦争終結後から既に五つの独立惑星国家を新たに併呑している。そして今現在、その圧力に晒されている独立惑星国家のひとつがテネヴェだった。


 テネヴェは同盟戦争の直前に、バララトの援助を受けた開拓団が入植した独立惑星国家だ。独立して間もない時期に戦争が勃発し、戦時下にあるバララトからの支援も先細りとなって、早々に独り立ちを強いられた。幸いにも温暖湿潤な気候を利用した一次産業への注力が功を奏して、テネヴェは独立惑星国家として順調に成長していく。ところがローベンダール惑星同盟がバララトに勝利し、さらに周辺の惑星国家に対して野心を剥き出しにしてきたことで状況は変わった。これまで外圧とは縁の薄かったテネヴェも、いよいよ対策を迫られることになった。


「あのおっさんがただ者じゃないってことは、俺にだってわかったぜ。あいつの要求をいなし続けたとしてだ、親父がこっそり進めているっていう惑星開発が成功しても、それで対抗できるもんなのかね?」


 祖霊祭を終えてテネヴェに向かう宇宙船の一室で、ディーゴはそう言うとベープの煙を吐き出した。室内にぽっかりと浮かんだ水蒸気の煙の塊は、エアコンディショニングの風に吹かれてまもなく霧散した。


「相手は十以上の星を抱える馬鹿でかい国だろう? うちがこれから新しい星を開拓して複星系国家を目指すってのも、今さら過ぎると思うんだけどなあ」

「惑星開発はどちらかと言えば、議会の方針に市長が押し切られた形で決まった」


 室内に設置された透過パネル状の端末に目を通しつつ、ロカが答える。


「市長はそう簡単に候補地など見つからないだろうから、適当なタイミングでの中断を考えていたらしい。だが程なくして条件のそろった候補地が見つかってしまったせいで、後に退けなくなってしまった。元々、ローベンダールに膝をつくことをよしとしない連中の、自尊心を保つために推し進められた話だ。今、惑星開発計画を中断することは、世論が許さないだろう」

「候補地ったってなあ。惑星CL4だっけ。最初の有人調査隊は全員が行方不明になったって聞いたぜ。とても安心して開拓できるような星には思えねえ」


 ベープ管の端を咥えながら、ディーゴは無責任な感想を口にした。するとロカはパネルから顔を上げ、意味深な表情をたたえた眼差しをディーゴに向けた。


「あなたの予感がどうやら当たったらしい」


 ディーゴが不審げに眉をひそめると、ロカはパネルに表示された映像を指さした。そこにはいくつかの画像と共に文字の羅列が浮かび上がっている。テネヴェ本国から届いた連絡船通信だろうということはすぐわかった。タイムラグの少ない直接通信が及ぶ範囲は同一星系内までが限界で、星系を飛び越えて連絡を取り合うには、恒星間航行の連絡地点である極小質量宙域ヴォイドを行き交う連絡船によるメッセージの運搬によって成り立っている。


「先ほど宇宙船が極小質量宙域ヴォイドを越えたところで、連絡船通信を受け取った。一週間前にCL4第二次調査隊が帰還したが、八名の調査員のうち生還できたのは二名のみ。うちひとりは重傷で、帰還後に即入院したそうだ」


 不謹慎な想像が的を射てしまった時のばつの悪さを、ディーゴは感じていた。気まずさに押し黙るディーゴを無視して、ロカが冷静に告げる。


「四日後に惑星開発推進委員会による調査員への聞き取りが行われる。市長からは市長補佐官としてあなたもその場に立ち会うこと、とのお達しだ」


 四日後と言えば、ディーゴたちがテネヴェに帰国するまさにその日である。ディーゴの父は、余程息子が気侭に動き回る余裕を与えるつもりがないらしい。ベープ管を吸い込む気力さえ失せて、ディーゴは力なく天井を仰ぎ見た。

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