カタラウヌムの戦い(四)

 しかし、前線へ赴いたのは失敗かもしれなかった。

 なぜなら目論見通りに士気を高め、一時的に盛り返せはしたものの――

 どうやら僕が視認されてしまったらしく、敵の攻勢も厳しくなったからだ。

「東部の状況は?」

「……情報が錯綜しております。我が方が有利なれど、未だ東部は統率を喪っておらぬとしか」

 すぐにシスモンド旗下の軍務官僚が教えてくれた。

 ……実のところ彼らがいないと、騎士僕らなんて役立たずだ。勇敢に戦うどころか、戦場で迷子の自信すらある。

「どうなさるのです、陛下! いまや機を喪ってしまったかと! こうなってしまったからには、もう小官の献策を――」

「さすがに諦めるのは早過ぎるよ、シスモンド。だけど、もう始めないと駄目か。

 東部側が落ち着いてからが良かったんだけど……ままならないね、戦争は」

 忠告を入れたというのに、なぜか参謀長は面白い顔に!?



 三人へ分かり易く説明する為、しゃがみこんで地面へ戦況図を描く。

 東部とフン族の連合というケーキに、それを二分した楔な僕達北部軍、それを真ん中あたりで圧し折ろうと突入してきたフン族――

「……大丈夫なのかい、リュカ? 俺には、いまにも本陣が抜かれそうに思えるけど?」

「もう陛下だけでも落ち延びて――」

 義兄さんとルーバンは、かなり悲観的だった。しかし――

「まあ、待て。御話を窺ってからでも間に合おう、撤退案の奏上は」

 下手をしたら全軍瓦解の危機だというのに、我らが剣匠ティグレは変わらず不遜だった。

「ありがとう、ティグレ。続けるよ?

 いまから僕は――本陣は、さらに防衛ラインを下げる」

 説明しながら地面の絵も――フン族を意味する線も継ぎ足していく。

 もはや楔を二分というより、ショートケーキで例えたら苺の辺りまで食い込まれてしまう。

「馬賊共は、いささか戦線を伸ばし過ぎですな」

「うん。もう敵本陣は丸裸に近いはずだよ。だから――」

 伸びきった線となったフン族の最後尾を――本陣を、斬首するかのような線を描き足す。

「そこをついてティグレと義兄さんには、アッチラの首級を挙げて貰いたい。副将格の弟と息子も共に」

 史実にも敵将狙いや本陣急襲の策は見受けられる。……いわゆる一発逆転狙いで。

 なのでティグレ驚かなかったけれど――

「御下命ならばと申し上げたきところですが、我らではフン族の区別は難しいかと。ましてや個人を識別ともなれば――」

「……それは解決できます、騎士ライダーティグレ。

 俺は陛下の御命令で、ずっとフン族の本陣を――指揮官の特定に専念してました。

 敵の総大将――アッチラ本人も、この目で見たし……弟らしき将軍も、息子らしき将軍も見分けられる」

「なるほど。ならば問題は何もないな。

 御足労だが騎士ライダールーバン、我らの先導を頼まれてはくれぬか?」

「もちろんです、騎士ライダーティグレ。俺からも願い出ようかと思っていたほどで。

 なんせ兄弟ブラザーは、いささか抜けたところがありますし」

「その言い方は酷いだろ、ルーバン!」

 三人は決死の任務を笑い話にしてしまった。

 ……この勇士達へ報える日は、いつか来るのだろうか?



 いわゆる『包囲殲滅陣』とか『ハンニバル戦術』の亜種といえた。

 中央部が敗走を装い後退し、敵の突出を呼び込みつつ、左翼と右翼で以って半包囲または完全包囲を完成させるアレだ。

 元祖のハンニバルに至っては非常に稀な『敵軍の全滅』すら果たしていて、非常に強力な戦術とされる。

 が、当然に難しい。

 偽の敗走から包囲へ移行の見極めも厳しいし――

 絶対に嵌ったら駄目な罠として、相手だって警戒している。

 技量を弁えてない指揮官による失敗も、史実には枚挙の暇がないほどだ。


 しかし、難しいのは偽装するからともいえた。

 騙そうとするから、敵に察知されてしまう。


 全身全霊で防衛したのに、相手との戦力差で押し込まれる。

 これなら誰も疑問に覚えられない、例え百戦錬磨の名将であろうとも。

 また策を疑う時期も、すでに過ぎ去っている。

 寄せ手へ痛打を返すのなら、もう為されてなければならないからだ。

 危険はあったかもしれないが、それを北王国敵軍は逸している。

 もはや憂いは無く、ただ敵王の首を手土産に、東部軍友軍との合流を済ませればよかった。

 いきなり苺なんて無作法の極みだろうけど、それを許される状況だ。


 が、俯瞰の視点でみれば、フン族を深く呼び込めたと見做せる。

 そしてタイミングを遅らせた分だけ、半包囲や包囲ではなく――

 敵本陣へ直接攻撃の機にすら!



「こんな戦術は聞いたことがねーですよ! 端から一発逆転狙いなんて!」

「……それは僕も、そう思う。でも、これなら逃げる真似が下手でも出来るから。ただ頑張ればいいだけって――

 僕ら向きだと思わない?」

 あらかじめ説明していたというのに、まだシスモンドは納得がいってなさそうだ。

 でも、指揮権の移譲を迫ってこないあたり、まだ呆れ果てられてはない……かな?

「王は豪胆であらせられる。しかし、攻勢へ出るのが、やや遅かったのでは?」

 轡を並べる選王侯アンバトゥスは首を捻るも、それは物語の疑問点を問うかのようだった。

 ……筋金入りの世捨てだなぁ。命懸けな特等席を堪能しちゃってる。

 しかし、時代の常識セオリーで考えれば『遅い』が正しかった。……説明しろと言われても、まだ難しいのだけれど。

「なに暢気に世間話を! こんなにスカスカな本陣なんて、あり得ねーです!

 相手の王様をとったって、こっちも王様とられたら台無しじゃねーですか!

 ――アンバトゥス様! 御手勢から近衛分の御戻しを!

 ――陛下! 金鵞兵坊主達を少し御傍へ戻しますからね!」

 シスモンドの指摘は尤もだった。

 そして後詰に残していたドゥリトル兵の半分――ティグレと義兄さんが率いて行った分を、あちこちからの捻出で補填するつもりらしい。

 このような配置転換は、封建兵が最も苦手とするのだけど……シスモンドなら、なんとか誤魔化しちゃいそうだ。

「えっと……うん……よろしく頼むよ」

「いざという時は! 本当に拙くなったら、小官の撤退指示に従って貰いますからね!」

「ああ、分ってるって。ちゃんと約束は守るよ」

 なおも鼻息の荒いシスモンドを宥めながら、この忠勤へ報いる方法を夢想してしまう。

 ……やはり昇進か?

 ガリアの職業軍人では前人未到な筆頭千人長元帥格へ就ければ、さぞかし留飲の下がりそうな面白い顔を見せて――

「どうやら騎士ライダーティグレが始められるようだ」

 アンバトゥスにいわれて注意を戻せば、ちょうど二手に分かれたドゥリトル兵が、フン族の本陣へと攻撃を始めるところだった。

 右からはティグレを先頭に。左からは義兄さんを押し立てて。

 大英雄アッチラといえど流石に想定外だろう、ここまで形振り構わない大将狙いは。

 しかし、奇策と誹られようと、これで勝負の場へと引きずり出せたし――


 遠慮なく大英雄の弱点を突かさせて貰う。

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