らせん構造

 久方ぶりの地下研究室は、複雑怪奇で摩訶不思議に乱雑だった。

 その証拠でもないけれど、なにやら歯車を利用しようと組み立てた何か?が数多く転がってたりする。

 どうやらゲイルはジュゼッペ師匠譲りな木工の技術で、実際に模型を作って考えるタイプなようだった。

 ……いつか僕の教えてない未来科学チートが誕生したり?

「口を酸っぱくしていったじゃねぇか。何を作ってもいいけど、きちんとしておけって! どれもこれもリュカsa――陛下の御命令があれば、ならねえんだ!」

「いまさら念を押さなくてもいいだろ、親方シェフ! ただ、思ってたより突然だったんだよ!」

 そう弟子に言い返されるジュゼッペにしても、痛ましげな表情で壺を割っている。

 あれは……高効率な黒色火薬爆弾……の試作品かな? いつの間にやら試作を試みていたらしい。

「あー……いざとなれば、この地下室ごと封印するから……うー……そう無理に壊さなくても……」

 一瞬、僕の言葉にジュゼッペは揺れかけるも、驚異的な自制心で首を横へと振った。

「いや、止しときましょう。一度に作るのは、一つだけ。その決まりを厳守で。

 ――どう埋めようと、その気になれば掘り返せるでしょうし」

 二人は銃器の改良を担当しただけあって、未来技術の恐ろしさを理解してくれている。

 しかし、どうしてかゲイルは、愕然とノートらしきものを胸の辺りで掻き抱いていた。

「こ、この帳面も……し、始末しなきゃ……駄目か!?」

 それで気付いたのかジュゼッペも、手元の似たような紙束を凝視している。

 なるほど。二人のアイデアノートというか、ネタ帳というか――その類の書付だろう。

 どう考えても時代にそぐわないオーパーツで、もはやダ・ヴィンチ手稿すら凌ぐに違いない。……文字が使われてない分、より難解だろうし。

 最も後世へ残してはいけない書物と思われるも、しかし、あまりな二人の悲しげな表情に躊躇させられる。

「あー……誰にも見せず、墓まで持っていくと誓ってくれれば……まあ……うん……いいよ、そのままで」

 これで大喜びなのだから、こっちの心が痛むほどだ。


 そんなこんなで二人が証拠隠滅に勤しむ間、手持無沙汰に破棄を免れた研究品を眺める。

 ……どうしてか手鍋に油が満たされ、そこへガラスの細い筒が突っ込まれていた。なんだろう、これは?

「そいつはダニエルの奴に試験を頼まれてたんでさぁ」

 片付けながらも横目にジュゼッペが教えてくれた。

 うーん? つまりは耐熱の強化ガラスの試作品……かな?



 ちなみに強化ガラスや耐熱ガラスの作り方は、死ぬほど単純だ。溶かしたガラスを急冷するだけでいい。

 つまり、扇風機的なもので風を当て、高熱状態から一気に常温へ下げる。

 ただ、ガラスの温度や材料、混ぜ物などを理由に、条件が――風の強さや温度が全く違う。

 ……典型的な試すのは簡単だけど、成功は至難の業なパターンか。


 しかし、この手順をきいたガラス職人のダニエルは、かえって闘志をかき立てられ夢中になってしまった。

 もう作業風景は刀鍛冶のようで、試すたびに――

「いまのは風の力が――」

「いや吹き付ける時間が――」

「いやいや温度が――」

 と首を捻る姿は、鬼気迫る。

 十年もしたら、本当に耐熱ガラスや強化ガラスの安定供給を始めちゃいそうだ。……それも職人の勘に頼るという方法論で。



「そいつは奇跡の一本で、リュカ様の欲しがってた油用温度計にできるかもしれないぜ?」

 なにかの木製模型を火へ焼べながら、そんなことをゲイルも請け合う。

 なるほど。酸素を作るのに、それ用の温度計があれば捗るし、事故も起こり難くできる。

 口にした覚えはなかったけれど、僕の希望は御見通しだったらしい。


 ニヤニヤ笑いの二人へ肩を竦めて返し、もう一つの残された試作品――気球のパーツを確認する。

 ……ほとんど完成しちゃってる?

 まあ原理的に、ただ水素を注入の風船だ。簡単に作れてしまう。

 飛行試験だって危険なだけで、技術や才能は要らない。

 ただ、あまりに忙しくて手を付けられなかったし――

 いつものジレンマにも悩まされてしまう。



 結果的に間に合いそうにもないけれど、未来技術の軍事利用は避けるべきだった。

 遠慮なく銃器や爆弾を大量生産し、気球や投光器などの便利な道具も惜しみなく使っていけば――

 いくらでも欲しいままに勝利を積み上げられる。

 ただ、おそらく世界は変わってしまう。それも激しく不可逆に。


 その変化は、人々を幸せにしないはずだ。どころか最終的に僕自身の首を締めるまである。

 よって大規模な運用は、絶対に避けるべきだった。


 しかし、その禁を破ってしまえば、いまの窮地からは脱せられる。それも呆気ない程に容易く。

 その問答無用に圧倒的な力で、敵という敵を蹂躙し尽くせるだろう。


 ……僕は本当に正しい判断を下せて?

 ありもしない可能性を恐れ、意味もなく味方の命を危険に?

 それともギリギリのところで踏み止まれて?




 役得といったら奇妙な感じなのだけれど――

 ドゥリトルを訪れると母上はもちろんのこと、我が愛しの天使エリティエとも会えた!

 ああ、可愛い! そして麗しい! この子はドゥリトルの――そして北王国デュノーの未来だ!

 が、エリティエは乳兄弟のガルニエと一緒に寝かしつけられていて、起こしてはならぬと堅く申し付けられてしまった。

 ……一応、僕は北王国デュノーで一番偉いのに!

 ただ疲労困憊といった様子な母上と乳母のフルールを見てしまうと、そう我を通す訳にもいかなかった。

 やはり赤ん坊といっても男の子、それも二人とあっては凄く大変らしい。

 ……僕は子供の頃、病的に反応がなかったし、エステルは女の子だし、母上的には未体験な驚きか。

 でも、許せる! 男の子は元気過ぎるくらいが丁度よいし!


 そんな訳で眠るエリティエ達を、ただ黙って眺めるしかなかったのだけど――

 ガルニエの兄な小虎フィス少年とエリティエの守り犬テールは、つぶらな瞳を僕らから離してくれなかった。

 しかし、一人と一匹のお目当ては、残念ながら?僕ではない。

 テールは僕に付き従ってきたジュニアちびすけへ千切れんばかりに尻尾を振ってるし、小虎少年もサム義兄さんに夢中だ。

「では君が従士になったら、俺が修行をつけよう。……師匠マスターが御許し下さったら、だけど」

「本当ですか!? 約束ですよ、騎士ライダーサムソン!」

 ……既視感のある風景だった。

 あの頃の義兄さんより、まだ小虎少年は幼いだろうか?

 でも、ささいな違いで、その本質は損なわれない。

 僕の知らない先代からティグレへ、ティグレから義兄さんへ……そして未来には小虎少年へと、剣匠の血脈は受け継がれていく。

 ジュニアちびすけだって同じく、タールムから教わったことを、テールにも授けることだろう。

 言語化できないまま、ただ目の前の光景に納得させられる。腑に落ちていく。

 よく分からないけれど、これは正しく尊いことだ。


 小虎少年の元気な声で起こされた赤ん坊たちをあやすべく、母上達が揺り籠へと向かう。

「どうやら迷いは、お晴れになられたようですね、吾子」

 ……どうして母上は、悲しまれて?

 でも、心の奥底で見つけた思いは、母上からの賜物――斯くあるべしと育てられてきたから、僕の中に生まれたものと思える。

「なんとか腹を括れましたよ、母上」

 ガリア王が動くというのなら、受けて立つまでだ。

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