カタラウヌムの戦い(三)
だが採算の度外視程度では、徐々に押し込まれ始めたし――
想定外の展開をも呼び込んだ。……なんと友軍によって。
「拙い! 南部軍が、包囲を緩めようとしている! 誰ぞ、伝令に――」
「いまからじゃ間に合いませんよ、ポンピオヌス様のところへも、南部の司令部にも。
……それに、そう頓珍漢な手でもねえですぜ? これで対東部軍戦線は一息付けますよ」
アキテヌ侯キャストー殿か? それともゴートのグンテル? それともテオドリック?
誰の差配にせよ、戦術的に満点な回答ではある。
いまのように完全包囲してしまっては、東部軍も死に物狂いとなってしまう。
しかし、『囲師には必ず闕く』――どこかへ道を用意してやれば『戦う』の一択ではなく、『逃げ』も選択肢へと入る。
もちろん相手の損耗は減るが、その分以上に自軍の損耗を抑えられるから、差し引きで合理的といえた。
が、しかし、それは常識的な戦いでの話だ。
この決戦において僕や王太子の狙いは違う……と思う。少なくとも、僕には別の目的がある。
こんなことなら
「
しかし、フォコン達の姿が見えたのも一瞬のこと、すぐに乱戦の中へと消えていく。
ポンピオヌス君と別行動のようだけど、あれでは無謀過ぎる!
ただ、それで何とか包囲も解れずに済み、さらには南部へも意向は伝わった。……完全包囲を死守と。
「ちょっ!? 陛下! あんなに戦線を間延びさせちまったら、持ち堪えられるはずがねーですよ!」
この常識的過ぎるほどなシスモンドの叫びに僕やアンバトゥスは、無言でベリエを圧した。
「お、おう! も、もちろん! 我が手勢の一部を、対東部軍戦線の助勢へ向けようぞ!」
西部軍からの背撃が無かった以上、いまやスペリティオ領軍は遊んでいるにも等しかった。
いくら野心を隠し持っているとはいえ、常識的な貴人でもあるベリエには断れないだろう。
また対東部軍戦線に対フン族戦線と、最も避けたかった手勢を分けての投入を強いられそうな流れだけど――
私利私欲に惑わされた結果の貧乏籤は、なんだか皮肉だ。
そこで部隊再編が成ったのかヒルデブラントが帰参を告げに戻ってきた。
「遅くなりました、陛下」
一瞬、ベリエが悔しそうな顔をしかけ、すぐに恥入っていた。
なぜならヒルデブラント達は満身創痍だったし、何人か副官の顔触れも変わっている。
文字通りに血路を切り拓いた代償だろう、命懸けで。
「見事な一番槍でした! あとは我らに任せ、ゆっくりと休んでおられよ!」
やや前のめりにベリエがヒルデブラント達を褒め称える。……この人も僕と同じく、君主であり
しかし、そこでさらに――
「陛下! 拙い! フン族の……たぶん、弟軍?が動く! 大きな軍だ!」
物見台からルーバンの報告が!
開戦後、ずっとフン族の様子を観察していただけあって、もう大物を区別し始めて?
念の為にソヌア老人の諜報員へ確認してみれば、微かに頷き返してきた。事前の情報戦では確認されてるらしい。
「ありがとう、
物見台の上からルーバン達――特に視力に秀でた者達は、ニヤリと笑い返してくれたけれど――
「陛下、おそらく
参謀長殿は悲観的だった。
「……仕方がない。防衛ラインを下げよう。ジナダンには第二防衛ラインへの撤退の許可を。
ヒルデブラント、フィクス領軍と
「待たれよ、陛下。それには俺が」
いつのまにやら戦支度をし終えたベリエが、答えを待たずに出陣してく。
「御武運を、ベリエ殿!」
慌てて声を掛けて送り出すも、正直、自分から言いだしてくれて大助かりだ。
でも、アンバトゥスと違って自ら指揮なあたり、やや人材難だったり?
が、これで一息つけると思う間もなく、さらに戦況は動いた。
「拙い、陛下! 息子?の軍が動き始めた! 想定より大規模だし――
突撃用に再編している! あれは間違いようがない!」
……拙い。
せっかく攻勢を凌いだのに、また対処を迫られて!
敵ながら一番嫌なタイミングでの圧し……さすがは神の災いとまで恐れられただけのことははある。
軍略はともかく、戦闘能力で上回るのは厳しいかもしれない。
「東部は? 東部軍の様子は?」
「いまだ乱戦なれど、まだ統制を保持しております」
「
べつの物見台から悲鳴のような報告が返る。
このままでは東部との我慢比べだ。それにフォコンが?
この戦いで最大の僥倖は、東部軍を完全包囲できたことだろう。
オカルトなんて信じたくないし、頼る気もないけれど――
『無能な働き者』で『ラッキーマン』なんて特異点を処すなら、この好機を措いて他はなかった。
なるほどオカルトは
しかし、それが最大の理由ならば、それを踏まえてしまえばよかった。
つまり、相応しき地で、相応しき時に、相応しき人で以って――
さらに現実でも、逃げ場のない
現実とオカルトの両方から追い詰めればいい。
なにより当初の予定では不完全な包囲網しか作れなかったのに、それへ王太子も参加した。あまり使いたくない言葉だけれど
今日、この地でフィリップ王は崩す。
……あるいは逆なら、もう人の手には余るナニカだろう。
もしかしたら全てを読み間違えたのかも知れなかった。
「
それが動いた!
息子?軍の再編は、これに同調する為だったんだ!」
ルーバンの悲鳴めいた報告が醒めた心を通り抜けていく。
……侮ったか? 前世史で神の災いとまで呼ばれ、今生でも頭角を現した男を?
また戦力の逐次投入は最も避けるべき下策だ。
アッチラほどの英雄が、そんな失策を犯すはずもない。ここで全力投入は当然だ。
つまり、僕は希望的観測で軍を?
「戦線を最終防衛ラインへ下げます」
「へ、陛下!? いくらなんでも、そりゃ早過ぎます! 滅茶苦茶だ!」
「仕方ないだろ。フン族の対応が、想定の倍は早い。もう前倒ししていく他ないよ」
反対するシスモンドへ応えつつ――
「ヒルデブラント、ひと当てして我らが再編する時間を」
と胃の捩れるような命令を下す。……特攻で時間を稼げにも等しい。
だが、それでもヒルデブラント達は、微笑みを返してくれた。
「御意! 我らベクルギ騎兵に御任せあれ!」
……いつか僕は、彼らの献身に応えられるのだろうか? でも、どうやって?
しかし、感傷に浸る時間すら許されない。重くて放り投げぱなしだった
「へ、陛下!? 何処へ!?」
慌てた
「最終防衛ラインを鼓舞しに」
と至極当然に答える。
こんな僕でも現場で頑張れと叫べは、少しは士気も高まるはずだ。
そして最終防衛ラインは譲れないというか……東部軍の瓦解より先に抜かれたら、全てが破綻してしまう。
……まさに正念場を迎えていた。
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