エピローグ(四)

 また迎え火の季節が来て、霊窟へ騎士ライダー達は集った。

 ……珍しいことに新騎士を迎え入れつつ。

 彼らは僕らのような不正規イレギュラーでなく、数年おきに叙勲の順当な新人といえる。

 ……僕らとは違い、当然に長い下積みを経ての。

 そんな訳で彼らの方が何歳も年上なんだけど、ちゃんと先任騎士ライダーの責務は果たしている。

 ……約束通りに手伝いに来てくれた騎士ライダーエリソンや、彼の盾の兄弟達と一緒に。

 まあ僕らは四人しかいない代だから、仕方ないだろう。不手際でもあったら、新騎士ライダー達が可哀そうだし。

 ただ、彼らが師匠から一献傾けられている光景は、胸に来るものがあった。


「俺らは……よい弟子じゃなかったな」

 誰と言うもなく義兄さんが漏らす。らしくもなく、寂しそうだ。

「いまだに師が、どこかで生きておられるのでは、と思うてしまいます」

 最近では国元と王都を行ったり来たりなポンピオヌス君も、珍しく意気消沈してしまっている。

 そんな二人の言葉を、ただルーバンは黙って聞いていた。

 三人の気持ちが、僕には分からない。理解できそうとすら、言うべきではないだろう。

 師匠のウルスは、もう年で心配にもなるけど、まだ生きて傍にいてくれるのだから。

「……飲もうぜ。今日は、その為の日なんだから」

 そうルーバンは言うなり、わざわざ持ち込んだらしき瓶を僕らへ指し示す。

「珍しいね。高かったんじゃない、こんな瓶詰の御酒なんて」

騎士ライダーフォコンからは、ちょろまかしたまんまで……結局、叱られずじまいでしたからね。でも、うちの師匠と同じく、騎士ライダーフォコンなら――

 どこか、その辺にいらっしゃるでしょう! 酒に目がない御方でしたし!」

 あの夜に拝借した御酒は、僕が補填しておいたのだけど……まあルーバンなりの供養というか謝罪なのだろう。

 その証とばかりに全員の盃を満たし、「我らが師匠達に」と掲げてくる。

 僕らも僕らで唱和を合わせ、黙祷に代えて杯を乾す。

 ……これこそ僕らの――騎士ライダーの流儀か。


 が、そんな厳粛であるべき空気は、俄かに騒めきで乱された。

 ……なんと西部の代理人たる騎士ライダールーの来訪に拠って。

 いや、いま現在、僕と王太子は停戦協定中であり、さらには戦後処理の協議中だ。

 騎士ライダールー自身も、当然に叙勲済みで資格を満たしているし……おそらくは彼の師匠も、この霊窟へと還っていよう。

 しかし、身の危険は考え難く、多少の理解すら勝ち得ていようと……まだまだ裏切り者と考えてる者は多い。

 なんというか隠されていた本来の騎士ライダールーらしい――挑発的というか、挑戦的な質がでてしまって?

 もう義兄さんですら険しい顔というか……――

 これが大事とならないよう、僕で対処しなくちゃ駄目なんだろうなぁ。

 本当に騎士ライダールーの――というか王太子殿下の考えていることが分からない!

 一体全体、何がしたいんだ、あの御方は!?



 なんだか気が削がれてしまったし、さらには寝付けないけど御酒より珈琲の気分でもあり、いつものように露台バルコニーで夜更かしすることにした。

 ただ、そんな夜は、決まってネヴァンが話し相手になってくれる。

 ……どうして王妃には、僕が夜更かしの気分と分かるのだろう?


「相続税への不平不満が高まっていますわ、陛下」

 それは最近になって導入した税法で、具体的には死亡時に財産の二十分の一を徴収だ。

「一応、ローマが共和国だった昔からあるシステムだし、その辺で印象操作できないかな?」

「そうなのですか? だとしても耳触りが良くありませんし……陛下の御威光を損ないかねないかと」

 僕では知り得ない噂などをネヴァンは教えてくれるので、非常に助かっていた。

 こういうのこそ女性ならでは? それとも閨閥の強み?

「皆は税金だから反射的に怒っているのだろうし――

 これは国家の基幹に関わる仕組みなんだ。譲るつもりは一切ないよ」

「そこまでの御話とは……では、よいように私の方でも地均しを。ですが、理由を御聞きしても?」

 全人類の半分は女だ。そして異常に高い婚姻率を鑑みれば、ほとんど全ての男は嫁の尻へ敷かれてる。

 閨閥の力を――女性コミュニティを軽視するのは、愚かだろう。

「下拵えとして『土地株』は、農民か臣下にしか所有できないようにしている。

 そして国家とは違い、彼らは死ぬ。二十分の一ずつでも『土地株』を――領地を回収し続ければ、いずれ全ての領地を国家が所有と同義になるんだ」

 北王国デュノーが絶対王政へ舵を切るかどうかはともかく、少しでも地主の力は削いでおかねばならなかった。

 なぜなら西洋ヨーロッパは、強力な地主達が相争い続ける時代――中世暗黒時代へ突入するからだ。

 そして科学技術の未来知識物質的なチートより政治経済の未来知識システム的なチートの方が、実は効果絶大だったりする。

 もう相続税に至っては絶対王政から中央集権、そして国家の近代化への礎となったほどだ。

 ……まあ全てが実るまでには、百年単位で時間が掛かるけど。


 月夜に無粋な王と王妃僕らを咎めるかの如く、霊妙な竪琴の音が聞こえてきた。


 なんとなく察しはついてはいるものの、露台バルコニーから庭を覗き見る。

 やっぱり演者は、ブリュンヒルダ姫だった。

 もちろん義兄さんも一緒にいる。

 でも、期待を隠そうともしないネヴァンには悪いけれど、人目を忍んだ逢瀬の甘い高揚というより――

 つれない恋人への溜息だろう。この音色へ込められているのは。

 なぜなら義兄さんってばブリュンヒルダ姫を放置し、剣を構えたまま微動だにしてなかったし。


 それはカタラウヌムより帰ってからの習慣だ。

 時折、義兄さんは、ただ剣を構えるようになった。大抵は深夜に。それも長い時間を。

 酒宴を早めに切り上げたのも、なにか思うところがあってだろう。

 ……ルーバンとポンピオヌス君? きっと二人は、まだ飲んでいるに違いない。師譲りの酒豪と成りつつあるし。

 とにかく話を戻せば、最初は分からなかった。義兄さんのしていることが。

 でも、いまは何となく想像できる。たぶん義兄さんは奥義を――そして奥義の先を模索しているのだ。

 先代がティグレに託し、ティグレが完成させた術理の先を、剣匠の後継者たる義兄さんが。

 もう、ただ教えられるだけな生徒ではいられない。

 僕らは弟子を取ったり、受け継ぐべきを受け継ぐ準備をしたり……そういうことを求められ始めている。

 まだ準備ができていないとしても、とりあえず心構えぐらi――


 突然、竪琴の音が途切れた。


 気付けば庭に騎士ライダールーの姿が!

 共も付けず独りだ。……なればこそ、故意か。この遭遇は。

 しかし、なのに義兄さんは脇目もくれず、ただ剣を構え続けていた。

 無視された格好のルーは、それを手持無沙汰に眺めるのだけど……修練を邪魔せず見守っているかのようにも!?


 長い沈黙の果てに、どうしてか自嘲と共にルーが口を開く。

「御身も死ねなくなったか?」

 それは痛いところを突く言葉だったらしく、ようやくに義兄さんもルーへと向き直る。

 ……嗚呼、僕は酷い勘違いをしていた。

 どうして義兄さんが、気付いていたであろうにルーを無視したか?

 対峙し合ってしまったら、もう抑えきれそうになかったからだろう。

 だが騎士に――二人に私闘は許されない。剣を抜くのには理由と……主命が要る。


 静寂の中、ただ月明かりが降り積もっていく。


 止められない。ならば、せめて義兄さんの勝利を祈ろう。そう腹を括りかけたところで――

「互いに儘ならぬな」

 とルーが退いた。

 ……敵ながらすごい胆力だ。それすら命懸けにだっただろうに。

「勝負は預ける」

 合わせて義兄さんが絞り出した言葉は、しかし、ルーに首を横へと振られた。

「断る。おそらく御身と俺の道は、もう交わるまい。……そうならねば良いと思わなくもないがな。

 俺も御身を見習って、弟子でも仕込むべきやもしれぬ。さすれば何時の日か、この留飲を下げてもくれよう」

「ランボ殿の弟弟子をか?」

 立ち去らんとするルーを渾身の嫌味で当てこするも、それは笑い飛ばされた。

「あれは君命よ。我が君の意を汲んで悔いることなど、俺には微塵もない」

 正しく確信犯的な満足の笑みを浮かべ、これで終いと騎士ライダールーは義兄さんへ背を向ける。

 嗚呼! 駄目だ、義兄さん! なんとか言い返して!

 口喧嘩は、最期に言い返した者が勝ち! つまり、言い返し続けていれば負けないんだ!

 だが、しかし、惜しくもアドバイスの念は義兄さんへは伝わらず、騎士ライダールーが立ち去る姿も見えなくなってしまった。

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