身を蝕む業火

「版図でない中部など、フィリップめにくれてやればよいではないか! この機にガリア王めを、取り囲んでしまえばよい!」

「……ふむ。確かに我らの腹は痛まぬな。そして彼奴らが如何に大軍であろうと、包囲網を布かれれば疲弊もする。

 いささか趣きに欠けるも……妥当な策ではないか?」

 スペリティオ侯ベリエの反対は予想通りだったけれど、フィクス侯アンバトゥスまで同調とは想定外だ。

「王よ? ここは突出した東部を、他国と協調し咎めるのが得策であろう?」

ゆっくり急げ急がば回れともいう。いまは雌伏の時ぞ」

 ロッシ老やソヌア老人まで、僕に翻意を促す。

 ……進行役だからか父上は発言を控えられているけど、やはり難しそうな顔をしておられるし。

 全選王侯が反対とか、かなりハードな会議となりそうだ。



 こうなると『ドゥリトルの噴火』を大義名分に持つガリア王が、恨めしくすら思えてくる。

 どんな時代でも戦争は歓迎されない。それこそ防衛出動ですら、必ず反対される。

 天意を盾にした開戦論のゴリ押しは、さぞかし楽だったに違いない。

 なぜなら反対するには、ドゥリトルの噴火が天意に関わりないと証明せねばならないし……そんな言ったもの勝ちな理屈は、誰にも覆せやしないからだ。


 また僕だって『中部を獲られず』な前提だけど、時間を掛けての『相手の疲弊待ち』を選択していた。

 誰よりも戦争したくなかったのは、それこそ僕が一番で……いや戦争をしたかった者など皆無か? おそらくはガリア王ですら忌避感を?


 しかし、いまや開戦論者として、味方の選王侯を説得せねばならなかった。

 それも真の動機は――

「『無能な働き者のラッキーマン』と『前世史でも指折りな歴史の特異点』のタッグなんて、放置したら取り返しがつかない」

 と半ばオカルトじみていて、あまり余人へ漏らせなかったりもするし。



「卿らが思うより我らは、窮地へ立たされておるのです。

 なんとなればガリアの定めであり、我らの出自にも由来し、さらには幾度となく繰り返されております。

 かつて我らが父祖は、ガリアの地に先住していた者達を――ピクト人やサクソン人、ケルト人を追い払って獲得しました」

 さすがにムッとしかけた聴衆を、落ち着かせるべく手で押し止める。

「そこに善悪は存在せぬでしょう。それこそ武門の宿命――ただ我らの父祖が勝ち、彼らの父祖が負けたというだけのこと。

 ですが、我らが最後とは――戦列の最後尾とは、決まってはおらぬのです」

 実際、ゲルマン人が民族移動を試みている真っ最中だし、しばらくすればノルマン人も続く。

 そして前世史では阻まれたからか、他と区別されがちだけど――

 フン族の侵攻も、広義には民族大移動と見做せれる。

 彼らの習慣や価値観がヨーロッパ人と大きく掛け離れていただけで、なんら変わる所がない。

 つまり、フン族の西欧統一もあり得る。それも原住民僕らを追い払うか隷属させて!

 ようするに民族大移動は――命懸けの椅子取りゲームは、まだ終わっていない。……むしろ、これからが本番というべき?


「これが単純な同盟であれば、リュカめも大きな問題とは見做しません。

 ですがガリア王は、間違わられた。フン族は――アッチラなる男は、危険すぎます。手を結ぶべきではなかった。

 このまま五年、十年と傍観しておれば、彼奴らはガリアへ根付いてしまいます。

 そうなってから――ガリアがアッチラの土地アッチリアとなってからでは、もう間に合わぬのです」

 『神の災い』とまで恐れられた男が率いる軍勢について、やっと選王侯も見解を同じくしてくれた……かな?

 この分なら数日中に、派兵の同意を得られるだろう。




 また反対意見ばかりでもなかった。

 常に賛成というか――もう一蓮托生と決め込んでる人も多い。……例を挙げるならポンピオヌス君とかだ。

 そして何を思ったか彼は――というか彼の家は、数百もの騎兵を擁する軍団を、直属の手下として王都へ送り込んできた。

 なるほど。いまやポンピオヌス君は小さくとも一国の御曹司で、同盟家へ助力ともなれば、家格的に一軍を率いて当然だ。

 でも、それって参戦前提の話ですよね? なんだって他所の跡継を、もの凄く危険な大戦争に連れて行かねば!?

 手柄顔なポンピオヌス君を前に、これは小一時間ほど説教せねばと口を開きかけたら――

「まさか兄弟? 俺らを置いて行くつもりじゃないだろうな?」

 なぜかルーバンが、揶揄まじりに咎めてきた。いま大事な話しようとしてたのに!

「……リュカ、君より先に生まれ、また君と同じ教育を授けられた者としていうよ? リュカは間違いかけている。そんな風に僕らは育てられてない」

 義兄さんまで、改まった様子で諫めてくるし!



 でも、死にたがりは――「士は死ぬことと見つけたり」は、間違っている。

 間違っているが言い過ぎであっても、つまるところ『兵卒向けのプロパガンダ』止まりに過ぎなかった。

 なぜなら武門は、ロマンチックな考えを是としない。

 そもそも死は目的として不適当だし、ただの一手段か――避けられぬ結末でしかなかった。

 なにより僕や義兄さんが固く戒められたのは、『無駄死にしない』だ。

 こんなのは少し考えたら、誰にでも分かる。

 玉砕主義は、最初の困難へ突撃して終わるだけだし……なんら問題が解決されないことも多い。

 ようするに華々しく死ぬことへ主眼を置いてしまっていて、結果、無意味でも死ねば目的達成だ。

 そんなのは間違っている。正しくない。

 たった一度しか使えない『命と引き換え』という武門の奥義を『何時』、『何処』で、『誰の為』に使うか?

 それを常に考え、それに備えるのが『士』という生き方だ。


 が、全兵卒へ、そんな教育の時間はない。指揮官層へ施すのが精一杯だ。

 そこで一兵卒へは分かり易く『死狂え』と鼓舞しつつ、適宜に指導層は逃げさせたり守らせたり――兵卒たちの命を惜しむ。

 可能な限りに彼らを、故郷へ返してやらねばならないからだ。


 ……まれに一兵卒が権力を握り、絵に描いたような玉砕主義へ陥るのは、これの陰画か。

 『兵卒向けのプロパガンダ』を真に受けた俄かな指導者層という――史実でも指折りの災禍を生むし。



 でも、僕の対応が正しかった場合……ポンピオヌス君は、浅はかにも兵卒用プロパガンダに惑わされて?

 さすがに失礼過ぎる見解だった。義兄さんやルーバンに窘められて当然だろう。

 いつまでも弟のように考えてしまうけれど……ポンピオヌス君は、もう一人前の騎士ライダーだ。

 一門の現場指揮官として彼が、参戦を決めたのなら――

 有難く思うことはあっても、説教なんてとんでもない。筋違いですらある。


「あやうく間違えるところだったよ、ポンピオヌス君。プチマレ家の誠意には、甘えさせて貰うね。

 そして、ありがとう、義兄さん、ルーバン。正してくれて」

 この謝罪で、すぐに盾の兄弟達は許してくれた。

 小さな頃から苦楽を共にし、もう何度も死地を共にしている。親友という言葉すら、薄っぺらに感じるほどの絆だ。



 しかし、そんな自らの半身とも言うべき盾の兄弟すら、戦場へと誘わねばならなかった。

 戦争なんて糞くらえだったし、それを煮詰めたのが政治だろう。

 やはり王となるなんて正気の沙汰ではない。また、ここまで業を深めてしまったら、けっして赦されもすまい。

 だというのに、それでも僕には――

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