前夜

 出陣の宴――戦いへ赴く将兵達を労う伝統的な宴は、例によって王宮の庭で開かれた。

 ……幸いにも晴れたから良いようなものの、降られてたら悲惨だったかもしれない。

 それというのも人々は華やかに――そして精一杯に着飾っていたからだ。

 男も女も関係なく誰もが一張羅を身に纏い、少しでも自分を良く見せようと頑張っている。

 ……レト義母さんは、なんて言ってたっけ? 武家の女であれば、笑顔で見送れ?

 しかし、それは僕ら男側にも通じる理屈だ。

 今日の晴れ姿が、最期の記憶ともなりかねない。死に際にあって微笑めでもないけれど――

 まちがいなく沽券に係わる。

 どこでどうやって入手したのかシルクやら梳毛ウーステッドで着飾った者すらいるし、正直、その財源が心配になるほどだ。

 ……出陣前に手を打っておこう。兵士の大半が借金で首が回らないとか、笑い話にもなりゃしない。


 そんな事情で出征組と居残り組は、一目で区別がついたりする。遠慮でもしているのか地味な――普段通りな装いをしていたからだ。

 ……飽きずに恨めがましい視線を送ってくるからでもあるけど。

 いつになったら我が従叔父じゅうしゅくふ殿は――ランボは、分ってくれるのか。

 なぜにガリア内陸部の戦いに、どうして海軍士官を!? 海軍には海軍の任務もあるというのに!

 そして我が師としいえど、ドゥリトル軍の要なウルスを引き抜けるわけがなかった。

 父上には後詰の総指揮だけでなく、北王国デュノーの留守居もお頼みしている。

 となれば現場指揮官は――ウルスは絶対に必要だ。

 ……まずい。ロッシ老が僕を目指し、客をかき分け向かってきている。

 自分も連れていくべきだと、また蒸し返すつもりだろう。いまさら変更なんて、できるはずもないのに。

 

「お姉様方のご機嫌をお試しになられては、陛下?」

 隣で歓待に励んでくれていたネヴァンが、素晴らしい提案をしてくれた。

 ……今日の奥さんは、なんでか奇麗だ。見慣れないドレスだけど、こんな服持ってたっけ?

 美しく機嫌のよい妻に後ろ髪を引かれる気分となるも、しかし、ここは「三十六計逃げるに如かず」か。

 相手は選王侯といえど、せっかくの宴で愚痴の聞き役なんて御免被る。殿しんがりを微笑むネヴァンに任せ、ここは転進が吉だろう。



 そんな訳で早々と別室へ引き上げてしまったポンドールとグリムさんの元へと向かう。

 意外なことにネヴァンは、出陣の宴などで笑みを絶やさなかったりする。

 また出征に関しても、けっして恨み言を口にしない。絶対、快くは思っていないだろうに。

 普段の我がままっぷりと比べたら、まるで別人と思えるほどだ。

 結局、ネヴァンも武門の出というべきで、僕は王妃に相応しい娘さんを――


 などと益体もないことを考えてたら、偶然にも従士ベロヌ妹弟子と行き会った。

 女友達と一緒なようだけど、なんと珍しいことにスカート姿だ。

「やあ、ベロヌ。宴は楽しめてるかい?」

 しかし、どうやら声など掛けず、目礼だけで済ますべきだったらしい。

 かわいそうにベロヌと友人らは、慌てた様子で膝折礼カーテシーを返し、なにやらモゴモゴと挨拶を口にする。

 これは王冠の力で威圧してしまったかと反省しかけたら、なぜか醒めた目をしたジナダンの様子に、違うと悟らされた。

 ……なにを発見したんだro――

 って、人目を忍ぶようにサム義兄さんとブリュンヒルダ姫が!

 いや、二人は婚約してるし、今日は出征を前にした宴だし、なにも憚るようなことはない。

 それでも! 僕の義兄ちゃんがぁ!

 また二人の距離にモヤモヤを感じざるを得ない!

 誰に見咎められることもないというのに……なんというか清く正しい感じがする。それでいて確かに見つめ合ってたりで――

 超もどかしい! 覗き見ているだけなのに、絶叫したく!


 って、こんなところで出歯亀している場合じゃなかった!

 それにベロヌ達女の子が恥入ったのにも、ジナダンが不満そうなのにも納得だ。

 というか姿が見当たらないけどポンピオヌス君だって、どこかでジョセフィーヌ様と宜しくやっているんだろう!

 嗚呼、羨ましい!

 僕なんて結婚までの期間は短かったし、そもそも普通と違い過ぎたし……こんな甘々体験は皆無だ!

 おお兄弟ブラザールーバン! かかる事態に同胞たる御身は何処!

 いまこそ我らが妬心の業火で以って――

 って、それもそれで違う!

 ルーバンにしたって僕らが知らないだけで、誰かと別れを惜しんでいるだろう! ……たぶん、きっと、おそらく。

 なにより出陣の宴であり、それで正しい。誰もが親しき者と、今生の別れを交わす。

 ……今宵に手持無沙汰な者など、僕だけで十分だ。



 ベロヌ達に壁の花などやってないで、その器量で以って王の宴に華やぎを添えよと言い含め――

 すこぶる不機嫌なジナダンら護衛の金鵞きんが兵達を宥めすかし――

 再び奥さん達の元へと向かう。

 が、王なんてものになると、宴を移動しただけで仕事と鉢合わせとなる。

「陛下! このような盛大な宴へ招かれるとは、まさに望外の喜び! 是非とも御礼を申し上げたく!」

 そうフン族商人のラクタは、大袈裟に畏まる。……騎馬民族式のマナーだろうか?

「ドゥリトルは友人を、けっして蔑ろには致しません。友人ラクタ、御身を歓待せしは、我が喜びにして誉れなのです」

 仕方ないので精一杯に友好的なムードを醸し出しておく。

 ……これで様々なへ、色々とメッセージを送れた……かな?


 東ガリアとフン族の連合と戦争なのに、フン族商人のラクタと関係維持は、奇妙に思われるかもしれない。

 しかし、公的に僕はフン族と敵対していないし……そのアピールの為にも、これらのジェスチャーは重要だ。

 敵対しているのはアッチラの土地アッチリア――つまりはアッチラ個人とであって、フン族とではなかった。

 ……かなり先進的な考えだしガリア人には、まだ馴染まない。

 しかし、そもそもフン族は部族連合な側面が強すぎるし、その考え方も多角的だ。十二分に受け入れられる。

 ……なんにせよフン族と――民族全体と事を構えるより、こちらの方が穏当だろう。



 続いて何組かの招待客を捌きつつ、諦めることなく奥さん達の元へと急ぐ。

 ……絶対に遅いと怒られる。間違いない。僕は詳しくなったんだ。

 これは僕のような自営業者――職場と住居が一緒くたな者に特有か。まるで仕事の合間にプライベートを生きるかのようだ。本来なら逆……だろうし?

 が、やっと目的地へ辿り着けたものの――

 そこは静かに怒る奥さん二人が待つ、まごうことなき修羅場だった。……ドゥリトルの噴火以来、僕の守護天使は休暇中だとか!?

 それでもポンドールとグリムさんは、わざわざ席を立って迎え入れてくれたし、僕好みのコーヒーを煎れてくれたりもした。

 ……ポンドールは膨れっ面で。グリムさんは悲し気に。


 これは二人が武家育ちではないからだろうし、健やかに育てられた証でともいえた。

 夫の出征に際して微笑めるなんて尋常じゃない。あまりにも異質すぎる。

 やはり狂っているのは僕やネヴァンであり、正しいのはポンドールやグリムさんか。

 だから僕は二人を責めないし――

 二人も恨み言を口にしたりしない。

 きっと戦争の勝ち負けなんて二人にはどうでもよくて、ただ生きて帰って欲しいのだと思う。

 だからといって僕も、約束はできない。

 それも二人には分るだろうし……互いに触れずにいるしかない。


 夜は居心地が悪く、それでいて名残惜しいものとなった。

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